刻


*





浮竹に聞いた通り、
紫乃は十三番隊隊舎の敷地内にある
修練場へと足を運んだ。

入り口からそっと中を覗くと、
そこには一人、黙々と素振りを繰り返す
ルキアの姿があった。

その動きには迷いがない。
けれど、既に額には薄く汗が滲んでいる。

「ルキア」

影から姿を現し、紫乃が声を掛ける。

「花房副隊長!」

ルキアは素振りを止めると、
すぐさま姿勢を正した。

「浮竹隊長から聞いたよ。
帰って来てから、ずっと此処に?」

問われたルキアは、僅かに視線を落とす。

「……はい」

小さな返事だった。

「そう……。落ち着かない?」

紫乃の問いに、ルキアは静かに頷いた。

「はい。織姫の件は……
私も、彼女が裏切るなどとは到底思えません。
きっと、同行せざるを得ない状況
だったのだと思います」

一度言葉を切り、ルキアは拳を握る。

「一護は、必ず諦めずに助けに向かう筈です。
私は……二人に助けられた身ですから」

その瞳に、強い意志が宿る。

「次は、私が彼らを助けたい……」

紫乃は、そんなルキアを黙って見つめた。

変わった。

ふと、そんなことを思う。

以前のルキアは、
隊士たちともどこか距離を置いていた。
必要以上に誰かと関わろうとはせず、
真面目で、少し冷たい印象さえあった。

そんな彼女が今、自分の上司を前にして、
これほど素直に胸の内を語っている。

きっと、一護と出会ったことで
得たものなのだろう。

紫乃は視線を落とし、柔らかく微笑んだ。

「……喜助なら、
虚圏へ行く術を持っていると思う」

その言葉に、ルキアが顔を上げる。

「恐らく、一護くんはそれを使って
織姫さんの元へ向かうはず」

紫乃は、静かに続けた。

「敵地へ赴くということが、
どれほど危険なことなのか。
それを理解した上で、それでも向かうのなら
――私は止めないわ」

ルキアの瞳が揺れる。

そして紫乃は、僅かに微笑んだ。

「ただ……どうか、生きて戻って来て」

その言葉に、ルキアは深く頷いた。

「……はい」

それだけを告げると、
ルキアは決意を固めたように
紫乃の横を通り過ぎ、
修練場を出ていく。

紫乃は、その背中を見送った。

先ほどまでとは違う。

迷いを振り切った、真っ直ぐな背中だった。




――その日の夜。

朽木白哉の手引きによって、
朽木ルキアと阿散井恋次は穿界門を通り、
浦原喜助の元へ向かった。

その報告を受けた時、
紫乃は少しばかり意外に思った。

朽木白哉が、総隊長の命に背いてまで
二人に協力したことが、である。

当然ながら、総隊長はかなりの剣幕で
白哉を怒鳴りつけていた。

「余計な事をしおって!」

一番隊隊舎に響き渡る怒声。

そのすぐ横を通り過ぎながら、
紫乃は白哉をちらりと見た。

本人はというと――特に気にした様子もない。

ただ静かに立ち、総隊長の叱責を受け流している。

相変わらずだな、と紫乃は心の中で苦笑した。

やがて、紫乃は一番隊隊舎に
設けられた修練場へと案内される。

扉を開けると、そこには既に雛森が待っていた。

紫乃の姿を認めた瞬間、雛森は深々と頭を下げる。

「よろしくお願いします!」

その真っ直ぐな声に、紫乃は柔らかく微笑んだ。

「よろしく」

短い言葉だった。

けれど、その声にはこれから始まる時間への
確かな覚悟が滲んでいた。

藍染惣右介が空座町へ攻め込んでくるまで、
残された時間は僅かだった。

数週間。

その限られた時間を、
紫乃は雛森との修行に費やすことになる。

雛森が戦場に立てるだけの力を
身につけられるように。

そして――もう二度と、
目の前にいる誰かを失わないために。

護廷十三番隊もまた、
それぞれの場所で己を鍛え続けていた。

来たる決戦の日まで。

その日が訪れるまでの時間は、静かに流れていく。



――そして。

決戦へ向かう時計の針が進む一方で、
この物語はゆっくりと、
その針を過去へと戻していく。

百十年前へ。

まだ、すべてが始まる前の時代へ。

かつて、彼らがまだ同じ場所にいた頃へ――。






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