おばけ的人狼邂逅

 おばけ、とは。
 一般的には死んだ者を指すだろう。幽霊と言うと、ちょっとばかし怖い印象があるのでかわいこぶっておばけ、と呼ぶがともかく、要するに、いくらかわいく言ったとしても、死人であることに間違いない。
 全く持って心当たりはないが、どうやらそんな存在になってしまったらしい俺は、なんだかしっちゃかめっちゃかではちゃめちゃな街に存在している。
 毎日どこかしらが爆発したり、謎の生物が急に大繁殖したり、世界の危機がぽんぽん起こり得るような、そんな街だ。
 けれどもそんな大喧噪も、おばけである俺には全く通用しなかった。なんせもう死んでいるのだから、これ以上重ねておばけになるということはない。粉塵もビルの破片も謎の溶解液も、全部俺をすり抜けてしまう。
 それに加えて、ひとの視線もだ。誰の目にも触れず、誰の耳にも俺の言葉は入らない。当然のように、触ることもできない。それを少しばかり、寂しく思っていた。
 けれどもつい先日、おばけ仲間らしき一人の女性を見つけたのだ。
 街灯やビルの隙間を跳ね回っていた、黒いスーツを身にまとった彼女。
 彼女は、ひとやものの間をすり抜けて移動していた。だからたぶん、お仲間だと思う。
 そしてなんと、彼女は自分を誰かに認識させることができるらしい。この前キノコみたいな異界人に、ハンバーガーの精なり〜とかなんとか言って、メモ用紙を渡していたのを見かけた。おばけとして経験を積むと、ああいったこともできるようになるのだろうか。
 おばけ仲間として、俺は彼女とぜひ話をしてみたい。そしてできれば、お友達になってもらいたいな、と思う。……彼女みたいなかわいい子にいきなり話しかけたりしたら、セクハラ! なんて言われたりしないだろうか。ううん、でも、そういった不安は多少あるけれど、それでも、彼女と話しをしてみたい。
 彼女のことは毎日みかけるわけではない。一週間の内に一度見かけることができたら良い方、というくらいだ。それに、彼女は去るのも早いから、なかなか捕まえることができない。そんな俺に、彼女と話す機会が巡ってきたのは幸運といっても良いだろう。
 俺は、ハンバーガー大好きくんの近くに居たらもう一回くらい会えないかな、と思って噴水のある公園に居た。そうするとなんとも間の良いことに、彼女が公園の街灯へと降り立ったのだ。
 喜び勇んだ俺は勿論、すぐに彼女に話しかけに言ったさ。ふわふわ浮かんで、街灯の隣に留まって。
「こんにちは」
「……こんにちは」
 うわぁ、やっぱり警戒されてる。どこか訝し気な表情を浮かべた彼女に、俺は怯むことなく話しかけなければなかった。
「君もおばけなの? 俺はこの前おばけとしてこの街に来たんだけど、君みたいに誰かに話しかけられるようになるのって、どうすれば良いかな」
 ひらりとふった俺の手の平は向こう側が透けて見えるだろう。彼女はすぐに合点が言ったようで、ああ、と一声漏らした。
「おばけじゃなくて、人狼。一応生き物だよ」
「人狼?」
 騙し騙され、一晩毎に村人が餌食になりそうなゲームか、魔法学校の先生くらいしか人狼は知らない。この、どこからどう見てもかわいい女の子に、狼の要素は見受けられない。男は皆狼なのよ、っていうんなら分からなくもないけど。
「じゃあ、壁をすり抜けたり、ってのも人狼ってやつの特殊能力、的な?」
「そうだね、だからあなたには協力できない、かな」
 彼女はちら、と俺を見やるととう言った。ん? 俺を見て、か。ぴこりん、と頭の中で電球が点灯する。
「えっと、じゃあさ、今後もたまに会えたらこうして俺と話してくれないかな? こうして俺のことが見えたり、話したりできる人って初めてだからさぁ。できれば友達になって欲しいな、っていう」
 彼女がおばけではないなら、何故俺と会話が出来るのか不思議だがそれでも、折角の機会を逃したくはなかった。だってこの先、こんなめぐりあわせなかなかないだろう?
 彼女はうーん、と悩んでいたが、捨てられそうな子犬のような顔を意図的にやってみた俺の表情を認めると、くすくすと小さく笑いだした。作戦成功だな。
「変な奴。……いいよ、私はチェイン。あんたは?」
「ありがとう! 俺は名字名前。よろしく、チェイン」
 目じりの涙をふき取ったチェインは自然と手を差し出した。それにつられた俺も、握手をしようとしたものの、その二つの手の平は重なり合うことは無かった。
「あー……」
「……気にしない方が良いよ。私もたまに、やっちゃうから」
 そうだ、チェインは意図的にだが物体をすり抜けることができるらしいから、疲れてるとか眠たいとか、そいうったときにこういうミスをするのかもしれない。
 チェインの優しさにもう一度俺は礼を言って、笑って見せた。