誘惑な甘さ








翌日、媚薬を作る為に猫猫は薬草がある医務室に来た。
そこに高順(ガオシュン)という
背丈があり筋肉質な肉体を持つ男が待っていた。
一見武官の様にも見えるが後宮にいるとならば宦官なのだろう。
彼は壬氏の付き人をしているという。
今日は主人の命令の元手伝いとして待っていた。


「薬剤室にあるものは自由にしていいと言われております。」



その部屋は壁中に薬棚があり、
猫猫は普段のぶっきらぼうな表情とは思えぬ
笑顔を見せて薬草を見るや否や
気分が上がってフワフワと踊り出し、
初対面の高順は少し引いていた。



「その踊りは呪いか何かか?」



壬氏は薬剤室の入り口で呆れた様に見ていた。

猫猫は気を落ち着かせ必要な材料を書く。
そして高い位置にあるものは高順に頼み取ってもらい
何も手伝わない壬氏はニコニコと見守るだけで
猫猫はうんざりしていた。

高順から取ってもらった材料は
西の更に西の南にある可可阿(カカオ)というもので
薬箱の中には殆どなく足りなかった。
それを聞いた壬氏は交易品から探すと良い、
後日媚薬の調合をする事になった。






ーーーー…*°



猫猫が取り揃えた物は
牛乳・乳酪(バター)・砂糖・蜂蜜・蒸留酒
乾燥した果物に匂い付けの香草油だ。

翡翠宮の台所を借りて調合する。
侍女の三人は興味深々に顔を覗かせるが、
先輩である紅娘に注意されて仕事に戻る。
すると紅娘の横を通り過ぎて
台所に入っていく者が居た。



「どうだ?媚薬作りの調子は。」



さらりと長い髪を揺らして
香霧は意気揚々と楽しそうに声を掛けた。
猫猫はまた面倒臭そうな奴が来たと顔を歪める。
そもそも名を聞いていないし、役職も知らない。
ただ身なりを見る限り高官なのは分かる。
それが伝わったのか香霧から言い出した。



「後宮で尚書をしている。香霧だ。」

「(尚書…て女でも成れるのか。
それか後宮の管理といったところか。
それにしても女性らしくない話し方と所作だな…)」

「猫猫は顔に出やすいなあ(笑)」

「そんな事は無いかと。
(この人も暇なのか…、
折角一人で集中出来そうだったのに。)」

「なんだ?この粉は。」

「可可阿(カカオ)という種子です。
これが原料になります。」

「ふーん。」ペロッ

Σ「!(普通に舐めた…媚薬の原料だぞ…(汗))」

「苦いな。」

「これから食べ易くします。」



猫猫は可可阿(カカオ)の粉末と砂糖を鉢に入れ、
小さく刻んだ乳酪(バター)を入れる。
そして乳酪(バター)が溶けて馴染むように
湯煎にかけながら混ぜて滑らかになるまで練る。
それが終われば牛乳や蜂蜜、蒸留酒を入れ
味や固さを調整していき、香草油で香り付けしてタネは完成。

そして小さく切った乾燥した果実をタネにつけて
均等に間隔を上け、皿に並べていき
素焼きの壺に水を張れば中が冷える為
そこの中に浮かべて蓋をする。
これで固まるまで待てば完成だ。



「薬というより点心(おやつ)作りだな。」

「調合するという意味では料理とも近いです。」

「なるほどな。だいぶ余ったのどうするんだ?」

「私は薬慣れしていて効き難いので後で食べようかと、
麺麭(パン)に浸せば冷やす必要もないので
夜食用にしようと思います。」

「へーいいなあ。」

「媚薬ですけど入りますか?」

「いる。」

「(大丈夫かこの人…(汗))」



薬を甘く見ているのか
ただの点心(おやつ)かのように食いつく香霧に
猫猫は少し心配になったが断る理由も無く、
麺麭(パン)に巧克力(チョコレート)が染み渡れば
お裾分けする事になった。

冷やす間猫猫は片付けに行き、
香霧は一度仕事に戻ってまた来る事にした。







「どうしたんだ?これは?」



そして夕方に香霧が顔を出すと
点心(おやつ)を盗み食いした侍女三人が媚薬の効果で
ぐったりと色っぽく倒れていて
それを見た壬氏は呆れて溜息を吐いていた。



「とりあえず、効力は分かった(汗)」

「これを食べてこの効き目か。凄いな。」

「?、知っているのか香霧。」

「調合を見てた!面白かったぞ!」

「またお前は……」

「で、どういう事なの?(怒)///」



侍女三人は効力が収まるまで部屋で休む事になり、
怒りをあらわにする紅娘だが
玉葉妃の執務室で説明をしている事になった。



「黒い麺麭(パン)みたいだけど…、
これが例の媚薬なの?」

「いいえ、お渡しするのは此方です。」



そう言って猫猫は固まった巧克力(チョコレート)を見せる。



「じゃあ、こっちはなんなんだ?」

「私の夜食です。」



媚薬を夜食としようとする猫猫に
壬氏や高順、玉葉妃や紅娘はドン引きをした。
酒や刺激物になれていると効き難いそうだ。
すると壬氏も黒い麺麭(パン)を手に取る。



「という事は私が食べても問題ないのかな?酒は飲むし。」

「「それはおやめください!(汗)」」



寵妃の前だというのに紅娘と高順は
声を上げてそれを止めた。
壬氏は冗談だとケラケラと笑っているが、



「私の方が酒は強いから大丈夫だろ」ヒョイッ

「あ。」

「「「あ!(汗)」」」



パクッ



「おおっ、蒸留酒が効いてるのか芳潤な甘さで美味いな!」

「何て事を香霧様…!(汗)」

「は、吐け!お前があんなの
(媚薬にやられた侍女達の様)に
なったらどうすんだ!後宮が崩壊する!(汗)」

「何だよお前だって食べたそうだったくせに」

「(壬氏までこの慌てよう…
というか寵妃の前でなんて不届きな発言なんだ。
まあ、この二人が頬を染めながら迫って来たら
男女問わず理性の多賀が外れかねないだろうな。
顔だけ無駄にいいのも考えものだ。)」



壬氏は吐けと繰り返し香霧を揺するが、
香霧は「もう食った」と言って舌を見せ
少し巧克力(チョコレート)色に染まっていた。
食べてしまったものは仕方ない。
猫猫は壬氏に乾いた果物を覆った巧克力(チョコレート)を差し出す。



「媚薬の注意点ですが、
効き目が強いので一粒ずつを目安にお願いします。
食べ過ぎると血が回りすぎて鼻血が出ると思いますので。」

「そんなに効くなら帝の為にも作ってもらおうかしらっ」

「いつもの強壮剤の三倍は効くと思いますけど、」

「三倍…持続の方かしら……」ゾッ

「……ということですので、
使用する際は意中の相手と二人きりの時にして下さい。」

「そうか。」



そう言って受け取り、壬氏はスクっと立ち上がった。



「おかえりですか?」

「ああ。」

「それでは私もこれで、失礼します。」



玉葉妃も立ち上がり、香霧も立ち上がる。
そして玉葉妃が部屋を出るのを見送った。
香霧も猫猫に軽く手を上げ挨拶し出て行くと
壬氏や高順も出て行き、宮廷に帰る。