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 レオナルドはザップがドアを開いた瞬間に、ドアの向こう側とこちら側の境目で何かしらの術式が発動したのを見た。あいにくと術式に関して深い造詣を持ち合わせているわけではないが、恐らくは空間転移を行うものだろうと検討をつけた。スティーブンが追っていた案件が、脳裏によぎったからかもしれない。
「ンだよこれ」
 ザップは悪態をつきながらも、すぐにでも攻撃体勢に入れるようにいつものジッポを手の内で転がしている。
 バケツをひっくり返したような雨音が聞こえる。ネオンサインのかわりに、稲光が室内に侵入してくる。
 足元には、埃に塗れてうすら汚れた赤い絨毯。ぐるりと室内を一周して見ると、廃墟染みたエントランスホール。一丁前に、甲冑なんかも飾ってある。
 レオナルドの部屋とは、似ても似つかない。
 あの時、義眼を通して見た景色には、そっくりだ。レオナルドの部屋をすっぽりと覆い隠すようにダブって見えた光景。ドアを開けていなくても、例えば窓からの脱出を試みたところで行きつく先はここだっただろう。
 自衛の術をあまり持たないレオナルドにとって、ザップが泊まりに来たこのタイミングで巻き込まれたのは、ある意味ラッキーだった。彼と一緒なら、死にそうな目にはあっても本当に死んでしまう、というようなことはないだろう。たぶん。おそらく。きっと。……希望的観測だが。
「これがあの案件なら被害者が戻ってきた条件に沿えば、戻れるんですかね」
「そんなまどろっこしいことやってねーで、犯人ぶっ飛ばせばそれで解決だろ」
「いやでも、術を発動した本人しか解除できない系のやつだったら詰みですよねそれ」
「ンなもん脅して言うこと聞かせりゃイッパツだろーが」
 物騒な発想だ。ザップの発言も、一理ある、と言えば一理あるのだがいかんせん乱暴すぎる。まかり間違って犯人をとり逃す、もしくは犯人が死んでしまう、といったことがあれば、大目玉を喰らうのは間違いないだろう。
 ひとまずレオナルドは、被害者の調書を思い出すことにした。被害者によって細部はバラバラだが、おおまかな道筋は同じだったはずだ。
「とりあえず手順通りに行動してみて、駄目そうだったら……乗り気じゃないんすけどザップさんの案でやってみましょう」
「……おうおう、随分偉そうにしやがって」
 そういってザップはさらさらとした銀髪をぐしゃりとかき回した。そして心底嫌々ながら、今回は言うことを聞いてやる、と言った。
 珍しいこともあるものだ。あのザップがレオナルドの言葉を聞くなんて。……もしかして、もしかすると、あまりにもタイミングが良すぎるザップの宿泊も、ライブラ副官が仕組んだことなのではないだろうか。どこからか、レオナルドが狙われているという情報を手にして、それならついでとばかりに何も知らないレオナルドを囮に――念のため護衛にザップをつけて――大捕り物をしようという魂胆ではないのだろうか。
 ……ありえる。十二分にありえる話だ。そういえば、被害者の調書もしっかり覚えるようにと、やたらと読まされていた。
 レオナルドは頭を抱えながらうずくまりたくなる衝動を抑えながら、ザップに一言、まずは食堂へ行きましょう、と声をかけた。