朝、目が覚めた瞬間、
少しだけぼんやりした頭のまま天井を見上げる。
(……あ、今日学校だ)
見慣れた天井と見慣れた香りで
雄英の寮に帰っていることを思い出す。
顔を洗って、歯を磨いて、朝食をとる。
いつも通りの流れなのに、
どこか“戻ってきた”実感がある。
制服に着替えると、自然と背筋が伸びる。
(ヒーローじゃなくて、学生だ)
ついさっきまでヒーローコスチュームで
動いていたせいか、
その切り替えが妙に意識に残る。
通学バッグを手に取り、寮を出て校舎へ向かう。
廊下を歩きながら、
聞こえてくるざわめきや足音がやけに懐かしい。
(久しぶりだなあ)
教室の前に立って、いつものように扉を開ける。
ガラッ、と音が響くと同時に——
「綺羅おはよー!」
すぐに三奈ちゃんの声が飛んできた。
「おはよー!」
自然と声が弾む。
そのまま自分の席に向かう。
そして、視線がぶつかる。
前の席。
いつも通り、機嫌が悪そうな顔。
「爆豪くんおはよう!」
声をかけると、
「…チッ…うっせえのが帰ってきた」
変わらない返し。
(あ、これこれ)
逆に安心する。
「ねえ聞いて!ジーニストに
特訓して貰ったんだけどさ、
ジーニストの家めっちゃ大きいの!
窓が大きくて晴れの日電気いらないくらい
部屋明るくて、トレーニングルームが下の階に
あって、床が開いて階段が出てきてね…!」
気づいたら、前のめりになって話していた。
(あ、ちょっと止まらないかも)
久しぶりに話せるせいか、
言葉がどんどん出てくる。
その途中で、爆豪くんの表情が変わる。
嫌そうな顔。
でも——
「……自宅?ジーニストの?」
爆豪くんが、そこで急に聞き返してきた。
さっきまで面倒くさそうに聞き流していたのに、
“自宅”って言葉にだけ反応した気がして、
少し不思議になる。
「そう!タワーマンションで、
ジーニアス事務所より大きくて
セキュリティもしっかりしてたよ!」
両手を上に伸ばして高さを表現すると、
爆豪くんはじろりとこちらを見たあと、
軽くため息を吐いて低く言った。
「テメェ…あんま他にベラベラと喋んなよ」
「え?」
思わず瞬きをする。
(あ、そっか)
すぐに納得した。
ヒーローの自宅なんて、
確かに簡単に話していいことじゃない。
しかも今、ベストジーニストは休業中だ。
復帰前に変な噂になったら大変なのかもしれない。
「大丈夫!爆豪くんにしか言ってないよ!
仮免取ったら行くだろうから!」
安心させるつもりで言ったのに、
「うるせえ」
返ってきた声は、何故かさっきより不機嫌だった。
(あれ?)
何か変なこと言ったかな、と首を傾げる。
少し考えて、ふと別の可能性が浮かんだ。
「もしかして、ジーニストの自宅に
1人で行ったこと気にしてる?」
「ああ!?」
急に強めに返されて、びくっと肩が揺れる。
でもその反応で、逆に納得した。
(なるほど、そこか!)
確かに事情を知らなかったら、
年頃の女子が男性ヒーローの家に
泊まり込みで行ってるみたいに聞こえる。
誤解されたらよくない。
「そのタワマンはジーニアス事務所の
サイドキックも複数住んでいるし、
インターン中、本来サイドキック用の空き部屋で
寝泊まりして、トレーニングルームと行き来して
出入りも初日と帰る日以外ないから、
疑わしい事はないよ!ジーニアス復帰前に
変な誤解されても大変だからね!」
慌てて説明すると、爆豪くんは数秒黙ったあと、
「あっそ」
とだけ言って前を向いた。
(違った?)
今度は何を気にしていたのか分からない。
でも、さっきより少しだけ機嫌が戻った気もして、
深く考えないことにした。
そしてチャイムが鳴る。
同時に、相澤先生が入ってくる。
相変わらず無駄のない動き。
(久しぶりだな、この感じ)
「おはよう。今日は星宮はいるな。
常闇、緑谷、切島、麗日、蛙吸はインターンで休み。
星宮、補習はインターン組でまとめてやるから、
わからなくても喰らいつけ。
いいな?以上、今日も合理的に過ごすように」
それだけ言って、すぐに出ていく。
(相変わらず早い)
教室が一気にざわつく。
「緑谷はナイトアイ事務所で、
麗日と蛙吸はリューキュウ事務所、
切島はファットガム事務所、
常闇はホークスだったっけか」
瀬呂くんの言葉に、
「切島は大阪で、常闇は福岡だったよな?
いいなー遠方インターン。名産とか食えるんかな」
と上鳴くん。
「旅行じゃないんだから」
耳郎ちゃんが呆れた声で返す。
(いつも通りだなあ)
その会話の中に戻ってきたことが、少し嬉しい。
「星宮はベストジーニストだったよな?
都内でもさすがに泊まり込みか」
「うん!社員寮みたいな感じで
空き部屋で寝泊まりしてたよ!」
さっきの話を少し柔らかくして答える。
「個性伸ばしトレーニング指導
してくれてんだっけ?手厚いサポートだよなあ」
尾白くんの言葉に、
「でも指導厳しくて個性伸ばしトレーニングより
神経使うよ」
思い出して苦笑いが出る。
(ほんと、あれ大変なんだよね……)
同時に全部やる訓練。
少しでもズレたら全部崩れる。
でも——
(ちょっとだけ、分かってきた気がする)
あの感覚。
全部を同時に捉える瞬間。
教室のざわめきの中で、ふと前を見る。
爆豪くんの背中。
さっきのやり取りを思い出す。
(……なんか、変だったな)
気にしてるのは場所じゃない。
多分——
(言ってなかったこと、かな)
そこまで考えて、ふっと息を吐く。
(まあ、いっか)
今はまだ、はっきり分からない。
でも——
少しずつ、変わってきてる。
自分も、周りも。
その中で、また一日が始まる。
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