呪いなど戯言











あれ程に冷静にと助言した梨花妃だったが、
後宮の中央で玉葉妃の顔を傷を付けた。
二人の間にいる医官はオロオロとしているだけで
なんとか宥めようとするが聞かないだろう。

其処へ壬氏と香霧が人混みを開き
玉葉妃と梨花妃の元へ向かう時、
ふと"書けるものさえあれば"と小さな声が聞こえた。
その声も気になるが今は二人を収める事だ。



「御二方、此処では目立ち過ぎます。
どうか気を落ち着かせ下さい。」

「梨花妃、どうか冷静にとお伝えした筈です。
御自身の体調も良くないのですからご無理はしないよう、」

「触るな!」

「!」



香霧がよろける梨花妃に触れると
全てが信じられぬようになった梨花妃は
何もかも拒絶する様になってしまった。
あの穏やかであった頃が嘘の様だ。
手の甲に引っ掻かれた爪の痕から血が少し滲むが、
これくらいの拒絶では如何もしない。
香霧はグッと梨花妃の身体を支える。



「水晶宮へ戻りましょう。」

「ッ…」



梨花妃は香霧に寄り添いながら中央を去り、
残された玉葉妃も侍女に身体を支えながら去ると
残された者たちは事態の深刻さにざわざわとさせ、
更に噂は広まる一方だった。











ーーーーー…*°






あの騒動からひと月もしないうちに東宮は亡くなった。
そして梨花妃は精神的にも肉体的にも憔悴し、
食事も取れず横たわる様になってしまった。

然し、其処へ玉葉妃からある一報が知らされ
香霧と壬氏は翡翠宮へ出向くと
玉葉妃から破れた布を渡される。



「…では、あの衝動の直後に誰かがこれを?」

「ええ、そういう事になりますね。
無知は罪ですね。赤子の口に入るものなら、
もっと気にかけていれば良かった。」

「其れは私も同様です。」

「それにしてもこの文、一体誰が…」

「玉葉妃。この文の主を見つけたら如何なさいます?」



壬氏がそういうと玉葉妃は嬉しそうに答えた。
貴妃は命を恩人を侍女に迎えたいという。
ただ其れは毒を見破る才を信じ、
自分を守ってくれる存在として欲しいのだ。

翡翠宮を出て宮廷への帰り道、
同じ宮廷へ戻る香霧と壬氏は話しながら歩く。
美しい二人が共に歩けば、
遠くにいた女達が引き寄せられ
頬を赤らめてうっとりと眺めてしまう。



「良かったな、都合の良い者が現れて。」

「言葉が悪いな。命の恩人だぞ?」

「布を見る限り尚服の下女だろう。
毒に詳しく文字も書けるなら十分だ。
丁度侍女を一人増やしたかった所だろうからな。」

「侍女にしたいと言ったのは玉葉妃だ。」

「認めないならめんどいからそれで良いよ。
然し、文は水晶宮にも置いたのかが気になる。
無ければ誰かの陰謀に加担した者かもしれない。
親切に置いてくれていたのならば、
水晶宮の侍女は優れた者がいない様だ。」

「(めんどくさい…)
其れを調べるのも仕事だろう。」

「おや?それは壬氏様の仕事では?」

「む…」

「内官の管理はそうだろう?」



そう言って香霧はニヤリと笑うと
壬氏は嫌そうな表情をしていた。
人を揶揄うような彼女の笑顔に
少しうんざりしてしまうのだ。

香霧はルンルンと気分良さそうに
女性らしからぬ態度で両腕を頭に置き
スタスタと先に歩いて宮廷に戻った。









後日、壬氏の策で文の者を見つけ出し
商服の下女 猫猫(マオマオ)と言う少女は
先日尻餅をつかせたソバカスの下女だった。

猫猫から文の送り先を聞くと
しっかりと水晶宮へも届けたという。
ならば水晶宮はその文を見つけた者が
何者かの助言を無視し、
みすみす東宮を亡くしてしまったという事だ。

そして後宮の呪いの正体は
毒が含まれる高級な白粉を使う事だった。
彼女は花街で育ったらしくそこの妓女も
高級白粉で幾度もなく死んでいる。
まさか高級な物に毒が含まれるなど
誰も思わないだろう。

玉葉妃の望みは彼女を自分の侍女にする事と
自分の食事の毒味役として選ばれた。

こうして壬氏の望み通り
玉葉妃の元に一人侍女が増え
上級妃としての矜恃が保たれた。