全くもって長閑な、昼間のこと
付喪神、というものが存在する。長い年月を経た道具などに自我が芽生える、あるいは神や霊魂などが宿ったものである、というような物だ。河童や狐狸などと一緒くたに、妖怪とも呼ばれる。
俺もいつからこうして物事を考えるようになったかは定かではないが、いつからかこうして存在している。寺に在り、昼間は本体が広げられ中に書かれている御経を読み上げられる。その時間が終わるとまた、蔵へと戻される。
本体から離れることはあまりできないので、暇な時はもっぱらそこらに居る家鳴りを観察したり、時折訪ねてくるおとろしと話をして過ごしている。あいつは顔がでかいが悪い奴ではない。自称情報通で、里のタヌキにこっこが出来ただとか、南で疫病がはやっただとか、人間がまたぞろぞろと移動を始めただとか、そういった他愛ない話をしてはまた去っていくのだ。
そういえばしばらくあいつのでかい顔を見ていない。新しい情報を集めているのか、それともあいつが住んでいる神社で何かあったのか……後者でなければ良いと思いながら、小さくため息を吐く。戸を破ろうとしている奴らは、今夜か、それでなくとも明日の晩には目的を達しそうなのだ。
縁側に腰かけながら、すぐ後ろのお堂で俺を読み上げる坊主たちの声を聞き流す。聞いたところで記憶しているので暇つぶしにすらならない。
お天道様は俺の憂鬱なんて知ったこっちゃないとでも言わんばかりに今日もさんさんと照っている。そよそよりと心地よい風も吹いていて、全くもって長閑だ。
「……ん?」
視線を塀からずらし、ふと門のあたりを見ると何やら長身の男がこちらを窺っている。見慣れない緑衣を着ていてやけに立派な槍を携えている。重たそうなそれを抱えているあたり相当鍛えているのだろう。その割には顔立ちは柔和で、どこか子犬のような愛嬌を感じた。
ふらふらと彷徨っていた彼の視線がふと、こちらを捉えた。
明らかに視線が合うと彼は露骨に視線を外し、困っているのを誤魔化すように頬を掻き始めた。まぁそうだろう。妖怪の類いが見える人間は多かれ少なかれ災難に見舞われることが多い。見えないふりをするのも道理だ。
道理は分かるがこちらも早急に対応しなければならない問題を抱えているのだ。俺のことが分かるのなら、少しばかり協力してもらおうじゃあないか。
「ちょいとそこのお兄さん。見えてんなら俺の話を聞いちゃあくれないかい」
縁側から降りて、移動できるぎりぎりの範囲内で彼に近づく。やはりというべきか、かなりの長身で少しばかり見上げなければ話がし難い。
話しかけられたことに驚いたのか彼は、じり、と後ずさりをしてしまう。
「何も取って食おうっていうんじゃあないからさ、助けて欲しいんだよ。……ん、お兄さんもしかして、ご同類だね?」
すん、と鼻を鳴らしてそう指摘すると、いよいよ観念したらしい。明後日の方向を見ていた視線を俺へと移し、しっかりと目を合わせた。そして口の中でもごもごと、後で怒られるだろうな、と呟いてから自己紹介をした。
「そう、俺は御手杵。この槍の付喪神だ」
「へぇ。自分を持って出かけられるほど力が強いのか。羨ましいね。よほど長く在るかよほど想われてきたんだろう。……俺はそれで悩んでるってぇのにさ」
「悩み?」
「なんでも、俺の本体を喰っちまおうって輩が居るらしいのさ」
「それは……ぞっとする話だなぁ」
「そうだろうそうだろう。だからさ、ちょいと御手杵兄さんに助けて欲しいのさ。ここの坊主は俺のことを見えてるんだか見えてないんだか……まぁ、ただの巻物としか思ってないらしくてね」
ご同類のよしみで頼むよ、とさらに言葉を乗せると御手杵はうんうんと悩み始めてしまった。ここで逃げられてしまっては俺だって困るんだ。何度も、頼むよ、まだ壊れたくないんだ、と声をかけ続けると御手杵は、分かった聞いてみる、と言って門の向こう側へと行ってしまった。
ほんの少し経った頃、風に乗って御手杵と誰かが話している声が聞こえた。相手の方の声は聞こえなかったが御手杵の言葉を聞くと、ありがたいことに俺を助けることの許可を得ようとする話のようだ。
分かった、そうするよ、という言葉を最後に御手杵は会話を終えたらしい。門の内側へと再度入ってくると、許可が降りた、と教えてくれた。
「詳しい話を聞いても良いか?」
「勿論。俺は御手杵兄さんみたいに自分を持って歩くことはまだできなくてね。俺を読む坊主の声が少し五月蠅いが、そこの縁側に座りながらで構わないかい?」
「ああ」