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「包丁、が……」
 江雪左文字の涼やかな目線を受け止めた一期一振は、誰に聞かせるでもなくぽつりと呟いた。
 短刀の大部分を占めているのは粟田口であるし、ここの本丸の主が、一期一振の弟である誰かを気に入ったとして、何もおかしなことはない。
 包丁藤四郎という刀剣男士は人妻とお菓子が好きで、それらを臆面なく発言するような、どことなく我儘なところのある弟だった。そんな稚拙な我儘を、子供らしい、と受け取って気に入ったのだろうか。
 それに、審神者には子供が居たというではないか。つまり審神者は人妻、ないしは元人妻、ということになるだろう。人妻の主だなんて最高だよ! とでも、案外思っているのかもしれない。
 けれども包丁藤四郎は欲望に忠実だが愚かな刀ではない。
 離れにて審神者や短刀たちだけと過ごし、まるきり子供扱いされ、出陣はおろか手合せも演練もないだなんて異常事態に遭遇したならば、例え主とて素直に意見申し立てるだろう。彼は良くも悪くも、自分の主張を隠そうとはしない。
「……一期、考えすぎるなよ」
「主……分かっています。素直なあの子のことです、きっとうまくやっておりますよ」
 そうであってほしい、という気持ちを乗せ、少しお道化たように返事をする。穏やかに笑って見せてから、前を行く江雪左文字よりも更に奥を見据えると、本丸の裏口まで来たようだ。この先です、と促す彼に履物を借りた。
 外に出てしばらく歩くと、結界代わりであるという川に突き当たった。
「刀剣男士である私には見えませんが……審神者であるあなたになら、分かるはずです」
「ああ、橋が架かっている。……これは、目くらまし、かな。これなら大丈夫そうだ」
 念のために、と持ってきていた解呪の札を主が空間に張り付けると、朱塗りの立派な橋が姿を現した。今回持ち込んだ札は本当に簡素なものだったので、橋を隠していた術もまた、簡易のものだったのかもしれない。
「彼女の刀である私は、この先には行けませんので……あのひとをどうか、地獄からすくってくださることを、祈っております」
 我々にお任せください、と一声かけてから、欄干に手をかけると、この本丸に訪れたときから漂っていた甘い香りが強くなったように感じる。わずかだが、くらくらする。これもまた、審神者のかけた術の効果なのだろうか。こんな中に居て、あの子は、包丁藤四郎は平気なのだろうか。
 思わず握りしめた本体が、かちゃりと音をたてた。