神の見えざる手

 杉元は苛立ちを隠せなかった。
 アシリパの手前、穏やかになるよう努めてはいるがどうしてもにじみ出てしまう。その証拠に、白石がちらちらと怯えたような視線を送ってきている。
 アシリパもどことなく緊張しているようで、固い表情をしている。それがまた、杉元の神経を撫でるのだ。
 杉元は銃を抱え直した。誰が何と言おうと、どうにもならない時にはこれを使うしかあるまい。
 吹雪はすっかりおさまっていて、反射した日の光が窓から室内に侵入してきている。それでも、時折吹く風はがたがたと音を立てて窓を叩いていた。
 杉元たちは今、とある山間の小さな村に滞在していた。
 アイヌコタンではなく、和人の開拓した村だった。街と街を繋ぐ街道沿いにあり、街道を行く人々が一時的に滞在する目的で作られた村だ。
 おそらく昔はもう少し栄えていたのだろうが、開拓が進んだことにより便利な街道が増えたため、自然と廃れていったのだろう。さほど大きくなく、若者は街へ働きに出てしまうため老人が多く住んでいる。
 次の目的地に行こうとした際運悪く吹雪に見舞われ、この村に迷い込んだのだ。
 一寸先は闇という言葉があるが、今回の吹雪はまるで一寸先は白、とでも言うようなひどさだった。このまま山を越えるのは難しいと言うアシリパに従い、たまたま見つけた村に滞在することになった。
 事情を村人に話すと、それならば村長の家に泊まると良い、と教えてくれた。代々村長の家は旅人を滞在させるのが習わしらしい。よそ者を受け入れるのだから、村の中でくらいは発言力を持たせようという配慮なのかもしれない。
 雪で先は見えにくかったが、家の灯りを頼りに村長の家へと辿り着き戸を叩くと、四十路ほどの少々疲れた顔をした男が杉元たちを出迎えた。聞くところによると彼は、この村が廃れる前は番頭だとかそういった役割をもって村長を支えていたらしかった。
番頭に事情を話し村長に取り次いでもらった所、こんな吹雪の日です、どうぞお泊りください、といかにも人の良さそうな村長は快諾し、杉元たちは雪を落としてから礼を言って上がり込んだ。
 食事が出来ましたらお呼びしますから、と村長は番頭に案内を頼み奥へと引っ込んだ。
 元は、ある意味旅館のような役割の家だったためか空き室が多かった。番頭を先頭に、玄関の左側の廊下を歩く。左右には部屋がいくつか並んでいた。部屋の広さにもよるが、できれば全員で同じ部屋、もしくはアシリパと同室が良いなどとぼんやりと杉元は考えていた。
 きょろきょろとあたりを見渡している名字は番頭に話しかけている。何人暮らしなのか、滞在客は他にも居るのかといったようなことだった。番頭は律儀にも質問に答えており、他の滞在客は居ない、この家には村長夫婦とその息子夫婦、そして自分だけが住んでいるなどと答えていた。また、息子の嫁は今体調を崩していて床に臥せっている、と聞いてもいないことまで話していた。
 番頭は廊下の突き当りの部屋を杉元たちに案内すると、ここを使ってくださいと言い残し去っていった。
 四人部屋のようだ。杉元はほっと息を吐いた。白石はもう疲れた、と早速布団を敷きはじめるし、アシリパはそんな白石にだらしないぞと笑っていた。名字はすでにうとうとと船を漕いでいて、白石の敷いた布団に遠慮なくなだれ込んでいた。杉元はそれに対して、飯を食いっぱぐれるぞと声をかけた。
 思い思いに羽を伸ばしていると、小さく戸を叩く音がした。曰く、食事の準備が出来たのでいらしてください、とのことだった。
 名字はすっかり寝てしまっていたので仕方なく部屋へと置いていった。彼は一度寝てしまうとなかなか起きない。
 名字を除いた三人で廊下に出ると、少しツリ目がちの初老の女が居た。恐らくは村長夫人であろう。早く食べにいらっしゃらないと冷めてしまいますよと言い、そのままきびきびと歩いていってしまった。
 慌ててその後を追う。先ほどの玄関を抜けた先に、家人の居住区域があるらしい。廊下を一つ曲がった先の、囲炉裏のある部屋に着いた。既に村長とその息子らしき男が座っている。床に臥せっているという妻のことが心配なのか息子は顔色が悪く、眼の下には酷い隈が鎮座していた。
 食事は終始和やかなものだった。特筆すべきこともなく、当たり障りのない世間話で終わった。
 食事を終え部屋に戻り、明日のためにも早めに就寝しよう、ということになった。布団に入ると冷えていたが、じきに体温で温かくなるだろう。お互いにおやすみを言い合い目を瞑った。


「この! 人殺しどもめ!!」
 決して穏やかではない罵声で杉元は目を覚ました。
 警戒心を滲ませて、夫人が部屋の入口からこちらを睨みつけている。目は爛々と光り、整えた髪は乱れている。パッと飛び起きた杉元は未だ寝ぼけ眼のアシリパをかばうように前へ出た。
「何の話だ」
「白を切るつもり!? あなたたちが番頭さんを殺したんでしょう!!」
 すん、と鼻をならすとなるほど。嗅ぎ慣れた鉄臭い匂いがどこからか漂ってくる。誰かが血を流しているのは間違いないようだ。
 しかし。昨日は食事をした後何もせずにそのまま寝たのだ。誰かを殺す暇なんてなかった。
「俺たちじゃない」
「嘘。家の人で番頭さんを殺す理由のある人なんていないわ! だったら、よそ者のあなたたちがやったに違いないわ! 見てごらんなさいよ!」
 夫人は杉元たちが泊まっていた部屋の、隣の部屋を指し示す。憮然としたまま杉元が隣室を見ると、番頭が頭から血を流して死んでいた。部屋の奥の窓際。近くに割れた花瓶が散らばっていることから、恐らくはあれで殴られて死んだのだろう。飛び散った血痕が赤い花のようだ。
「母さんどうしたの」
 騒ぎを聞きつけて、息子がやってきた。
「あぁ……。この人たちが番頭さんを殺したのよ……!!」
「そんな!」
 死体のある部屋を覗き込んだ息子は、顔色を更に悪くした。そしてしきりに手をすり合わせた後爪を齧っては嫌な顔をしていた。
「ともかく! 村の者に使いを頼みましたからね、警察が来るまでおとなしくしているんですよ! よしんば逃げたとしても、通報しますからね。追われる身にはなりたくないでしょう?」
 一家全員殺してしまえば良いだろうか。短絡的だが手っ取り早い。しかし、それに対してアシリパは良い顔をしないだろうし、使いが出ているのならどちらにせよ警察には追われる破目になるだろう。既に第七師団という厄介な追跡者が居るのだ。これ以上は面倒を増やしたくない。
 それに、アシリパの経歴に傷をつけるのだけは避けたかった。
 さんざん人を殺している杉元はもちろん、脱獄犯である白石や名字と違ってアシリパは何の後ろめたいことはないのだ。ここであのアイヌの少女を、濡れ衣であるとはいえ犯罪者にしてしまうのは、杉元の意に沿わないことであった。
「犯人が見つかれば良いんだな?」
「あなたたち以外に誰が居るっていうの? この家には、私たち家族とあなたたちしか居なかったんだから。……もし他に犯人が居るというのなら、私の前に連れてきて頂戴」
「良いだろう」
 警察が来るまで逃げないでください、と念を押されたためひとまず部屋へと戻る。
 布団は白石が片づけてしまっていたため、床にそのままどかりと座り込む。
 杉元は苛立ちを隠せなかった。
 アシリパの手前、穏やかになるよう努めてはいるがどうしてもにじみ出てしまう。その証拠に、白石がちらちらと怯えたような視線を送ってきている。
「杉元、どうするんだ」
「大丈夫だよ、アシリパさん」
 廊下での話が聞こえていたのだろう。どことなく緊張した面持ちでアシリパが話しかけてきた。
「マジな話どうするよこれ。っていうか杉元が静かなのなんか怖いんだけど」
「仕方ないだろ白石。アシリパさんを犯罪者にする訳にはいかないんだ」
 とはいえ、今更人死にだなんだと言ったところで全く怖くはない。もし家の中に犯人が潜んでいて無差別に誰かを襲っているのだとして、返り討ちにしてしまえば済む話なのだ。むしろその方が下手人はこいつですと、晒しやすいのだ。
 使いの者がどちらの街に向かったとしても、村は街と街の丁度中間あたりにあるのだからそれなりに時間はかかるだろう。ましてや昨日は吹雪だったのだ。雪が深く歩きにくいため、更に時間はかかるに違いない。
「おはよう」
 いかにして犯人を探し出してとっちめるか、そういったことを考えていた杉元の耳に名字の声が入ってきた。
 ああそうだ。懐柔と考え事の得意な奴ならここに居たじゃないか。
「名字おはよう。大変なことになったんだ」
「佐一くんおはよう。なんだか険しい顔をしているねぇ」
 杉元は先ほどの出来事をかいつまんで説明した。大人しくそれを聞いていた名字は次第に、どことなくいつもの笑顔を苦く崩してこう尋ねた。
「つまりは僕に、探偵役になれってこと?」
「こういう考え事、名字チャン得意でしょ」
 杉元の思惑に気が付いた白石が援護する。
「うぅん……。得意だけど、探偵役としては安楽椅子にすら成れないじゃないかなぁ。デウス・エクス・マキナをお望みなら申し分ないと思うけどぉ」
 ミステリとしては三文以下で不評の嵐だと思うよと付け足してまた、笑っている。
「仏さまはどこにいるのぉ?」
「隣の部屋だよ」
 その返事を聞いた名字はゆったりとした動作で立ち上がりゆらゆらと隣室へと移動した。ひとまずアシリパを白石に任せ、杉元も名字の後を追った。
 夫人は特に見張りをつけていた訳ではないので、隣室へはあっさりと侵入できた。逃げるんじゃない、と釘を刺していたにも関わらず杜撰なものだ。
 番頭の死体は血だまりの中で沈黙を守っている。名字は入口で室内をぐるりと見渡した後、血だまりを踏まないように死体に近づいた。
 しゃがみこんでじっと死体を眺め、ふと何かに気が付いたように死体の首元に両手をかざした。そしてそのまま空中で首を絞めるかのように両手で輪を作り、絞めるような動作をする。
 そして、ふむ、と一言漏らすと満足し、立ち上がった。
「佐一くん、ちょっと両手を出してくれる?」
 言われた通り両手を差し出すと、名字はそれらと手を合わせた。そして大きさを確かめるように何度か動かすと納得し、隣室から白石を呼んでまた同じようなことをした。
「よし。じゃあ、答え合わせをしに行こうかぁ」
 そう言って緩く笑った名字は、杉元たちを引き連れ居住区域へと移動した。


「部屋に居てと言ったじゃないの!」
 昨日食事をした部屋まで来た一行は、きいきいと騒ぎ立てる夫人に遭遇した。どうにも神経質になっているらしい。名字はそんな夫人に、まぁ落ち着いてくださいなどと声をかけ、ついでに犯人が分かったので息子さんをお呼びしてください、と頼んでいる。
 あなたたちが犯人なんでしょう、と未だに言い寄る夫人の声で村長が何事か、と乱入してきた。彼自身は、事件のことを詳しく聞かされていないらしく酷く困惑しているように見受けられた。ここですかさず名字が村長に、息子さんをお呼びしてください、と頼んだことにより、息子が呼び寄せられた。
 これで、死んだ番頭と床に臥せっている嫁以外の人物が一部屋にまとまったわけだ。
 昨日の食事の時のように席に着く。ただ、何事もない和やかさはそこには皆無だった。皆が思い思いに固い表情を貼り付け、緊張を走らせている。そんな中、名字だけはいつもの笑みを浮かべている。
 こほん、とわざとらしく咳をした名字が口を開いた。
「こういうのって、犯人を最初に言ったほうが良い? それとも、凶器だとか動機が先なのかなぁ」
「どっちでも良いから早くしろよ」
「佐一くんはせっかちだなぁ。ミステリは順序が大事なんだからさぁ。解決は一瞬でも、前振りは長くやらなきゃあ説得力が足りなくなっちゃう」
「名字、早くしないと警察が来てしまうぞ」
「あぁ、アシリパちゃんごめんねぇ。うん、じゃあ結論から行こうかなぁ。番頭さんを殺したのは息子さん。協力したのは奥さんあなたでしょう?」
「馬鹿なこと言わないで!!」
名字が淡々とそう告げると、夫人は思わず立ち上がりまた騒ぎ立てた。息子の顔色は更に青白くなっている。そして、両手を必至にこすり合わせている。名字はそんな息子を穏やかに、けれどもどこかぼんやりと見つめている。
 村長は寝耳に水といった風で、どういうことか、と名字に続きを促した。
「この村は老人が多い。番頭さんより若い女性は臥せっているお嫁さんだけ、ですよねぇ?」
「あ、あぁ……そうだ。だが……」
「手を出されてしまったんですよね? お嫁さんはその時の心的外傷から立ち直れていない。だから、床に臥せったまま……。直接見てはいないので定かではありませんがもしかしたら……いえ、この先は止めておきましょう」
 いつもの笑顔を少しだけ鋭くさせて、名字は切り込んでいく。
 夫人はその言葉に勢いを削がれ、息子はがたがたと震え始めた。
 あの現場を見ただけで、よく動機まではじき出せたものだと杉元は感心した。妻に手を出されたため間男を殺害する、なるほどありえない話ではない。
「小さな村です。病気や事故でもないのに人が死んだら不自然で、すぐに噂は広まるでしょう。だから、たまたまここに来たよそ者である僕たちに罪をかぶせようとした……違いますか」
「そんな……そんなわけ、ないじゃない。どうせ当てずっぽうでしょう? 証拠が無いわ」
 すっかり勢いの削がれた夫人は、虚勢を着て自分を保とうとするのに必死に見えた。言葉尻は弱くなり、視線を彷徨わせている。名字はそんな夫人を安心させるように柔らかく笑う。それでも、口から零れる言葉は確実に夫人たちを追い立てている。
「番頭さんが死んだのは殴られたからじゃない。首を絞められたからです。息子さん、手を出してください」
 名字は極めて優しく、諭すように、甘く言葉を紡ぐ。
 声をかけられた息子は、何かに操られたかのようにふらふらと名字の前までやってきて、その必死にこすり合わせていた両手を、ゆっくりと、差し出した。
 名字はその両手を、手錠をかけるかのように優しく包み込む。
「番頭さんの首に、絞められた跡が残っていました。あの跡にぴったりはまるのはあなたの手だ。佐一くんや由くんの手じゃあ大きいし僕の手だと少し小さい。いくら手を洗っても、こすり合わせても、その感覚は一生消えませんよ」
 あなたは呪われてしまった。
 頭を垂れて声もあげずにさめざめと涙を落とし始めた息子の手を放し、名字は無情な一言を降り掛けた。
「母さん……この人の言う通りだ……ここで逃げおおせても俺は一生あいつの霊に、罪悪感に襲われるんだ……。そんなの、耐えられないよ」
 それだったら、罰を受けた方がよっぽどマシだ、と息子は言葉を絞り出した。
「お前は本当に番頭を殺したのか?」
「そうだよ父さん……俺は、俺は小心者なんだ。これからもこんなことがあったら? もし、妻が俺よりあいつの方が良い具合だと言い出したら? 妊娠したら? ……そんなの、俺に耐えられると思う?」
「もうやめて……止めて頂戴」
 糸が切れた人形のように夫人もその場で崩れ落ちる。震えた声には涙が混じり、真実を語っていた。
「これで、僕たちへの疑いは晴れましたね?」
 夫人は無言で首を縦に振り、息子は警察が来たら自主すると宣言した。
「それじゃあ、解決、ということでぇ」
 名字はすっかりいつもの笑顔に戻り、次の街へ出発することを促した。
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あとがき
この度は企画にご参加くださりありがとうございました!
メビレコ主がいつものノリで解決をするミステリーを杉元一行視点で、とのことでしたのでこのようなお話になりました。ミステリになっているか多少不安ですが……。読むのは好きなのですが書いたことがなかったので新鮮でした。主人公を気に入ってくださっているようでとても嬉しいです! これからも頑張って更新していきたいと思います。