9

 あの奇妙な川べり探検から幾日か経った。
 お母さんに起こされるまでぐっすり眠って朝ごはんを食べ、仕事に行くお母さんを見送る。その後は……その後はひたすら暇だった。
 家の中の探検もいっぱいして、今では迷うことなくばっちりどこに何の部屋があるか把握している。探検が一段落してからは、お母さんが暇つぶし用に、と置いて行ったお絵かき帳で落書きしたり、折紙を折ったり、絵本を読んだりしていた。けれども、毎日そればかりだといくらなんでも飽き飽きしてしまう。
 だから俺は、毎日一人でお留守番をしているのはもう嫌だ、とお母さんに泣きついたのだ。
 晩御飯とお風呂を済ませて、髪を乾かしてもらいながらまったりしていた時。
 毎日毎日やることがなくて退屈だ、遊び相手も居ないし、いっそのこと、お母さんがずーっと一緒に居てくれれば良いのに。
 子供らしくぶーたれながら、そのようなことを言った。
 あんまりわがまま言うと、怒らせちゃうかな? と少しばかりひやりとしたが、お母さんは全然怒らなかった。むしろ、俺がべたべたとまとわりついて甘えてくることに歓喜さえしていたように思えた。
 包丁くんがそんなに私のことを必要としているなら、嬉しいわ。お仕事の休み、とってみるわね。
 と、心底嬉しそうにお母さんが笑ったのは記憶に新しい。
 それからというものの、お母さんは毎日家に居てくれた。そして俺と遊んだり、菓子を与えたりして毎日毎日一緒に過ごした。
 これって有給なのかな。職場の人は、こんなに休みをとるお母さんに嫌な気持ちを抱いていないかな。など、色々頭に浮かんだこともあったが、とにかく俺は、お母さんが一緒に居てくれることが嬉しかった。すっごく。
 お母さんに抱擁される度に、菓子とはまた違った甘やかな匂いが鼻孔にまとわりついた。俺がここに来た初日に、お母さんが良く眠れるように、と部屋に設置した香と同じ匂いだ。この匂いを嗅ぐ度に、お母さんともっと一緒に居たい、この人の子どもになりたい、といったような気持ちが、こころの内からじわりと這い出てくるのが感じられた。
 とても馬鹿なことに、私はそれを受け入れた。受け入れざるをえなかった。もともと、そういう人物を求めていたせいかもしれない。
 それでも私は彼女のことを嫌いにはならなかった。いつだって甘やかしてくれて、優しくて、時々お母さんの地雷を踏んでしまうこともあるけれど、そんなの、人間なら誰しも一つは持っているものだ。ぎゅう、とハグをされると温かい気持ちになれる。手を繋ぐだけでも、どうにも離れがたい気持ちになる。
 ずっとこのまま、甘ったるい繭の中で二人で過ごすのだと、思っていた。
 けれども、ある日いきなり、乱暴なまでに、無粋な第三者の手によって繭は暴かれたのだ。