1-ろ

 おばけ、とは。
 一般的には死んだものを指す以下略。
 俺は今おばけであるからして、死の恐怖とはさっぱり無縁の間柄になったわけだが。なんせ生き物ではなく死に者だからだ。
 まぁそれはともかくとして、誰の目に触れることなく独り寂しくこのとんちきな街を彷徨っていた俺だがこの度なんとも嬉しいことに友人を手に入れたわけだ。
 レオナルド・ウォッチ。いかにもパンピーで、こんなところに居たらあっさりと俺側に回りそうないたって普通の青年である。誰の目にも認識されないはずのおばけな俺が見えるという時点で、普通、とはまた少し逸脱しているかもしれないがその感覚はものすごく普通だ。
 つまり、だ。
 この街に毒されて多少図太くなっていたとしても、だ。
 人間の、訳のわからんものに対して恐怖を覚えるという本能的な危機回避能力に逆らえるはずもなく。
 ちょっと驚かしただけでも盛大にビビってくれるんだよなぁ!
 忘れかけた頃に襲う恐怖、というのを演出するために回数自体は多くはないが俺のジャパニーズ式ホラーにビビってくれるのが楽しいのなんのって。あんまり調子に乗って嫌われても嫌だから、そんなに大仰にはしていないつもりだが。
 「ってなわけでさぁ、廃墟探検いかねぇ?」
 「文脈! 文脈おかしいっすよ優生さん!」
 「いやこの前ふらふらしてたらさ、何か自殺スポットになってる廃ビルがあるって聞いたから? このHLで自殺スポットになってて? しかも壊されたりしてないなんて、いかにも何かありますよってなもんじゃん?」
 「うわ〜この人も他人の話聞かないタイプの人だった!」
 とはいいつつも、年中霧まみれの街にしては珍しく、若干のうららかな気候の中いつぞやの公園のベンチに腰掛けているレオナルドは俺の話をちゃんと聞いてくれるのだ。ゲットー帰りらしい、ハンバーガーの袋を持っているレオナルドを見つけて無理矢理話しかけた甲斐があった。俺はふわふわ浮きながら、続きを話した。
 「最近ホラーのバリエーションに悩んでてさぁ、自殺スポットの廃墟ビルなんていかにもすぎてベタかな〜とは思うんだけどね? やっぱ初心に戻るって大事じゃん? 俺は誰かを憑り殺したりなんてしないけど、おばけパイセンが居るならその手腕をお目にかかりたいな、と思いました次第でして」
 「それって普通にチンピラ的な人が住んでるだけじゃないっすかね」
 「う〜んその可能性もなきにしもあらず……。一人で行くの怖いから一緒に行こ? ね?」
 「えぇ〜かわいこぶってもかわいくないんで」
 「よーし、この先一か月ホラーに悩まされ、なおかつ危険度アドバイザーが居なくなるのと、今日一日恐怖体験をするの、どっちが良い?」
 それは……ちょっと悩みますね、とレオナルドは腕を組んだ。これはもう一押しか?
 レオナルドがどうしてもいやだ、というのなら一人でも行くつもりだがどうせならパーティは多いにこしたことはない。
 「そんなにやだ、って思うんならいいけど。……一人で行くの、寂しいなぁ。レオナルドしか友達居ないから」
 レオナルドの足元に回って、ちょっとだけしおらしい態度で下から覗き込む。するとレオナルドは、この人を傷つけてしまったのか? とでも言わんばかりに胸に手をあててどきりとした。チョロい。
 「……っ。分かりました! 行きますよ!」
 「! よっしゃ! じゃあ行こうすぐ行こう気が変わらないうちに!」
 お人好しなのは分かるし、それに助けられてる部分もあるけど大丈夫か?


 俺がレオナルドを案内したのは、少し廃れた地域のとある廃ビルだ。人類も異界人もあまり近寄らない。一応は大通りに面しているビルだが、敷地は塀で囲まれビルにはブルーシートが巻き付けられている。HLにしてはそこまで高い建物ではないらしく、十階ほどしかないらしい。どうやら元は何かしらのオフィスビルだったようだ。公園のうららかさとは正反対の、どこか寒々しさを感じさせるような印象を抱かせる。
 「本当にここ入るんですか?」
 「YESYESYES!! 是をとったのは君だぜ? レオナルド」
 実際に目の当たりのすると、思っていたよりホラーなのかレオナルドはいつもより一割増しくらいで青ざめていた。美徳だとは思うけれど、情に流されやすいのはどうにかした方が良いんじゃないか?
 噂を聞きつけて肝試しにくる輩が少なからず居るのか、裏側の塀が崩されていた。怖いもの見たさ、という感情は人類も異界人も持っているらしい。
 俺が先行して敷地内に入る。ブルーシートの内側を見てみると、足場が組んである。どうやら、取り壊す予定はあったらしい。おばけの妨害により取り壊しも中止したのだろうか。そうなると、いよいよジャパニーズホラーっぽい。
 恐々とレオナルドも中に入る。
 「なんか居る?」
 「うーん……。パッと見た感じ鼠一匹居ませんね。さすがに虫なんかは結構居るみたいですけど」
 下からビルを見上げたレオナルドが答える。パッと見で鼠一匹居ないの分かるのマジパネェな。どんだけ目が良いんだよ、っていう。
 ビル内部への入口は正面にしかないようなので表側へ移動する。ブルーシートに覆われているため空気が淀んでいるように思える。
 入口の扉はガラス製で、先に侵入した誰かが壊したらしく割られていた。俺は気をつける必要がないのでふわふわとビル内へと侵入する。
 全く普通のオフィスロビーだ。やけに荒廃していることを除けば、だが。埃っぽいのか、レオナルドがくしゃみをしている。窓から光が入らないためやけに薄暗い。
 入ってすぐ正面に受付。左手側に椅子とテーブル、右手側にエレベーターが二台ある。エレベーターの横の扉は非常用の階段につながっているのだろうか。
 「噂では最上階からの飛び降りがホットらしいんだけど、一階から見てく?」
 「いや、さっさと終わらせたいんで一番上行きましょう」
 「OKレオナルド」
 俺がそう返すやいなや、ポーン、と軽い音を立ててエレベーターが開いた。
 「ひょえっ! 優生さん! エ、エ、エレベーター開きましたよ! 普通、電気通ってないですよね!!??」
 「流石レオナルド! ナイスリアクション! おばけも喜んでるに違いないぜ」
 「こんな時に茶化さないでくださいよぉ〜!」
 先ほどまでの冷静さはどこへやら。結構前から廃ビルで、所有者も居なく、電気代なんぞ誰も払っていないようなエレベーターが、まるで歓迎するようにその腹を開いている。うーん、まぁ怖いわな。
 エレベーターは普通、放っておいたら勝手に閉まるはずだ。にもかかわらず、扉は開いたままで、急かすようにエレベーター内の電気が点滅している。
 じ、じじ、じ、じ。と、点滅音がやけに五月蠅い。虫の羽音にも似ていて非常に不愉快な気持ちにさせる。
 「階段で、階段で行きましょう!」
 レオナルドはエレベーター横の扉に手をかけたが錆びついているのか、鍵がかかっているのか、いくら引いても開かない。ぎしぎしと音だけ鳴る扉と格闘しているが、現実は非常なりけり。どうにも開かない。
 「中見てこようか?」
 「えっ、えっとぉ〜ぶっちゃけ言いますとここに一人にされたくない、っていうか」
 「え〜かわいいとこあんじゃん。じゃあエレベーターしかなくね?」
 「あ〜やっぱそうなりますよね……」
 このまま帰るという選択肢はすっぽ抜けているらしい。すっかり恐怖に毒されてしまってかわいそうに……。
 戦々恐々としたレオナルドと共にエレベーターに乗り込むと、待ってましたと言わんばかりに扉は閉まった。階数表示を見ると、どうやら勝手に上昇しているらしい。電気は相変わらず点滅していて、五月蠅い。
 レオナルドに一応十階のボタンを押すように指示したが、エレベーターは四階で止まった。止まったが、扉は開かず今度は二階に降りてしまった。
 「何でこのエレベーター勝手に上がったり下がったりするんすか!!」
 「地縛霊でも居るんじゃね」
 六階、二階、と上下する箱に、俺は違和感を覚えた。これってエレベーターを利用した異世界に行く方法じゃねーの?
 「レオナルド、異世界行ってみたい?」
 「はぁ!? 嫌ですよ、まだやらなきゃいけないことがあるのに」
 「ん。りょーかい。ドア開いたら絶対降りろよ」
 おばけと電気は相性が良いとされている。科学的に言うと脳の神経細胞は電子移動を伴う化学反応によって情報のやり取りを行っているためだかなんちゃらかんちゃら。詳しくは知らん。
 九階に差し掛かろうとしている階数表示を睨みつけながら俺は、ポルターガイストを起こす時の要領で念を込めた。開け、開けよ。オープンザドア!
 眉唾物だとは思うが、ここはなんでも起こる街だ。レオナルドを異世界で一人っきりにはさせたくない。
 十階に到着した。俺の念が通じたのかはともかく、かくして扉は開かれた。
 転がるようにレオナルドがエレベーターから脱出すると、扉は乱暴に閉じられた。もし挟まれたら、ひとたまりもないであろう勢いだった。
 耳の奥に点滅の音が残っている。じじ、じ、じじじ。
 何かが怒っているのかもしれない。俺らは急き立てられるようにビル内を行く。
 何者かの、ねっとりとしたまとわりつく視線が五月蠅い。正確に言うと、レオナルドに向けられた視線だが。おばけには食べるための身がありませんので。
 一か所だけ壁に穴が開いて外が見える部分があった。そこだけ明るかったが、近づくと危険だと思っているのかレオナルドは遠目に見るだけで、近づこうとはしなかった。
 「……何か甘い匂いしません?」
 ふと、レオナルドが口を開く。残念ながら、俺は匂いには疎いんだ。
 「いや?」
 「しますよ、なんだろう……花の匂い、みたいな」
 すんすんと鼻を鳴らしながらレオナルドが先を行く。俺はその後ろを、浮きながら憑いていく。
 トイレの横を通り、角を曲がった所でレオナルドが足を止めた。
 天井からぶら下がっているプレートを見るに、どうやら給湯室らしい。レオナルドの後ろから覗き込んだ。後悔した。
 不気味な花が死体から咲いている。醜悪なラフレシアみたいなでっかい花が、ホームレスらしき風体の男の死体から咲いている。肩のあたりから花が咲いている。差し詰め、腕は葉で体が茎、足の方は根といったら良いだろうか。男の持ち物らしい鞄から、オカルト雑誌がはみ出ている。
 見た目こそ最悪だが、匂いは良いらしい。虫がたくさん集っている。異界産なのか羽虫としてはやけにでかい。蝶々ほどの大きさの蝿、といえば納得がいくかもしれない。既に死んでいる個体もいるようで、何匹か転がっている。その体からは、男と同じような花の蕾が生えていた。
 じり、と思わず後ずさったレオナルドに反応したのか虫達がじじじと音を立てて飛び立つ。聞き覚えのある音だ。そう、エレベーターの。
 「あいつらが元凶っぽいな」
 「逃げないとヤバイっすよね、これ」
 「せやな」
 Uターンして脱兎のごとく逃げ出したレオナルドを虫が追う。室内は暗いのに、まるで昼間の大通りを行くようなしっかりとした逃げ足だ。
 途中、先ほど通りかかった穴の開いた部分も通った。今まで飛び降りをした人たちはもしかすると、今みたいに虫に追いかけられて、見えた光に思わず助けを求めてしまったのかもしれない。幽霊の正体みたり枯れ尾花。
 レオナルドはそんなことに騙されたりしなかったようで、エレベーターの前までちゃんと戻ってきた。焦ったように呼び出しボタンを連打しているが、エレベーターは先ほどとは違い沈黙を守っている。
 じ、じ、じじじ。
 羽音が聞こえる。
 「階段で行こう」
 俺はそう呼びかけ、階段の扉を指さす。レオナルドはそれに頷いた。一階のイケズな扉とは違って随分と素直なやつのようで、こちらはすんなり開いた。
 虫が来ない内に、と、レオナルドはすぐさま扉を閉めた。階段は多少老朽化しているものの、使用には十分耐えうるものだった。
 一歩一歩下りながらレオナルドは呼吸を整えた。
 「何だったんですかね、あれ」
 「虫、だね。俺が思うに、あの虫たちはでっかい花に寄生されてて、花の分布図を広げるために頑張っているに違いないさ」
 「あー……。久しぶりにキツイの見ましたわ」
 「エレベーターも虫が動かしてたんじゃね? もしかすると寄生された人間もうろついてたかも」
 「うっわ、それ怖すぎますよ!」
 「あのビルから分布図を広げる前に燃やした方が良いかもな。俺的にはおばけパイセンじゃなかったぽくて残念」
 「対処法がある分幽霊よりマシですけどね。……燃やす、燃やすかぁ。一応相談してみようかな」
 こんなことで相談してたら怒られるかなぁ、とレオナルドはぼやきながらも階段を下り、とうとう一階までたどり着いた。
 上がる時に階段の扉が開かなかったのは、内側から鍵がかかっていたかららしかった。レオナルドは鍵を開け、ビルからも出て行った。
 「あー! 外ってサイコー!」
 「おつかれさん。付き合ってくれてありがとな」
 二人でビルの真相を議論しながらうららかな公園まで戻る。うん。こちらの方が断然温かみがある。
 「また噂仕入れたらホラーツアー誘うわ」
 「嫌です」
 「まてまてまて、火のないとこにゃあ煙はたたず。こういった小さなことを解明していくことで世界平和につながるかもしれないぜ?」
 「そう言われたら参加せざるをえない、といいますか。はぁ、今度はもっと明るいところでお願いします」
 「善処しまーす」
 今後も、何だかんだいって付き合ってくれるんだろうな。
 「レオナルドってほんと、良い奴だよなぁ」
 いつか騙されて死んじゃわないかお兄さん心配だぞ、っと。