幕の開く、前のこと
すやすやと寝息をたてる彼の旋毛を、御手杵は見下ろした。
自身の懐の中で安心したように眠りに落ちた彼に、少し安心感を覚える。門の所で顔を合わせた時、彼が酷くやつれた顔をしていたからだ。あれは、気持ちが疲れているときの顔だった。御手杵の主が、期日ぎりぎりの書類を仕上げようと奮闘しているときの表情に、少しだけ似ていた。そういう時はゆっくりと休まないと、動けなくなってしまう。
すっかり寝入ってしまっているため、少々の物音では起きやしないだろう、と判断した御手杵は通信機を取り出す。これを使うと、場所どころか時間さえ超えたところに居るものと話ができるのだ。いちいち文を飛ばさなくても良いなんて、仕組みは分からないが便利なものだ。
「主? 今、対象と一緒に蔵の中に居るんだけど」
『……これって歴史改変に含まれない? まぁ、隠蔽するための手段も一応、あるんだけど。ともかく、なに』
「それに関しては問題ないだろ。応援の部隊なんだけど、五虎退と獅子王、あと髭切を呼んでくれないか?」
『謎メンツ過ぎでは。ま、何か考えがあるんでしょ。その三人ね、良いよ。そっちの部隊と合わせて六人だし、丁度良い』
「ありがとうな」
一旦通信を切り、別の番号を入力していく。数秒の呼び出し音の後に、元気な声が聞こえて来た。
『やっと祭りか!?』
「うえぇ、愛染、声がでかいぞ。ちゃんと太鼓鐘も一緒に居るよな?」
思わず耳から通信機を離す。少し声を落とすように頼み、再び耳を通信機に近づける。
「二人ともまだ山の中だよなぁ。さっき主に五虎退と獅子王と髭切をよこしてくれ、って頼んだから、もう少しで合流できると思う」
『りょーかい! 一応、二人で寺の近くまで来てるぜ。敷地内で戦う、って訳にはいかないんだもんなぁ。裏山の、少し開けた川べりに居る。ここなら月明かりで明るいし広いから、御手杵でも上手く戦えるだろ?』
「おう、分かった。もし遡行軍の奴らが先に来てたら、相手しててくれ」
『へへっ! 祭りだな! 任せとけ!!』
通信機をしまい、彼を見る。通信機越しとはいえ、愛染の大声が響いた蔵の中でもその瞼は開くことはなくしっかりと寝ている。よほど疲労が溜まっていたらしい。
――今回、御手杵は主からの指令を受け愛染国俊、太鼓鐘貞宗と共にとあるものを守るために時を超えた。
主の生きる時代、2205年。この時代まで現存する、保存状態がかなり良好な経典。重要な文化財として厳重に保存されているもの。
どうやら歴史修正主義者は、それを狙っているらしかった。
歴史修正主義者が普段狙うのは、時代の転換期を担う人間たちばかりだったが、今回の対象は「物」だった。自ら動くこともなく、何かを為すことのない、もの。
主はその指令を受けた時、情報の真偽を疑った。事を為す人間でも、武器ですらないものを狙うだなんて、そうあることではない。何か、別の目的と取り違えてはいまいか、と。こんのすけと何度も話をしていたのを、御手杵はよく覚えていた。
御手杵は、こんのすけを支持した。主は御手杵の発言に大層驚き、何故? と問いかけた。
経典に憑いている付喪神、彼のことをテレビ越しに観たことがあり、あそこまで立派なものなら、長きに渡って人に大事にされてきたものであろうそれを、失ってしまうのはもったいないだろう、とそのような感じの建前を上手く説明できずにしどろもどろになりつつも説明した。
それを聞いた主は御手杵に胡乱げな視線を送ったが、共に戦う仲間である刀剣男士の言葉には大いに耳を傾ける主のこと、指令を受理し、御手杵を隊長に据えた部隊を送り出した。
ゲートをくぐり、愛染、太鼓鐘と共に降り立つと、ふと感じる懐かしさに目を細める。行列の先頭に何度も並んだ時代。この時代への刀剣男士としての出陣も、久々だった。最近は、やれ豆まきだの戦力拡充だのと、酷く忙しなかったように思える。
「で? どういった作戦にするんだい?」
「やっぱここはさ、派手に行こうぜ! 祭りみたいにさ!!」
「おっ! いいなそれ!!」
「おいおい二人共、それじゃあ目立っちまうだろぉ」
「どこに居るか分からない敵を探すよりもさ、あっちから来てくれた方が楽だと思わねぇ?」
どうして主も、隠密行動に向かなそうな二振りを隊員に選んだのだろうか。……とはいえ短刀なので槍である御手杵よりも遥かに隠蔽が高いのだが、こればかりは気持ちの問題だ。
遡行軍がいつどこに現れるのか、詳しいことは特定できておらず、奴らが姿を現した時に叩くという方法しか今はできないため愛染の言い分も一理ある。けれども多くのものの目に触れるのはあまり得策とは言えない。ひとまずは探索を念入りにする、ということで話は落ち着いた。
探索の途中、門を覗いてみたところを見つかったのは、想定していなかった。
付喪神としてまだ成長途中の彼、これから多くの者の手を渡り丁重に受け継がれていく彼。テレビ越しで見た時よりも幼く、着物もさほど豪奢なものではなかった。それでも、記憶の中の面影に、よく似ていた。
少し悩みながらも主と仲間に許可をとった御手杵は、今こうして、蔵の中で彼の安眠を守っている。それももうすぐ、終わりを迎えそうなのが残念だ。
扉の向こうに集まりつつある気配に、御手杵は自身をしっかりと握りなおす。