毒味の少女







毒味役の侍女となった猫猫は一日の殆ど部屋に篭り
二回の食事の時間とお茶会そして数日に一度訪れる
帝の滋養強壮料理を食べるくらいで
自身の食事も以前よりだいぶ豪華になり、
猫猫は家畜にでもなった気分になっていた。

其処へ扉を音がして侍女の紅娘が呼び出す。

まだ食事の時間を終えたばかりだというのに
不思議に思った猫猫はひょっこりと扉から顔を出すと
別室へと案内された。
其の部屋には壬氏とは違う美しさを持つ
香霧が長椅子に腰掛けていて、その隣には壬氏。
そして一人用の煌びやかな椅子に座る玉葉妃がいた。

無意味にニッコリ笑う壬氏に対し、
香霧はじっくりと猫猫を見上げていた。
そしてさらりと、



「どんな才女が現れるかと思ったら
こんな地味な女だったとはな。」

Σ「「!」」

「ぷっ」



猫猫はグサリと言葉が突き刺さり、
玉葉妃に至っては堪えきれておらず、
クスクスと笑っているが、
壬氏は失礼な奴だと呆れ、
猫猫は表情をヒクヒクとさせる。



「あ、すまない!女には失礼だとよく怒られた!」



香霧はあっけらかんとして猫猫に謝罪をするが、
彼女の服装や座る位置を見て高官だと理解し、
"その通りですので謝罪は不要ですと"
一歩下がって手を組みお辞儀をした。

猫猫は顔を上げ同じ顔が二つあると
壬氏と香霧を交互に見つめると
少し嫌そうな顔をしていた。
美しく愛想を振り撒く顔が二つ。
離れた場所にいる侍女は頬を赤らめている中
薬や毒以外に興味の無い猫猫は早く用件を済ませたい。



「今日は何の御用でしょうか?」

「これはある武官から頂いたものなのだが、
味見してくれないか?」



壬氏がそう言って見せたものは包子。
四つ入っていてまだ温かく湯気がふわっと立っている。
猫猫はその一つを半分にして匂いを嗅ぐと、



「これは催淫剤入りですね。」

「食べなくても分かるのか?」

「害はありませんので、
持ち帰り美味しく頂いて下さい。」

「貰った相手を考えると素直に食べられないだろう。」

「ええ。今晩あたりそのお相手から
訪問があるかもしれませんね。
(この男、知っていて催淫剤を食べさせようとするなんて…!)」ゾッ

「んふっふふふふっ(笑)」



玉葉妃はクスクスと笑い、
香霧も壬氏を背に腹を抱えて笑っていた。
然し香りだけで判別出来る能力に興味はある。
笑いを抑えて包子に手を伸ばして香りを嗅ぐ。



「やー面白いなあ、猫猫は。
然し香りは普通の包子の様だが何故気付いた?」

「催淫剤として使われる漢方薬の香りがします。
私の故郷花街では良くある事なので嗅ぎ慣れております故、
食べなくても分かります。」

「ほぉー」

「用件がお済みでしたら私はこれで、」

「一つ頼みがある。媚薬を作ってくれないか?」

「!(食べろと言ったり作れと言ったり…一体どういう…
いや、でも、作るということは調薬!)」



猫猫は調薬が出来るという喜びで笑みが溢れるが
すぐに我に返り緩んだ口を締める。
壬氏がどう使うかは知らないが、
それが望みであるならば、



「時間と材料と道具さえあれば、準ずるものなら作れます。」







ーーーー…*°



「どうだ?毒味役の印象は。」

「いやー、笑った笑った。面白いな。
何より壬氏に対してあの表情が出来る女がいるとは初めてだ。
私や壬氏の事を虫でも見るかの様な顔!
今でも思い出して笑えるな!」

「そうだろそうだろ!」

「!、なんだ…そっちの気あるのか?(汗)」

「被虐嗜好者(マゾヒスト)ではないが、
面白くて新しい玩具を手に入れた気分だ♪」

「壬氏も変わり者だな。」

「む…お前に言われたくは無いな。
今日も武官からの誘いに嫌だの一点張りだったろう。
もっと知性のある断り方が出来ないのか?」

「嫌なもんは嫌だ。別に人より頭が良いし、
妃じゃないんだ。上品にしなくても良いだろ。」



そう言ってふいっと拗ねたように顔を横に向ける香霧に
壬氏は呆れた様に溜息を吐く。

妃の位は家柄に加え、美しさ賢さを基準に選ばれる。
中でも賢さが一番難しく、国母に相応しい教養に加え、
貞操概念が必要だ。
香霧は何方も十分以上に兼ね備えているのだが、
気品さが一番に欠けていて男性的過ぎる。
昔から彼女は妃など興味は無かった。
だからこそ親族誰も文句が言えないほど実力を上げ、
地位を手に入れて今に至る。

皇帝も妃として迎え入れるよりも
今は壬氏と共に後宮を管理する事が出来る
たった一人の女尚書として置いているのだろう。
女でありながらも男性的な為、
壬氏と同じく選定する為の材料として十分だ。

皇帝も壬氏を後宮の管理者として置くのは
美しい男がいても貞操概念を持てるかどうか。
現に今日は下級妃二人に中級妃一人に声をかけられた。
帝のお通りが無いからと男を引き入れようとするなんて
不心得も甚だしい。
皇帝には壬氏から二人を推薦した。
思慮深く聡い玉葉妃と
感情的ではあるが誰よりも上に立つ気質を持つ梨花妃だ。
帝に対し邪な感情が見当たらないどころか、
梨花妃に至っては心酔の域に達していた。
然し、今後寵愛は玉葉妃に傾き続けるだろう。
痩せ細った梨花妃の元に通われたのは、
東宮が亡くなられた日が最後だった。

自分と国に都合の良い妃を揃えさせ、
子を産ませ、その能力がなければ切り捨てる。
必要のなくなった妃は通常実家に帰らせるか、官に下賜される。
何にせよ計画通り事が進めば問題は無い。
その為には猫猫の協力が幾らか必要そうだ。



「あの包子食べるのか?」

「媚薬入りと言われて食べるわけないだろう。」

「なんだつまらないな。
そう言っといて自分は媚薬を作らせる癖に。」

「香霧も分かっているだろう。」

「……まぁ、後宮にいる官史ならそうだろうな。」



香霧はそう言って自分の宮殿に戻って行った。