玄関からドタバタと騒がしい音が聞こえ、支部のソファーでくつろいでいた烏丸は少しだけ顔をしかめた。
キッチンで料理をしていたレイジが「来たか」と呟き烏丸の気持ちを代弁する。それはどことなく烏丸を哀れむような口調だった。

「とりまるとりまるー!」
「名前先輩、もう少し静かにしてください」

わざとらしく耳を塞ぎうるさい、とアピールすれば、鳥丸の名前を大声で叫びながらやって来た名前は、心外だと言わんばかりに不満気な顔をする。

「せっかく会いに来てやったのに、失礼だなお前」
「頼んでないんで」
「可愛くない!」

烏丸からすれば、別にあんたに可愛く思われなくていい、と言い返したいところだが、そんなことを言えば名前の機嫌が悪くなることは目に見えているため、黙って受け流すことに決めた。名前の機嫌が悪くなろうが良くなろうが、結局のところ被害を被るのは鳥丸だけなので正しい判断だろう。

どういうわけか、鳥丸は特に接点もないはずの名前に、異常なほど可愛がられていた。いや、可愛がられている、というよりも懐かれている、と言ったほうが正しいかもしれない。1つ年上の先輩にその表現はどうなのかと言いたくもなるが、鳥丸と接する時の名前の様子は、傍から見ると飼い主の帰りを待ちわびた仔犬がはち切れんばかりに尻尾を振ってじゃれているようにしか見えないのだ。

「それで、何の用すか」
「特に用はない」
「なら帰ってください」
「え、嫌だけど」

名前は鳥丸の頼みを一蹴し「寄って寄って」と告げると、まるでそこが定位置だとでも言うように、烏丸の隣にストンと腰を下ろした。
お互いの肩がぶつかり、名前からふわっと甘い香りが漂う。何ていうか、近い。座っているソファーは2人がけのもので狭くも何ともないはずなのに、なぜか距離が気になって仕方がなかった。
鳥丸が無表情の下でそんな心情を抱えていることも知らず、名前は呑気に話し始める。

「あれ、そういえば他の人たちは?」
「雷神丸の散歩に行ってます」

先ほどまでいたレイジはいつの間にかいなくなっていた。キッチンからは美味しそうな匂いがする。陽太郎たちももうすぐ帰って来るだろうか。

「へえ」

名前は、鳥丸の答えにいくらか安心した顔をみせた。やはり近い。しかし、ここで引くのはなんだかもったいない気がして、鳥丸はその距離を保ったまま口を開いた。

「先輩、よくアポなしで来れますよね」
「え。いやあ、それは…」

何かやましいことでもあるのか、名前は鳥丸の言葉にサッと目を逸らすと、ゴニョゴニョと言葉を濁した。

こう見えて、実は名前は人見知りが激しいのだ。
烏丸がいれば玉狛の人間とも話せるが、慣れていない相手とは1対1で話せない。
出水が「名前が京介以外の奴と2人っきりで話してんの見たことない」と言うほど、それは顕著なのである。

当たり前のことだが、鳥丸がいつも玉狛にいるとは限らない。それは名前もわかっているはずだ。だが、これまで今から行く、と名前が連絡してきたことはないし、鳥丸も自分が玉狛にいることをわざわざ連絡したことはない。それなのに、名前は毎度毎度まるで鳥丸がいることを見越しているかのように堂々と遊びに来るのである。
アポなしなのだからすれ違いがあってもおかしくないはずなのに、そういった話はまだ聞いたことがなかった。

「じ、実は、アポなしというか何と言うか…だって最近、とりまるが本部に来ないから!」
「まあ、確かにそうすね」

玉狛に所属しているため、用がなければ本部には行かない。当たり前と言えば当たり前のことである。それがどうかしたのか。
続きを促すと、名前は非常に言いずらそうな顔をしながら使うんだ話し始めた。

「…迅さんに聞いたら、『じゃあ俺が京介の情報教えてやるよ』って言われて」
「はあ」
「それで、迅さんが本部に来たときに、とりまるがどこにいるとかわざわざ教えてくれるようになって!」
「えっ」
「えっ」
「…それ、迅さんと話してるってことですか?」
「う、うん」
「…2人っきりで?」
「え!?ち、ちがっ!別に、ストーカーみたいに迅さんに鳥丸の様子を聞いてるわけじゃないから!」

何を勘違いしたのか慌てて否定する名前は、もはやパニック状態で、烏丸の言葉すら耳に入らないようである。
鳥丸は鳥丸で、初めて知った事実に驚きが隠せず、名前の返答を気にしている余裕すらなかった。
ついこの間までは、迅と会っても居心地が悪そうに縮こまって会話もほとんどしていなかったというのに。もう1対1で話せるようになるまで迅に慣れたのか。

何だろう、この噛みグセのある犬を自分だけが懐柔できると思っていたら、ふと目を離すと他の人間にも尻尾を振っていた、というような焦燥感は。

なるほど、最近 迅が鳥丸を見て異常なほどニヤニヤしていたのも納得である。

「はあ…」
「ご、ごめん!」

名前は鳥丸のため息を聞き涙目で謝る。無表情が崩れているのを鳥丸が怒っているからだと捉えたのか、視線はオロオロと落ち着きなく彷徨っていた。

「別に怒ってはないです」
「え、だって表情が」

名前が言い終わる前に、鳥丸はちょうど名前の顔の真横の、ソファーの背もたれに手をついた。ミシッと鈍い音を立て、ソファーが揺れる。それまでの距離が比ではないほど2人の距離が縮まり、名前は顔を真っ赤にして固まった。

「でも、迅さんと仲良くするのは気に食わないのでやめてくださいね」
「えっ」
「これからは、俺が連絡するので」
「う、うん…」

戸惑いながらも小さく頷く名前を見て、鳥丸は満足気に微笑んだ。

陽太郎たちが帰って来るまで、あと何分残されているだろか。
今はただ、この時間が終わってしまうことが惜しい。