索敵は大事です

 スパイになった、名字ちゃんだよー。よっろしくぅ〜!
 と、まぁ三好に初対面の時に那珂ちゃんっぽく自己紹介したらドン引きされた過去があります。提督志望だった名字ちゃんは先輩アイドルに倣ってキラッ☆のポーズで挨拶したんだぞ。養豚場の豚を見るような視線をいただいたけどな。
「でもまぁ三好ってなんだかんだ言って面倒見良いよな」
「名字お前……本気で言ってる?」
「いやだってさ神永、この前佐久間さんに色々ヒント出したりしてたじゃん」
「あー……あれね」
 神永はぼやくようにそう零すと、ふかしていた煙草を灰皿に押し付けた。それに対して俺は、手の中にある酒の入ったグラスを口元へと運ぶ。
 ひっきりなしに音楽がかけられたこの場では、お互いに見も知らぬ男女が手を取り合い拙いステップを踏む。薄暗く設定された照明では、雰囲気でしか顔の良し悪しは分からない。けれどそれでいい。ここは喧噪のダンスホール。一夜限りのお付き合いを楽しむ社交場なのだ。
 俺と神永は今、所謂ガールハントに来ている。授業で習った手管を使って女の子を落とそうぜ、という魂胆なのである。俺と神永が居るあたりから少し離れたところに、他の連中も二、三人ごとに集まって点在しているはずだ。
 だが俺はあまり気が乗らなかった。だって三次元の女の子怖いんだもん……。二次元こそ至高。ふええ……リアル女子こぁいよ……。
 けれども、スパイとして本格的に動き始めたらこんなことも言ってられない訳で。今こうして練習に来ているという訳だ。
 素人っぽい感じ、玄人っぽい感じ、色々な女の子が居るけれど、それでもやっぱり俺は、
「ガチもんの女の子より船の方が好きなんだよなー」
「うっわ、出たよそれ」
「いやー、割とあれよ、そういう嗜好の人って居るからね? ネッ広だからね?」
 ネットないけど。ええい神永、引くな、俺はお前みたいにパリピじゃないんだ。女の子に話しかけるのに勇気とMPの必要なタイプなんだよ。優雅に煙草の二本目に火をつけやがって、お前の第三砲塔爆発しろ。火遊びはやめてってむっちゃんも言ってるだろいい加減にしろ。
「いっそ探照灯照射して寄って来た子にしようぜい。話も合うだろーし」
「それで寄って来るのなんて蛾か敵艦だろ……」
「ほんとそれな〜。オータムクラウド先生に倣ってスケッチでもしようかね」
「ヌード?」
「やっだ〜神永やらし〜んだ」
 息を合わせてパッと顔を合わせて、にゃははと笑う。グラスをかつんとぶつけて乾杯。アルコールは喉を熱く舐めながら胃の腑へと落ちて行く。
「お、三好と甘利が落としたっぽい」
 二人が女の子と連れ立ってダンスホールを抜け出すのが見えた。ツンとした雰囲気の三好と、名前の通りどこか甘い雰囲気のある甘利のペアは、なかなか良い組み合わせだったようで、二人連れで来ていた子たちをゲットしたらしい。
「いっちばーんにはなれなかったけど、びりっけつにはなりたくねぇよなぁ。慢心せずに索敵索敵、っと」
「そうだよなぁ……あ、あの子たちどう? 遊び慣れてそうだし」
 神永の視線の先を追うと、毛先を緩くカールさせた少々派手な顔つきの子たちが居た。丁度一息ついたところようだ。壁に寄り掛かり花を咲かせている。けれどもその目つきは獲物を狙うようにギラついていた。あの手のいかにも釣り針を垂らしているタイプは、実井や波多野のような年下(に見える)ものを好む傾向にあるが、どうだろう。まぁようするに、素人の男に大人のお姉さんとしてあれこれ教えたいタイプだ。
「俺らで行けるかぁ? んー……でも、物は試しか」
「そーそー。……分かってると思うけど、アレは禁止だからなー」
「アレはいらないからねーって? なんだお前、ごーやちゃんぷるーだったのか」
「だからさぁ」
「ん……分かった分かった。夜戦突入できるように真面目にやるから。どういう路線で行く?」
「そうだな、真面目な勤め人風で」
「はいよ」
 一瞬の目くばせの後、俺と神永は彼女たちにするりと近づいた。あくまでもごくごく自然に見えるように。話のタネにダンスホールに来てみたは良いが、喧噪と酒にすっかりまいってしまって、壁際で緩々と休憩を取りたい男たちを装って。……俺もこういうのすっかり上手くなったよなぁ。いずれ必要になる技術だとはいえ、騙すようで少々心苦しい。
 だがそんなことおくびに出す訳にもいかない。D機関にいられなくなったら、口封じのために前線に送り出されるのは目に見えていることだからだ。回天に乗せられるのならば……あー、いや、出られない狭い所ってめちゃくちゃ怖いわ。やっぱ無し。ごーやにも拒否られちゃうし。
 すっかりくたびれた体を装っていると、彼女たちもこちらに気が付いたらしい。自分の獲物に値するかどうかの吟味が、彼女たちの脳内で目まぐるしく行われていることだろう。
 どうにも俺たちはお眼鏡に叶ったようだ。彼女たちもまた、具合の悪そうな男たちを気遣う女性の仮面をかぶりながら、わざとらしく足音を立てて近づいて来る。
 そして、自分たちが釣られる側だったと一生知らぬまま、計算高い釣り師の釣り針に見事引っかかるのだ。