ぽぽぽっぽ
俺が鳩になって、田崎に拾われてから幾週間。俺は相変わらず、ふかふかのタオルが敷かれたバスケットを寝床にしている。
田崎は相変わらず優しく接してくれる。毎日かいがいしく看病し、呼びかけ、飯をくれる。そしてなんと俺に名前という名前をつけた。クールな顔立ちの田崎が、冷たさを崩して甘やかに名前を呼び微笑みかけるのだ。もし、これが女性に向けられたものだとしたら彼女は一発KOでノックアウト間違いなしだろう。
だがしかし。
甘い声も優しい微笑みも、残念ながら向けられているのは女性じゃない。
名前と名付けられた、一匹の鳩だ。
俺だって甘やかされるのは嫌いじゃない。未だに大空を自由に飛べない体を放り出されるよりは、こうしてペットよろしく飼われているほうが断然良い。よしよしなでなでされるのも嫌いじゃない。
田崎だって、毎日勉強だの訓練だので疲れているし、小動物に癒しを求めているのだろう。その気持ちはとてもよく分かる。もふもふは良いぞ、最高だ。だから俺も撫でられる時はあえて、甘えるようにすり寄ったりしてる。
俺はサービス精神旺盛なので、付けられた名前を呼ばれた時だってちゃんと反応して近寄ったりもしている。てってこ近寄ると、田崎が露骨に嬉しそうにするのがちょっとかわいいと思ってるから、ってのもある。
今だって、俺は田崎の膝の上に乗って大人しくもふられている最中だ。晩飯も食べ終え、夜の帳も下りきった頃。俺は大人しくもふられている。自慢の毛並みなので存分に堪能してほしい。
今日の授業は自白剤がどうたらで、疲れたみたいだ。っていうか自白剤ってなんだ。どう授業で扱うんだ。まさか、投与するんじゃないよな。……科学とかそんなんだろ、たぶん。
田崎は傷に触らないように、至極丁寧に、優しく俺をもふっている。鳥の体って、飛ぶために骨だとかが割とすかすかだから、あまり盛大にもふれないらしい。名前は人間と違って骨折しやすいから、気を付けないとな、と田崎に言われたのも記憶に新しい。
へぇそうなんだ気をつけなきゃあな、とは思ったが、いかんせん加減が分からなかった。だって、元々鳩じゃなかったんだから。どの程度まで大丈夫なのかが分かり難いが、今まで大丈夫だったんだからこの感じで大丈夫だろ。たぶん。
田崎の、少しひんやりとした形の良い指が俺の体を行ったり来たりしている。手品もこなす、器用な指だ。優しい手つきが一定のリズムでダンスを踊っている。そうすると、いつだってついうとうと、船を漕いでしまう。
膝の上で、一羽の鳩が眠っている。
布越しにじんわり伝わる温かさ。呼吸をするたびに膨らむ背中。田崎が名前と名付けたこの鳩は、やっぱり警戒心が薄い。こうして田崎が名前を構い倒して撫で回していると寝てしまう。鳩舎の鳩は、こんなことさせてくれない。それとも、名前にとっては田崎は外敵になりえないと思っているからこんなにも無防備なのだろうか。そうだとしたら、少し嬉しい。
田崎自身、一匹の鳩にこころを傾けすぎているとは感じていたが、田崎が”田崎”である内は少しばかり目溢ししてもらいたい。もし、スパイをして割り振られたカバーが動物嫌いだったとしたなら、その動物嫌いの何某は鳩なんて一切寄せ付けずに一生を過ごすことができるのだから。動物が嫌いだなんて、随分ともったいない人生だとは思うけれど。
瞼を閉じ、完全に寝の体勢に入った名前をゆるゆると撫でる。鳩舎ではなく、建物内で甘やかされているためだろうか、名前の毛並みは他の鳩よりも良い。艶やかで、胸元はきらきらと緑色をしている。未だ飛べないのに、餌をやり過ぎたせいか鳩の平均よりも肉付きが良いのが欠点といえば欠点だろうか。
そういえば、名前は自身の名前を把握しているらしかった。
戯れと親しみを込めて付けたものだが、何度も呼んでいる内に呼べばてこてこと歩いて来るようになった。そして田崎の元までたどり着くと、なぁに? とでも言うように小首をかしげることのかわいらしさといったら。
あの時ばかりは思わず表情が崩れた。よほどひどい表情になっていたようで、その時一緒に居た甘利には少し呆れたように、気を付けなよ、と釘を刺された。甘利だって、犬を構っている時はそれなりの表情をしているというのに。
釘を刺された時のことを思い出すと、ちくりと苛立ちが生まれた。
思わず眉間にしわが寄りそうになるのをいなしつつ、名前を撫でる。そうすると、嘘みたいに苛立ちが消えるのだ。
名前の怪我が無事に治ったら、鳩舎に帰ってくるようにしっかりと躾をしよう。名前が伝書鳩としての任務を遂行できたら、甘やかそう。いや、むしろ、甘やかされているのはこちらの方かもしれない。普通の鳩はこちらの意図を汲んで甘えるようにすり寄らないし、そもそもこんなに無防備じゃない。
今日だって田崎が一言疲れたんだ、と声をかけたら自らバスケットから抜け出して膝上にちょこんと収まったのだ。好きなだけ撫でて良いぞ、とでも言うように。勿論田崎は好きなだけ撫でくりまわした。
それはとても穏やかな時間で、これから先任務に就いた際には決して味わえないものだろう。お気に入りの椅子で夜の匂いを嗅ぎながら、鳩を撫でる。今だけ。今だけの、刹那のもの。