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結局押し切られてしまった。
この世のクズというクズを圧し固めて煮凝りにしたような先輩を小さいながらも居心地の良い我が家へと招き入れてしまった。
こうなった時点でもう駄目だ。冷蔵庫は漁られ幾日分かの食料がなくなり、人の財布で勝手にデリバリーを頼み、楽しみにしているゲームのデータも進められてしまうのだ。
うっわ最悪だ。
早速コーラを取り出し人のベッドを我が物顔で占領し陰毛の冷蔵庫にしちゃマシなもん入ってんじゃねーかとかほざいている。
ザップなら初対面の女性でも口説いてその人の家に転がりそうなのに、と思うのは随分と毒されている証拠だろうか。
「デリバリーは駄目ですからね」
「おー」
もう聞いちゃいない。
ぱちっ。と軽い音を立てて電球が消えた。もう買い替え時か。それとも単に接触が悪かっただけか?
少々行儀が悪いが仕方ない。靴を脱いでテーブルの上に乗る。日中家を空けていたからだろうか、靴下越しにもかかわらずやけに冷えた感覚が足裏からゆっくりと絡みつきながら昇って来る。
手を伸ばして電球を掴み、捻る。
やはり接触が悪かっただけなのか、ほのかに暖かいそれを捻ると再び室内を明るく照らし始めた。
良かった。なるべく節約したいもんな。
「お前結構みみっちいよな」
「それってザップさんが豪快に使いすぎなだけですよね!? こういう日常的なものはできるだけ節約したいってこの前K・Kさんとも話したんで、割と普通の感覚っすよ」
K・Kはライブラの凄腕スナイパーでありなおかつ主婦である。貴族なクラウスや私生活がいまいち謎なスティーブンに比べると、庶民的な話を一番しやすいのは彼女である。
今一番簡単にできる節約術は、目の前の男を自宅から退けることである。
食費はもちろん、飲み水やシャワー、トイレなどでも水道代は倍になるし、遅くまで起きているというのなら電気代はより多くなる。
「あれ?」
カーテンが揺れている。
「ザップさん、窓開けました?」
「いや?」
安物の、薄っぺらなカーテンだ。大方隙間風で揺れたのだろう。念のため確認しよう、と思いテーブルから降り再度靴を履く。
決して広いとは言い難く、むしろ狭い部屋だ。靴を履いて一歩踏み出すだけでカーテンの元へと辿り着く。閉じられているカーテンを、夜の時分に開くのはなんとなく憚られた。暗い外から明るい室内を見られてしまったらイヤだな、というそれだけのことだった。
そのためカーテンは開けず、その内側に潜り込む。開けた記憶のない窓は、記憶のそのままに目を閉じている。ガラス越しにネオンの光が激しく主張していた。
なんだ、やっぱりなんでもないじゃないか。
ほう。と一息吐いてカーテンの内側から部屋へと戻ってきた。
はずだった。
「は?」
何かが違う。
我が家ではあるが、我が家ではない。
テーブル。電球。テレビにゲーム。占領されているベッドと、ザップ。
先ほどと同じだ。同じはずだ。そっくり同じでなければならない。それはもはや、義務である。
それでも。
何か、違和感を感じる。
なんだ?
「珍しく緩んだ顔してねーけど、どうしたよ」
「いや……何か変な感じがするんです」
服を裏返しに着てしまった時のような気持ちの悪さを感じる。もともと着ようと思っていたもので、前後が間違っているわけでもない。出しておいたときにはちゃんとしてあったはずなのに。
静かに瞳を開く。
青い光がわずかに漏れる。
きゅい、と音を立てて、幾何学模様を描いた高性能のレンズが作動する。
普段、私的な利用はほとんどしないそれを開いたのはひとえに、違和感を感じたからだ。やけに気持ちが悪くて、落ち着かない。もしかして、何かしらの超常現象に巻き込まれたのではないかと危惧したからだ。
部屋の違和感の正体に気が付いたのと、先日スティーブンが調査していた出来事が脳裏に浮かんだのはほぼ同時だった。
特筆すべきことの何もないはずの見慣れた部屋の中で、義眼を作動させた後輩に何かを感じ取った先輩はすぐさま動けるようにと体勢を整えた。
「ザップさん、スティーブンさんが追ってた案件って、空間転移士と幻術士の愉快犯のコンビっすよね」
「……ああ。戻ってきた被害者には怪我や後遺症はなし。そして全員が必ず証言すんのが」
「ホラーハウスでゴーストバスターをした、ですよね。今ちょっと部屋の外ヤバイ感じになってます」
「おいおいおいおい、まさかそれに巻き込まれたって言うんじゃねーよなインモードーテーくんはよぉ」
「どうしてこう……アンタは一言余計っていうか……。あー……今は良いっす。とりあえずドア、開けて見てくださいよ」
促されたザップは警戒しながら、ドアノブに手をかけた。