| 「と、とととととっきー…えだ!や、やっほー!」 学校が終わりボーダー本部へと向かう道すがら、猫と戯れている時枝を見つけて声をかける。 高校は同じでもクラスは違うし、時枝は広報で忙しいので、こんな風にばったり出会うということは珍しい。 緊張のあまりとっきーとすら呼べないチキンな自分に心の中で溜息をついた。 だって緊張するじゃん。あだ名で呼ぶって、私にとってはなかなかハードルが高いことだ。 馴れ馴れしいなコイツ、なんて思われたら嫌だし。 「あれ、名字。久しぶり」 「う、うん!」 きゅん。時枝の眠たげな目がこっちを向くだけで、自分の胸がときめくのがわかった。 ああやばい、好きだ。 今日も安定のカッコ良さを醸し出す時枝に、私はもう1年以上前から片想いをしている。 たまたま防衛任務で一緒になった時に、ドジをやらかして危うくベイルアウトしそうになった私を颯爽と助けてくれたその姿に惚れたのだ。 あの時の時枝は、さながら王子様のようであった。 ネイバーの攻撃を防ぎきれず、もう無理だ、とギュッと目を瞑った瞬間、どこからか飛び出して来た時枝が、素早くシールドを展開してくれたのだ。 惚れなと言うほうが無理な話である。 以来、私はすっかりと時枝の虜になってしまった。 つい最近、奈良坂さんが好きだと言う友人と、時枝と奈良坂さんのどちらがきのこ王子の名に相応しいか、凄まじい口論を繰り広げた挙句、殴り合いにまで発展した。 遠巻きに眺めていたクラスメート達がドン引きするほどの醜い争いだったらしい。 時枝が違うクラスで良かったと心の底から思ったのは初めてだった。 結局、その時は奈良坂はたけのこ王子だということで和解したが、正直王子は二人もいらないと思う。 たけのこ奈良坂は王子の従者レベルで十分だ。 月とスッポンにも程がある。自重しろ、奈良坂。 まあ、たけのこのことなどどうでもいい。 問題は我が麗しの(以下略)時枝だ。 猫を撫でている時枝は、 いつもの無表情とは違ってどことなくほわほわとしていた。 か、可愛い。これが天使か。今すぐテイクアウトしたい。 しかし、残念なことにその麗しき天使(以下略)時枝の表情は、私に向けられているものではなかった。 時枝に撫でられ、にゃあ、と鳴きながら幸せそうに目を細める猫。 ちょっとそこ変わってよ。 私は、自分も猫になりたいなんてベタなことを考えていた。私も猫になって時枝にナデナデされたい!優しげな視線に惑わされたい! 好きな女の子が吹いているリコーダーになりたいと願う小学生男児レベルの思考回路である。 時枝にバレないよう、恨みがましい目で猫を軽く睨みつけると、憎き黒ブチは私を横目で見た後、ふん、と勝ち誇ったような笑みを浮かべた。 キィィィィィ!馬鹿にしやがって!あんたが時枝に可愛がられるのは猫だからだよ!人間だったら興味なさげに一瞥されるだけなんだから! 猫に対抗心を燃やすのもどうかと思うが、こいつは明らかに私を嘲笑っている。 ふざけるな。早く時枝の膝から下りろ。 相手が誰だと思ってんの?佐鳥じゃないんだよ、たけのこでもないんだよ。麗しき きのこ王子、時枝充様だよ!? 危うくトリガー起動してしまいそうになり、必死に怒りを沈める。猫相手に孤月を振ろうものなら、王子時枝が黙っちゃいない。嫌われるのだけは勘弁だ。 「と、とととととっきー…えだはさ、」 機械のようにぎこちなく話しかけながら、さりげなく時枝の隣に腰を下ろした。 「みみみみ、みかんも好きなんだよね?」 「よく知ってるね」 「あああ!たまたまね!たまたま見た番組かなんかで言ってたから!本当にたまたまなんだけどね!」 毎日あなたの広報の仕事を念入りにチェックしてます、だなんてストーカーじみた発言はどうにか抑えた。 相変わらず猫ばかり見ている時枝だけど、私の話は一応聞いてくれてはいるようだ。 横顔までが美しさに溢れている。 「名字は、何が好きなの?」 「ええっ!?」 つい条件反射で「時枝!」と答えてしまいそうになり、慌てて口を噤む。焦るな、まだ時ではないぞ。 「す、好きなもの?き、きききき、きのこかなぁ?」 目を白黒しながら言う私に、「珍しいね」と少し不思議そうな顔をする時枝。 珍しいというか、完全に時枝のことなんだけど。 「き、きのこって、あんまり目立つ食材でもないし、苦手な人も案外多いし、誰かの一番、って感じじゃないかもしれないけど!で、でも好きなの!」 「…そっか」 熱くきのこについて語る私に、時枝は驚いた顔をすることもなく呟いた。 それでも、その目はやっぱり私を見ない。 いい加減、こっち見てよ。猫に夢中なのはわかるけどさ。 にゃあ、と甘えたように喉をゴロゴロと鳴らす猫の声を尻目に、私は地面へと目線を落とした。 見られたら見られたで緊張するけど、視線が合わないのはやっぱり寂しいものがある。 時枝のバカヤロー。 まあ私が勝手に好きなだけなんだけど。 1人下を向いて落ち込んでいると、隣で時枝が動く気配があった。 何?猫でも逃げ出したのか。 疑問に思い、チラリと顔を上げると、目の前に時枝の顔がある。 「な、なななななな!?」 驚く私をよそに、時枝は ぽんぽん、とゆっくり私の頭を撫でた。 なに!?とすら言えない私の顔は、鏡を見なくてもわかるほど真っ赤に染まっていることだろう。 「物欲しそうにしてたから」 そう言って笑う時枝に、口をパクパクさせることしか出来なかった。 熱を持った顔が焼けるように熱い。 このまま溶けて死んじゃいそう。 それでも、まるでそれが必然であるかのように、私は重い口をこじ開けた。 「と、とっきー、あのね、」 膝から下ろされた黒ブチの猫は、小さくあくびをした後、ゆっくりと立ち去っていった。 title by たとえば僕が |