1-は

 おばけ、とは。
 基本的には死んだものを指す以下略。
 理由は不明だが肉の体を亡くし魂のみで騒がしい街へと旅立ってしまった。
 誰の目にも見えず、誰の耳にも聞こえず。触れることすら叶わない。
 そういう存在になったはずだった。
「優生さん? どうしたんですか、珍しくぼんやりして」
「いや? 友達が出来て良かったなぁと思って」
 俺がそう告げると、レオナルドは少し照れたように笑った。
 レオナルドはおばけであるはずの俺と些細な出来事から友達になった、今の所唯一俺を認識できる人間だ。どこにでも居そうな、人の良さそうな青年である。
 他人と久々に話をした俺はいたく感動して、度々突撃をかましてはレオナルドにホラー体験を提供している。その反面、彼の生存率が上がるように俺が知り得た危険度情報も提供しているので、過度なホラー体験によって嫌われている……といったことはない。と思いたい。
 本日もレオナルドを見つけて、普段のように突撃している最中だった、という訳だ。
 今日は珍しく、こういうった時にだらだらと取り止めのない話をするいつものうららかな公園とは別の、噴水のある公園に来ていた。何でも、レオナルドの後輩がこの公園でパフォーマンスをするらしかった。
 いっつも俺が話を聞いてばかりですからね、たまには優生さんにも俺の好きなものを紹介させてくださいよ、とはレオナルドの弁である。
 仲の良い人だから、好きなものを共有したい。その感覚、大いに賛同できる。
 それを告げられたとき、なんというか、こう、むず痒いような、照れくさいような、なんとも言えない気持ちに襲われた。ちゃんと友達だと認識してくれてるんだなと思うと、嬉しかった。
 既に何人かのパフォーマーが各々の芸術を発表しているようで、そこかしこに人だかりが出来ていた。ほらあそこ、と指さされた先にも一人の……異界人、だろうか。魚型の男性が、丁度準備を終えたところだった。
 俺とレオナルドは既に出来ていた人だかりをわざわざかき分けることをせずに、人垣を隔てて彼を見た。
「おおー」
 彼がおもむろに鞄を開くと、中から大量の蝶々が飛び出してきた。初めは不規則に、自由に飛んでいた蝶々たちは次第に統率されていった。列を組んだり、あるいは輪になったり。
 ひらりと優雅に宙を舞うその姿はいっそ蠱惑的で、人目を惹いた。
 しばらくそうして観ていただろうか。俺が感心している間に蝶々たちのショーは終わりを告げ、彼らは鞄の家へと帰っていった。
 人垣がまばらに散り始めると、パフォーマーの彼はレオナルドに気が付いたのだろう。こちらを見て小さく手を振っている。レオナルドもそれに答えた。
「見に来てくださったんですね」
「ええ、ツェッドさんのパフォーマンスを見せてあげたい人が居て」
 後片付けを終えたパフォーマー、どうやらツェッドというらしい彼は鞄を片手にレオナルドへと挨拶した。そしてレオナルドの返事を聞いて、きょとりと首を傾げた。そりゃあそうだろう。傍目にはレオナルドは一人で来て、一人で見ていたに過ぎないのだから。
「ああ……なんというか、俺の眼にしか見えないんですよね。たまに驚かしてくるけど良い人で」
「なるほど」
 どうやらそれで納得したらしい。なんなんだレオナルド、お前は見えないお友達が居る人間だと後輩にまで認知されているのか。俺はここに来る前だったら、そんなこと知り合いに言われたら病院へ行くことをオススメしてたぞ。まぁ、このとんちきな街だからこそ今の答えで納得されるのだろう。
 ふよふよと二人の回りを浮いてみるものの彼らは、今日のはあそこが良かった、だの、新しく入れた演目も素晴らしかった、だのと話し込んでしまった。
 つまらない。
 いや仕方ないんだ。話に入ろうにも、そもそもツェッドには俺のことは見えないし聞こえない。レオナルドだって俺の言葉をいちいち通訳したり、今はどこそこに居てこんな感じですよ、と伝えるのだって楽ではないだろう。それにしたって。
「腹からなまくび―」
「……っくく。何やってんすか優生さん」
「いやぁ、レオナルドが俺に構ってくれないから」
「? レオくん、どうかしたんですか?」
 説明しよう! 俺は今おばけということを生かして、ツェッドの腹に頭を突っ込んでいるのである! レオナルドからすると、後輩の腹から友人の生首が生えているという何ともシュールな光景である!
 その後もツェッドの後頭部から出入りしてみたり変顔してみたりなどという……。餓鬼か! 小学生か! という突っ込み必至の阿呆みたいな悪戯をかましてみた。
 いやだって、これはレオナルドが悪いだろう。友達が友達の友達と話し始めたときのあの疎外感な。あれマジで心に刺さるから。
 じわじわこみ上げる笑いを抑えきれないレオナルド。ついていけなくて困惑するツェッド。そして大人げない俺。若干申し訳ないとは思うが、友達の世話は最後までした方が良いとも思うんだ。