浅草ノ昼









「痛ててて…」

「今日もしごかれてたなぁ、燐子。」

「若は容赦なさすぎなんです。」



午前中に紅丸の稽古を受けた燐子は
身体の傷を紺炉に手当てして貰っていた。
地面に頬を擦りむいて出来た傷に
消毒液をつけられると沁みて結構痛い。



「嫁入り前の娘が顔なんかに傷つくっちまって…
紅にも注意しとかなきゃな。」

「それは別にいいんすけど…火消しなんだし…」

「火消しだけどよ。
燐子には女の幸せも手に入れて欲しいんだ。」

「あたしは紺炉中隊長の方が心配ですけどね!
小股の切れ上がったいい女早く見つけて下さい!」

「お前…誰から聞いたんだ(汗)」



自分の好みのタイプを言われて紺炉は動揺する。
娘のように思っている燐子に自分の好みを知られるのは
正直恥ずかしいのが本音だ。



「刀鍛冶屋で皆んなが言ってやした。」

「口が軽りぃ奴らだな…(汗)」

「皆んな噂好きなんだ。」

「燐子はどんな男が良いんだ?」

「若と中隊長みたいな奴!」

「そうかい嬉しいねえ。」

「ほんとですよ!二人みたいに男らしくて
強くてカッコ良くて優しい人が良いです!」

「ありがとよ。ほら、手当て終わったぞ。」

「(この顔信じてねえな…(汗))
ありがとうございます!」



燐子は立ち上がって身体を伸ばした。
朝から稽古でクタクタだと思ったが
そうでも無いらしくまだまだ元気そうだ。



「今日は何するんだ?」

「んー、この顔でババアのとこ言うと
また煩そうだし、工房でも行こうかな。」

「精が出るな。」



燐子は紺炉に笑顔を向けて浅草の町に出た。









ーーーーーー…*°




「お!燐ちゃん!ウチ寄ってかないかい!」

「燐ちゃん!ウチのイカ焼き食ってけよ!」

「燐ちゃんどうしたんだいその傷!
また紅ちゃんかい!?
嫁入り前なんだから気を付けなさいな!」

「ったく…皆んな二言目にはそれかよ…(汗)」



浅草の町を歩くと当然のように声がかかる。
怪我をすると特に女からは嫁入りの心配をされ、
さっき紺炉に言われていたから余計うんざりだ。
逃げるように足速に工房に向かった。



「おー 来たかい燐ちゃん!
この間の上手く出来てるよ!」

「ほんとか!?」

「今日は削るのかい?」

「うん!小せえもん初めてだけどな!」

「お猪口は難しいけど
燐ちゃん器用だから大丈夫だよ。」



工房に入ると皆んなが出迎えてくれて
一部を自由に使わせて貰っている。
先日作ったお猪口に切子を入れて
今日完成すれば今夜酒を呑んで貰えるだろう。
燐子は上着を脱いでやる気を出し、
まずは切子を入れる部分を下書きする。

奥の工房では炎が燃え盛り
とんぼ玉や風鈴 花瓶やコップを作っている。
切子を入れる音もよく響いて
燐子にとって此処は詰め所の次に居心地良い場所だ。
見回りがない時は此処か刀鍛冶屋立ち寄る事が多い。
紅丸も紺炉もあまり来ない自分だけの趣味の場所。



「そういや燐ちゃん 紅ちゃんがさっき来たよ」

「若が?なんで?なんか買いもんか?」

「いや?ちょっと顔覗かして
声掛けたらなんでもねえって帰っちまった」

「あたしに用でもあったのかな?
でも午後は特になんも言われてなかったしな…」

「その顔の傷は紅ちゃんかい?」

「ああ…あ!嫁入り前はもう聞き飽きたからな!」

「ははは!なんだ残念だな!(笑)」

「皆んなしてそっちの心配しやがって…!
あたしだってつい最近火消しになって
これからって時によー!」

「皆んな燐ちゃんが可愛くて仕方ねえのよ(笑)」

「あたしも若みたいに立派な火消しになるには
こんな傷大した事ねえんだよ」



燐子はそう言って自分の頬に触れると
ガーゼが傷に擦れて少し痛い。



「でも燐ちゃんなら可愛いから
ちょっとした傷でも関係ねえか!」

「傷があるからって嫌がるような
小せえ男はこっちから願い下げだね!」

「はっはっは!燐子ちゃんらしいぜ!」



工房は落ち着く。
細かい作業は集中力が高められて修行になるし
ガサツな男達との会話も嫌いじゃない。
むしろ女達と話すと直ぐに婿入りの話ばっかり。
そういう話は苦手な燐子は
男達が集まるような場所によく紛れていた。








「出来た!」



夕方に差し掛かる時刻
背中を丸めて作業をしていた燐子は
やっと背筋が伸びて作品を見た。



「頑張ったなぁ 燐ちゃん」

「大人顔負けの作品だな。」

「へへへっ 若と紺炉中隊長には
大事にしてもらわねえとな」

「きっと喜ぶよ。」



燐子が削った切子に紺色をメインに色づけされたお猪口と
紅色をメインに色づけされたお猪口
徳利はその二つの色が入っていて
夕日にかざすとキラキラと輝いている。



「二人は酒飲みだからなー
あたしも早く呑んでみたいけど。」

「一口味見してみるかい?」

「ダメダメ!勝手に飲んだら若に怒られる!」

「若も17くらいから飲んでたぞ?」

「だからって勝手はダメだ!」

「そっか 残念だなー
飲めるようになったら付き合えよ!」

「勿論!」

「紅ちゃんも紺ちゃんも
燐ちゃんには過保護だからなー(笑)」

「過保護か…!?(汗)」

「そうだよ。大事な娘みたいなもんだ。」

「そうかー ま!いいや!
木箱にありがとうな!風呂敷も!」

「おう!気を付けて帰れよ!」



燐子は満足げに作品を木箱に包んだ。



「うん!また作りに来るよ!」

「今度は何作るんだ?」

「考えとく!じゃあな!」

「またなー燐ちゃん!」

「紅ちゃんにもたまには飲みに来いって伝えといてくれ!」

「おう!」



燐子は工房の男達に手を振って詰所に帰って行った。