特異点の特異点


資料を渡されてよく考えてくださいね、なんて言われたって私には選択肢などないじゃないかとユメコは考えた。



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「お嬢さん、お嬢さん」

ユメコは肩をぽすぽすと叩かれてやっと顔をあげることが出来た。
視線の先にいたのは狐のような顔の男だった。

「僕は狐谷です」
「あ、…ワタシは、ユメコです」
「日本語、お上手ですね」
「No…いえ、少しだけ」
「でも、それだけできれば充分」
「ジュウブン…satisfied?」
「Yes…私も英語はダメでして。なので機会を使います」

狐谷はイヤホンのようなものとピンマイクを取り出してスーツに付けた。

『わかります?』
『え?!わ、わかります』

そして狐谷の説明が始まった。
ユメコが時間遡行軍というものに襲われたこと、それが偶然だったこと、そして、"不幸なことに"帰り道が無くなったこと。

『帰れない…ってどういうことですか』
『そのままの意味ですよ、あなたの時間の流れが亡くなっんです』
『亡くなったって…でもわたし、生きて』
『本来はあなたもいなくなるはずだった、時間遡行軍による歴史改変です』
『歴史改変…わたし、ただの異邦人で偉人でもなければこの国の人でもない!』
『まあ、巻き込まれた形になるんですかね、何分我々も全てが分かるわけじゃあない』
『そんな……父と母はどこにいるんですか?国に帰ります』
『ですからね、あなたは"今"、存在しないはずの人間なんですよ』

だから、父も母もいない。
そう言われた瞬間、ユメコは再び石階段に座り込んだ。
その膝の上に薄い端末が乗せられた。
ユメコの膝の上で狐谷は勝手に端末の操作を進めていった。

2205年のデータベースは告げる。
__________時の政府は過去へ干渉し歴史改変を目論む「歴史修正主義者」に対抗すべく、物に眠る想いや心を目覚めさせ力を引き出す能力を持つ「審神者」と刀剣より生み出された付喪神「刀剣男士」を各時代へと送り込み、戦いを繰り広げるていた。そして「刀剣男士」、「歴史修正主義者」の双方を良しとしない第三の勢力「検非違使」がさらに介入していた。_________



「それではわたしのいるこの今は一体なんなのかというのが、わたしの研究のテーマなんですけれどね。」

誰もいない中庭のガーデンチェアでユメコへ呟いた。
全てが適正環境に管理された中庭では大輪のイングリッシュローズが咲き誇っている。
読み慣れた2205年の記録。
特異点である自分の家系には過去に遡る術があった。

「審神者か。」

厳重に封印された離れの前にユメコは立った。
色褪せた朱塗りの鳥居は注連縄がかかり、人の侵入を拒んでいる。
大昔からある建築物で、ここだけ景観としても浮いていた。

それを気にせずにユメコは歩みを進める。
何重にも連なる鳥居を越えて奥へ奥へと進んでいけば、やっと小さな庵が見えてきた。
四畳半のそこにも幾重にも重なる封印がなされている。
部屋の中心に座して祈りを捧げる。
首から下げた真っ赤な石を指を絡めてくんだ掌の中に握りしめて。
あとはただ、祈るだけ。
詞は要らない。
力をゆっくりと解放していく。

四方に貼られた札がどこからとも無く動いた空気によってふわりと浮いた。
風が集まってくる。
空気が重くなる。
光がぱっと差し込んだ次の瞬間、ユメコの姿はどこにも無かった。









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「本当に来てくれたんですね。」
「ええ。」
「それでは本当に?」
「なりましょう、審神者に。」

孤谷はその細く鋭い瞳を薄く開いてユメコを見た。
意思の強いコバルトブルーの瞳とストロベリーブロンドの髪がゆったりと肩をつたい真っ白なワンピースの上に広がっている。
薄いデコルテはワンピースと変わらないほど白く艶やかで孤谷はそっと目をそらしてユメコを次の間に案内した。

「こちらの五振から一振お選びください。」
「初期刀ですね。」
「ええ。説明は必要ですかね?」
「いえ、もう決めてあります。」
「何故またそちらを?」
「文系だと伺いましたので。」
「ユメコ様の時代にはまだ文系理系の括りがございましたかな?」
「いえ、もうないです。ですが、その括りに当てはめますればわたしは理系ですので。」
「はて、ならばなぜ。」
「足りぬことを教えて頂ければと思いますれば。」

孤谷が胡散臭く微笑んだのを視界の端に捉えつつ、ユメコは受け取った刀を手に一歩前に足を進めた。
ゆっくりと瞼を閉じて呼びかける。

「僕は歌仙兼定。風流を愛する文系名刀さ。どうぞよろしく。」

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