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 疑問なんて生まれない幸せな毎日を過ごしていた。そのことを、訝しむべきだったのかもしれない。
 お母さんが毎日一緒に居てくれて、けれども電話がかかってきたある日を境にお母さんの表情が曇っていったのを、見ないふりをして。何も知らないただのこどもみたいに無邪気に過ごした。
 朝、いつものように目を覚まして、それがいつも通りじゃないことに気が付くまで数分かかった。いつも通りならお母さんが優しく揺り起こしてくれて、それで、一緒に朝ごはんを食べて……。
 今日、俺は、一人で目を覚ました。
 お母さんの家に来てから初めてのことかもしれない。
 初めての事態に半ば混乱している。とりあえず体を起こして、周囲を見渡す。良く見ると、部屋の内装が違う。俺の部屋じゃない。
 す、とふすまが開かれた気配を感じて、お母さんかと思ってそちらを見る。
 お母さんじゃない、知らない少年が部屋の入口にたっている。俺の、制服みたいな服と同じようなものを着た赤い髪の少年だ。知らない、知らないひとだ。
 向こうも、目を覚ました俺を見て一瞬固まっていたが、すぐに自我を取り戻したらしく、にこりと笑っておはようと声をかけてきた。
 俺自身もおはよう、と返すほかなかった。ここしばらくお母さん以外の誰かと会話をしていなかったから、酷く緊張した。声が震えているのは、伝わってしまっただろうか。
「他のひと呼んでくるから、ちゃんと待っててね」
「う、うん……」
 肯定一つ伝えるのだけで一苦労だ。俺ってこんなに誰かと話をするのが苦手だったっけ……。
 ?
 大きな疑問符が頭の中をよぎる。決して得意ではないが、人並みに会話はできていたはずだ。けれど、それはいつ? お母さんと暮らし始める前?
 前は……何をしていた?
 ぼんやりと視界を覆っていた霧が少し晴れたみたいに、やけに思考を整理しやすい。
 お母さんのところに来る前は徳川家に……否、そうじゃない。けれど、どこに居て何をしていたのかを思い出せない。
 分からない。だけどそれにいつまでも囚われていても仕方がない。ひとまずは着替えて、さっきの少年を待つことにしよう。
 よし、と気合を入れて立ち上がり、枕元に置いてあったいつもの服に着替える。
 この部屋に誰かが来るというなら布団も何とかした方が良いだろうか。でも、勝手に何かをして怒られやしないだろうか。
 うーん、でも、どうしよう、と頭を捻っている間に、先ほどの少年が誰かを連れてきてしまったらしい。足音が三つ分響いている。
「失礼するよ」
 柔らかな声と共に、ふすまが静かに開かれた。