死児之齢
母が殺されてすっかり塞ぎ込んでしまった政義を心配して、父は政義を連れて実家に引っ越した。前々から、父が抱える病の治療の為に帰省してはどうかと話が挙がっていたのもあり、話はとんとん拍子に運んだ。
父方の家族は二人を暖かく迎え入れてくれた。そこで政義は、数年前に訪問した際には見掛けなかった子供――咲代子と初めて出会ったのだった。
母の代わりに精一杯愛を注いでくれた家族は勿論、己よりもずっと幼い咲代子に支えられていく内に、政義の心の傷はゆっくりと癒えていった。
咲代子なりに励まそうとしてくれたのだろう、自分とお揃いだから寂しくないよと言って、つたない仕草で髪の毛を編もうとしてくれた思い出は、今でも長く伸ばされた彼の髪の一房に残されている。
庭先に咲いた小さな花が、控えめに微笑む彼女によく似合っていた。一輪摘んで髪に挿してやったら、枯れる前にと栞にしてくれた。そんなささやかな思い出が、政義にとって何よりの宝物になっていた。
幸せだった。あの日奪われた幸せを、ようやく取り戻せた気がした。
もっと強くなりたい。自分を大切にしてくれた、大好きな家族の為に。優しい妹を守るために。政義はそう決意して、もう一度前に歩み出したのだ。
――――今度こそ、守りたかったのに。
柔らかな体温を分け与えてくれた、あの小さな手が、だらりと投げ出されていた。
夥しく広がる血の海。散らばった本。挟まれていた栞は真っ赤に染まり、溶けるようにぐずぐずになっていた。
幼い体は、政義の腕の中にすっぽりと収まった。何時もなら照れたようにはにかんでいた筈の顔は、今やすっかり血の気を失い、まるで蝋で作られているかのように生白かった。
政義には幼い妹がいた。
まだ、たったの五歳だった。
政義は、あの血溜まりを、腕の中の重みを、一瞬たりとて忘れたことはない。
―――――
不審な人影を追って、政義は鹿と共に路地裏の廃屋に侵入した。そこで捕えたのは、昨日から連絡が途絶えていた同僚こと、鬼無里蒼夜だった。
驚くことに、彼は幼い子供の姿になっていた。先程街中で暴れていた妖怪が彼の精気を吸い取っていたようで、下手をすればミイラになる寸前だったという。咄嗟に失った分を補おうとした結果、こんな姿になってしまったらしい。
――――丁度、五歳ほどといったところか。
黒い髪の隙間から、生々しい噛み跡が覗いている。蒼夜の首元に深く刻まれたそれを、政義は温度の無い瞳で食い入るように見つめた。
あの日の記憶を刺激するには、充分すぎるほどだった。
犯罪者と聞けば形振り構わず殴り掛かっている政義が、今のところ大人しくしているのは、逃亡した犯人の詳細も行方も判明していないからに他ならない。焦って判断を誤りなんかして、再び取り逃がす訳にはいかないのだ。
不安に怯える一般市民の為にも、確実に捕えて、二度とこんな事が出来ないように、正義を執行しなければならない。
その為ならば政義は、冷酷すぎるほど冷静に、思考を巡らせることが出来た。
「こうして逃げ切っている以上、鬼無里さんに心配は無用なのかもしれないですけど、気を付けて下さいね!此処、衛生環境も良くないですし、もしかしたら体調とか崩しやすくなってるかもしれないですから!」
そう言って、政義は何時もの調子でにこりと微笑んでみせた。
蒼夜はまだ生きている。今はそれで良い。本当はこんな場所に一人置いていくなんて絶対にしたくないけれど、夜には彼の管狐も戻ってくると言うし、今朝の騒ぎもある。早急に対応すべき仕事は山程あった。
「それじゃ、蒼夜。また明日な」
鹿は一言そう告げて、何でも無いように廃屋を後にした。信頼しているのだろう。取り繕っている風には、あまり見えなかったから。
素直に感嘆すると同時に、自分はこうは構えられないとも思った。凶悪犯を次々捉えるほど腕っ節の強かった父は、病で弱っていたからか、家族を人質に取られてしまったのか、まともに抵抗も出来ずに殺されたようだった。幼い妹に至っては、その比ではなかっただろう。
ああ、きっと今日の悪夢は、一段と鮮明になっているのだろうな。
頭の片隅にぼんやりと浮かんだ思考を振り払い、政義は鹿の背中を追いかけた。
相似、即ち観相する似姿
▼お借りしたよその子
蒼夜さん:@s_tatumi
鹿さん:@kohaku1223