甘さの誘惑








宮廷に入ると前を歩く壬氏に香霧は強請る。
高順は別の宮廷にいる為、今は二人きりだ。



「なぁー、それ一個くれよー。」

「ダメに決まってるだろ!(汗)
それより麺麭(パン)を食べて何ともないのか?」

「そういえば身体は暖かくなったな。
冬の季節には丁度良いかもな。美味いし。」

「部屋に入るまで首元を緩めるな(汗)」

「何だよ。壬氏だってこっそり食べて、
猫猫の首筋に口づけしていた癖に。」

「み、見てたのか(汗)」

「まぁな。別に良いんだが。
毒味は無理だが媚薬は大丈夫だろ?
どんな味か気になるからくれ。」

「夜どうなっても知らないぞ…
その好奇心旺盛なところなんとかしろ(汗)」

「勉強熱心と言うんだな(笑)」

「………全く、薬が効き過ぎないように
食べようとしていたのだがな。」

「大変だな、宦官は…」

ポスッ



香霧が手を差し出すと、
壬氏は包みから出した巧克力(チョコレート)を
一粒上げるとそれを受け取ろうとしたが
ふらりと揺れて壬氏の横の柱に顔を伏せる。



「おい…まさか…(汗)」



嫌な予感がして横を見ると
するとほわっと香霧の肌が淡い桃色に染まっていて
香霧は少し息を荒くしてクラリと柱に寄り掛かり顔を上にあげる。
少し身体が汗ばんで来て目がとらんとして潤いがある。



「ははは…今になって効いてきたな…」

「はあー…だから言っただろ(汗)」

「ん…寝れば勝手に治るだろ……、」フラ…

「全く…こっちを食べる前で良かったな。
食べていたらこれじゃ済まないぞ。」ぐ…

「……悪い…」

「そんなフラフラで人にあったらどうするんだ。」

「んん…暑い…脱ぎたい……」

「ふざけるな(怒)」



フラフラの香霧を見てられず、
壬氏はグッと自分の肩に香霧の腕を回し、
足取りが悪い中、部屋へ連れて行く。
普段から香霧は酒を飲むと自分より先に酔い潰れる
介抱するのは侍女の務めなのだが
自分がよく部屋に帰す事もしばしばある為、
こういった事は慣れているのだが、
原因が媚薬というのはなんとも恐ろしい。

さすがの自分でも自分と同じ…いや、
自分より美しい女が頬を染めて
上着を緩めさせれば耐えられないだろう。
絡ませた腕も熱を帯びていて
さっき同じ麺麭(パン)を食べているから
自分も精力がついてしまっている。
壬氏は頑張って理性を保っていた。

香霧の部屋につき、
布団へ寝かせると壬氏は溜息を吐く。
息を飲むほどの美女で秀才。
妃になってもおかしくないのだが、
女尚書として昇格してからは
官吏として帝に認められている。
その様な者がこの有り様とは壬氏は呆れる。

仰向けで寝そべり、
寝苦しそうに首元をはだけさせると
満足そうに笑みを浮かべて身体を横に向ける。
そんな姿に壬氏も思わず呆れたように笑みを浮かべ、
ベッドに近付き、彼女の額に口付けをした。



「んん…」



香霧は折角の壬氏の口付けを
痒いのか鬱陶しかったのか眉間に皺を寄せ
軽くぽりぽりと掻いてはささっと擦り、
壬氏は他の娘だったら更に発情するであろうに
この女は…とイラッとした様子見下ろした。
だがすぐに溜息をつき呆れた様子で部屋を出た。










ーーーーー…*°



翌朝、暑くて羽織や上着をはだけさせて寝ている主人を
起こしに来た侍女が部屋に入り大事になりかねなかった。
てっきり何者かに酒か催淫剤かを盛られ
襲われたのかと思ったが主人の失態であり、
奔放に生きる主人に慣れているからか
侍女は朝から怒っていた。



「本っっ当に信じられません!///」



侍女である梓萱(ズゥシュエン)はプリプリと怒りながら
朝食の粥を持ってきて香霧に差し出した。



「そんなに怒るなよ。未遂なんだし。」

「怒ります(怒)」

「あんなに効くと思わなかったんだよ。
凄いな、あの薬師は。美味かったし。」

「その侍女にもキツく言っておかないといけませんね!
そのうち毒まで試すと言いそうで恐ろしいです!」

「ははは!毒は流石に無いさ!
知識としては興味あるからまた会うけど!」

「……(汗)」



あっけらかんとして笑う香霧に
侍女の梓萱は本当かとジト…と見つめた。
何度注意しても尚書とはいえ女性であるのに
男性の様な所作や言動が目立ち
高官の娘である梓萱は信じられないとばかりに
彼女の奔放さには驚かされている。

子を産むのが女の幸せだというのに
美しく聡明な香霧は自らそれを遠ざけているようにも見える。
職を続けたいからなのか皇帝の目に止まらぬよう、
女性らしさを見せぬようにしているのだろうか。



「壬氏も面白いのを見つけて楽しんでいる。
あんな無下にされて喜ぶ顔を見ただけで笑える。
(高順は相当困るだろうけどな…(笑))」

「壬氏様が…?(汗)」

「そりゃあもう意気揚々と。」

「……(汗)」



カチャ…
「失礼致します。」



梓萱との話に盛り上がっていると
掃除を終えた春琳は巻物を持って入ってきた。
香霧の目を見ようとせず俯き気味で
ただ仕事が優秀な為、梓萱も何も言わず
香霧も徐々に顔を見せれば良いと気にしなかった。



「たった今、武官からいただきました。」

「ありがとう。」



香霧が受け取ると春琳は深く頭を下げて部屋を出る。
侍女らしからぬ冷たい態度にも見える行動だが、
まだ15と幼くまだ侍女に招き入れて日も浅い。
人見知りか自分の侍女としては不服なのか知らないが、
香霧は別に気にはしなかった。
梓萱が言う限り仕事は丁寧で出来るから。



「春琳の様子は?」

「私とも言葉は交わしますが、
あまり自分の事を話さず聴く側ばかり…
表情は無表情というより少々暗く感じます…」

「そうか。まぁ、自分の親が死なれては
笑顔を見せる者などいないだろう。」



香霧はそう言って残りの粥を飲み切った。