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先導する江雪左文字の後ろについた一期一振は、失礼に当たらない程度に彼の本丸内を見渡しながら歩いていた。
どこか寂寥感が浮遊していることを除けば至って普通の本丸に思えた。資料によればそれなりの数の刀剣男士が顕現しているにも関わらず彼らの声や気配がやけに薄いのが、少々気がかりだった。後ろに居る主や職員も、似たような感想を抱いたのか小声でひそひそとやり取りをしているのが耳に入る。
「それにしても、皆さんお静かですね。お昼寝の時間ですか?」
石切丸と共に殿を勤める物吉貞宗が、空気を読まなかったのか、あるいは読んだ結果なのか、声を発した。
「皆、この世という地獄に耐え忍んでいるだけなのでしょう。彼女を悲しみからすくえなかったことに対する罪悪感、彼女の所業に対する憤り。それでも、悲しみを理解できるからこその、遣る瀬無さ。……彼女がまだ、審神者である。それだけが唯一の希望です」
「いつか、歴史修正主義者に落ちてしまうかもしれない、と?」
「いいえ……彼女は彼らの被害者です」
言外に、それはほぼありえない、と一期一振の言葉を打ち消した江雪左文字は、この本丸の成り立ちを語り始めた。
曰く、彼女の子供は歴史改変の煽りを喰らって消えてしまったらしい。復讐心に憑りつかれた彼女は狂ったように出陣を繰り返し戦果を上げていたそうだ。それは、いつか体を壊すんじゃないか、というほどの勢いだったようで、刀剣男士たちは彼女の心配をして、少しくらい休んでも良い、等と声を上げ続けた。
それでも吸息をとろうとしない彼女に、見かねた一振りは言ってしまった、そんなに遡行軍を倒し続けていたとしても、子供はかえってこないだろう、と。
元々壊れかけていたものの、僅かな望みを絶つような言い方が悪かった。彼とて悪気があったわけではない。何せひとの身とこころを手に入れてから、年月が浅かった。他人のこころが壊れてしまうだなんて、そんな現象知りもしなかった。
かえってこない、あの子は、あの子はかえってこない、と、呟き始めた主に彼はどうすることもできずに、ゆらゆらと幽鬼の如く自室に向かう彼女を見送ることしかできなかった。それからというもの、彼女は自室から出てこなかった。
陰鬱な空気が本丸内を流れ始めた頃、彼女は満面の笑みで自室から出て来た。良かった、これでこころの整理はできたんだ、と誰もが一様に喜んだが、そうではなかった。私の子供と一緒に住むことにするわ、と彼女は笑いながら言い、短刀たちを引き連れいつの間にかできた川向うの離れに移り住んだ。まるで一瞬のできごとで、恐らくは連れていかれた短刀たちも理由が分からなかっただろう。
昼間は、審神者としての職務を全うしていたが、夜になると離れに帰っていき短刀たちと過ごしているようだった。漏れ出た情報を集めたところによると、どうやら主は本気で短刀を子供扱いしているようだった。そこでは刀としての本分を為すことは、できていなさそうだった。
離れはどうなっているのか、短刀たちはどう過ごしているのか、皆気になって仕方がなかった。けれども、厚い霧は視界を遮っているし、結界代わりの川を渡ることは、できなかった。こどもではないものたちが渡るのを、拒否しているようだった。
出陣先で見つけた、未顕現の短刀までも離れに持っていくようになり、母屋のものたちは心配し始めた。もしかすると誰かが折られたか、刀解されたのかもしれない、と。
けれどもあちらの様子は分からない。
やきもきしながらも、どうにも手出しできない歯がゆさ。悲しみが理解できるからこそ、彼女を、主として慕っているからこそ無理矢理収束させることのできない、自分たちの甘さ。
現状を打破しようともしない自分たちに嫌気が指していた。だからこそ、今回の訪問は渡りに船だった。
大阪城を周った後、しばらくしてから離れに引きこもったままの主。恐らくは、その時に拾った刀と共に過ごしているのだろう、と江雪左文字は語った。
「その刀は、包丁藤四郎。……あなたの、弟ですよ」