お天道様が、頂点を過ぎた頃
「本体を壊されそうになる、っていうのは、穏やかじゃないよなぁ」
「だから言ってるじゃないのさ。助けてくれ、って」
一部始終を説明すると、御手杵も恐ろしさに身を震えさせ、無意識のうちだろうが、本体である槍を抱え直した。
座ったことにより距離の近くなった彼の顔を、じぃ、と見つめる。何とも人が良さそうに見える。見慣れない素材の緑衣は、彼の国で流行っているものだろうか。
もの珍しい客人を、じろじろと眺めすぎてしまったらしい。俺の視線に気が付いた御手杵が、どうした、と声をかけた。
「いやさ。御手杵兄さんみたいな立派なものが、どうしてこんな山の中の寺になんか来たのかな、と思ってさ。……何か用事があったからわざわざ覗き込んでいたんだろう?」
「えっ! いやぁ、まぁ……用があるっちゃあるんだけどなぁ」
御手杵本人は、言えないような事情があります、というのをどうにも隠したいらしいが、ばればれである。視線は泳ぎ、言葉は言いよどみ、右手と左手の間を本体が行ったり来たりしている。どうにも隠し事が苦手な性質らしい。
「言いたくないなら無理に聞きやしないよ。でも、少しは気になるね。うーん、人間がまた大移動を始めたっていうから、それと一緒に来たのかい? あれは、刀だの槍だの、って持ち歩くからね」
そう言うと御手杵は、肯定とも相槌ともとれる曖昧な返事をしてみせた。なんだいその反応は。
それでも、味方が居るというだけでこんなにも穏やかな気持ちになれた。
今朝までの俺は、どうにも焦っていたように思える。碌な解決策もなく、逃げ出す訳にもいかず、自身に害を成すものをただ黙って受け入れる他なかった。けれども今は違う。槍である御手杵は、少なくとも巻物である俺よりは戦えるだろうし、いざとなれば俺の本体を持って逃げて貰えば良い。
なんだか、しばらくぶりに前向きに考えられるようになった。少なくとも奴らに喰われて壊れてしまうという未来はやってこなさそうだ。それだけで随分と息がしやすくなったように思う。
「ここの寺でも、猫を飼ってくれれば良いのにさ。火車は時々来るけれど、あいつにもやらなきゃあいけないことがあるからね。ずっとは居てくれないし」
「猫?」
「巻物を狙う小動物なんぞ、鼠と相場が決まってるのさ」
「鼠には猫、ねぇ。……虎や獅子もおおまかに言えば猫、か?」
「う〜ん、ま、似たものではあるんじゃないかい」
奴らの行動時間は夜であるためにそれを待とう、という話になった頃には、お天道様は既に頂点を越し、落ちて行くのを待つばかりになっていた。いつの間にか俺を読む坊主たちの声も止んでいて、いつもの場所に向かっているのだろう。なんとなく体が引っ張られている感覚がする。
縁側から蔵へと移動する。お堂から少し離れた場所にあり、正面と左右は開けているが背面には林がある。俺と同じようにお勤めで使われるものたちが仕舞われている蔵の中はそれなりに広かったが、大柄な御手杵が入るとなると少々窮屈さを感じる。御手杵の槍を振り回すには、いささか手狭な場所だ。
「こういうのは、短刀か脇差の方が向いてるよなぁ」
「まぁ確かに、御手杵兄さんにはちょいと狭いかね。……それにしてもこの体勢は何だい」
「ん? おぉ、悪い悪い。ついクセでさ。短刀がよく懐に潜り込んでくるもんだから。っていうか、お前も結構小さいよなぁ。それこそ短刀連中と同じくらいか?」
「御手杵兄さんが大きすぎるだけじゃないのさ」
俺は今、御手杵の懐の中に居る。胡坐をかいた御手杵の膝の上に、同じ方向を見ながらちょこんと座っている状態だ。ちなみに、本体も御手杵の懐の中。もし蔵の中から逃げることになったら、こちらの方が都合が良いのだとか。
そう言われてしまうと下手に動くこともできず、体を完全に御手杵に預けてしまう。寄り掛かると、御手杵の体温や息遣いが伝わって来て、なんだかくすぐったいような気持ちになる。これが所謂、人のぬくもり、だとか言うものだろうか。まぁ、どちらも人ではないのだが。
じわじわと御手杵のぬくもりが伝わって来て、それがどうにも眠気を誘う。落ちそうな瞼を必死に開けようと努力を試みた。
「寝不足なんだろ? 俺が見張ってるから、少し寝てろよ」
「でも……」
「いいから」
労わるように、御手杵はその大きな手の平で俺の瞼を覆った。硬くて豆ができていて、戦うものの手の平だ。俺の柔らかなものとはまるで違う。
どうやら俺は、自分で思っているよりも遥かに素直な性質だったらしい。御手杵に寄り掛かったまま、すとんと眠りに落ちた。