月明かりが、照らす頃
ぬくもりの中に、刺すような殺気を感じて目を覚ました。
つい、と視線を上へ向けると、御手杵が鋭い視線を蔵の戸へと向けている。そこからは、聞きなれてしまったあの音が絶え間なく侵入していた。ぎ、ぎ、ぎ、と戸が軋む音に合わせて、奴らの声が聞こえる。もうすぐ、もうすぐだと下卑た声を上げている。
「ひえっ」
思わずしがみつくと、俺を抱きしめる腕に力が入る。
昼間に見た穏やかな顔は、どこかへやってしまったらしい。にらみつける視線は鋭く、御手杵の切っ先みたいに奴らを貫こうとしているのだと思えた。それでも、俺を安心させるように抱きしめる腕はどこまでも温かく、頼もしかった。
「本当はもっと早く起こしてやろうと思ったんだけどなぁ。あんまりにも幸せそうに眠っているから、起こすのが申し訳なくってさ」
「構わないさ、けれどもう少し、こうしていてもいいかい?」
「勿論」
恐怖に震える声は御手杵にも伝わってしまっただろう。まったく、情けない話だ。
気安い会話を交わしている間にも、奴らは侵入を試みている。ぎ、ぎ、と軋む戸の音は先ほどよりも大きさを増した。それは、境の限界を示す音だった。今まで、よくもった方だと思う。境の限界が、御手杵という訪問者が現れた夜だったことに、運命染みた何かを感じた。
縋りつきたい気持ちをぐ、っと抑えて、縋りつく代わりに御手杵の緑衣の裾をくしゃりと握りつぶした。
「それで、何かいい策は?」
「仲間がこっちに来てるはずだ、だから、それまで」
持ちこたえれば良い、と、御手杵が言いきったのが先だろうか、それとも、何かの、動物の咆哮が聞こえたのが先だろうか。ぎゃおうぎゃおう、と子猫よりも多少野太い鳴き声が外で楽しそうに跳ね回っている、そんな声が聞こえる。
子猫のような声のほかに、ぎええ、という何者かの叫び声。気迫の乗ったその声は、悪しきものを断ち切らんとする猛りの声のようだ。
「おー、派手にやってるなぁ。一応隠密で、って話だったんだが」
俺を片手で抱きかかえると御手杵はひょいと立ち上がり、槍を手に取った。そして耳を澄まし、戸の向こう側の騒ぎが多少落ち着くのを待つ。
「俺は自分で歩けるんだけどね」
「まだ残党が残ってるかもしれないだろ。走って逃げる、っていうんなら、まぁ、こっちの方が良いんじゃないか」
「……一理ある。それにしても御手杵兄さんのお仲間とやらは、随分と獣が多いみたいだ」
「そういう奴らを呼んだからなぁ。さて、そろそろ」
御手杵が戸に手を掛ける。奴らが毎晩破壊しようと努力していたそれを、あっさりと開いてみせる。
暗い中にずっと居たせいだろうか、案外光量のある月明かりに思わず目を細める。ひらひらと目の前に手の平を翳し、光を遮ると、蔵の外に居たのは三振りの刀と六匹の獣のようだった。
小虎を五匹連れた少年。黒い獣、鵺と思われるそれを肩に乗せた青年と、白くて穏やかそうな青年。彼らの足元には予想通り鼠だった奴らの死体がいくつも転がっている。俺にとっては醜悪そのものでしかないそれらを、小虎たちがおもちゃにして甚振っていた。放り投げては捕まえ、殴りかかり、蹴り上げ、そしてまた放り投げている。
「あ、あの、虎くんたちが、すごく頑張ってくれて……。その、褒めてあげてください」
「この子達にはいいおもちゃだったみたい。遊び感覚だろうけれど、すごかったよ」
昼間に言っていた、虎や獅子、とは彼の小虎のことだったようだ。どことなく誇らしげにふすふすと鼻を鳴らす小虎たちに、思わず笑みが零れる。
「お兄さん方がお仲間さん? ふぅん……刀か」
「応! 俺は獅子王! んで、こっちは鵺。そっちのでっかい方が髭切で、小さい方が五虎退な。いやー、五虎退はともかく夜戦に向いてない俺らが何で呼ばれたのか気になってたけど、御手杵お前、完全に名前だけで選んだだろ。虎徹の三人の方が向いてたんじゃないか?」
「いやぁ、逸話でも考えてみたんだけどな。髭切は鬼切ったっていうし、お前だって鵺退治の……」
「いやいやいや、俺は鵺切ってねぇから。じっちゃんが鵺切った、その褒美、な」
そこんとこ間違えんなよー、と念を押す獅子王に、御手杵はそうだっけか、とどこかとぼけた様子で答えている。
「まぁまぁ名前とかは一旦置いて、話を聞いてよ……僕らは鼠を全部倒したわけじゃない。なんせ小さいし数も多い相手だ。何匹かは取り逃がしてしまってね、森に逃げ込まれてしまった」
「森に行ってしまった方は、愛染くんや太鼓鐘くんがなんとかしてくれてると思うんですけれど……。そ、それでも、大本を倒さないと、あの」
「大本? あいつらに、親玉が居るってことかい?」
ぽんぽんと紡がれる会話に、思わず口をはさんでしまった。御手杵の腕の中から身を乗り出し、五虎退に顔を向ける。
……そういえば、奴らの口ぶりを聞いていると、誰かから俺を食べると力が増すと吹聴されているような感じだった。それが、大本だろうか。
「は、はい。えっと、えーと……悪だくみをしている集団があって、僕たちはそれを退治しているんです」
「でも用心深くてね、おおまかにどこにいつ出現するかは分かるんだけど、出てくるまで細かいところは感知できなくって」
「でも、確実に出てくる瞬間が必ずある。そこで、あんたにちょっとだけ協力してもらいたくてさ」
三振りに畳みかけるように告げられ、俺は思わず身を引いてしまった。すぐに御手杵の胸元にぶつかってしまったが。何だか少し、嫌な予感がするのだ。
おそるおそる御手杵を見上げると、困ったように眉根を下げながら、ごめんなぁ、必ず、かならず守るからな、と笑ってみせた。