世の中には摩訶不思議なことばかり起こるものだ。そう、それは決して人間には理解できない領域であり、神でもなければ聖人でもない、ただその辺の道端に転がっている石ころ並の存在価値しかない私に、わかるはずもなかった。
というか考えたくもない。昼時を過ぎてすっからかんになっている食堂で、空いている席なんてそこら中にあるのに、小型かつ高性能な男がわざわざ私の目の前に座り、まさかの相席をしてくる意味なんて。

私は、目の前でもぐもぐと美味しそうにカツカレーを平らげる風間さんを虚ろな瞳で見ていた。

どうしてこうなった。


ほんの数分前までは、一人で楽しくランチをしていたはずだったのに。あれ?風間さんってこんなに空気が読めない人だっけ。いやいや、変人ぞろいのボーダー(特にA級)の中で、まともな部類に入っていたはずだ。少なくとも今までは。
あまりに美味しそうなカツカレーに目が眩んだのかと思ったが、さすがにそれはないだろう。私にはさっぱりわけがわからない。


私のティータイムを返せ!安寧を返せ!そう言いたいのは山々だったが、相手が相手なので口に出すことははばかられた。迅だったら容赦なく言えるのだが。

うわ、早くどっか行ってくれないかな、本気で関わりたくない。だいたいチビのクセにイケメンだなんておかしいでしょ。どう考えても無駄なスペックじゃん、なんて悶々と考えている私をよそに風間さんは一心不乱にカレーを咀嚼し続けていた。

もうこれ帰っていいかな。そもそも私がいる必要性を感じない。
もしかしたら、私の存在感が薄すぎて風間さんが気づいていないだけかもしれないし。
そう思うことにして、ゆっくりと椅子を引き、ソロリソロリと忍びのような足取りで撤退しようとした時だった。

「おい」

ビクッ。いつの間にか食べ終わっていたらしい風間さんは、逃げる私を見て般若のような顔で言った。

「どこへ行く」

お前がいないどこかへだよ、なんて言えるほどメンタルは強くない。元から威圧感ばりばりの小型かつ高性能に勝てるはずもなかったのだ。


仕方なく明後日の方向を見て「アハハハハ〜」と笑いながらもう一度席に着いた。
ああ、今すぐベイルアウトしたい。重大な時に限ってベイルアウトが出来ないなんて、全くボーダーはどうなっているのか。鬼怒田さん辺りに文句を言わなくては。
ちなみに私はお偉いさんの内、鬼怒田さんと根付さんには普通に接することができる。理由は言わずもがな。


「あのー、それで何のご用ですか?」


なるべく目を合わさないよう努力しながら、風間さんに問いかける。たとえチビでもイケメンだ、関わればロクなことがない。油断大敵。


しかし、次に風間さんが放った言葉があまりにも衝撃的すぎて、 数秒前に考えていたことさえ忘れて小型かつ高性能をガン見してしまった。


「ボーダー内で、お前に対して苦情が出ている」
「は!?」


苦情!?まさかのクレーム?え、いつからボーダーはそんなにギスギスした雰囲気になったの、仲間なんだらもっと穏便に行こうよ。仲良くしようよ。

狼狽える私は逃げ出すことも忘れて、どういうことかと風間さんの話に聞き入った。


「まずは玉狛支部所属の19歳男性から。『話しかけても話しかけても名前さんにガン無視されて実力派エリートとしては非常につらい。俺のサイドエフェクトを持ってしても名前さんと仲良くなる未来が見えないのでどうにかして欲しい』ということだ」
「……………」


「次にアタッカーランク1位の20歳男性から。『俺は何もした覚えがないのにまるで親の敵みたいな目で日々睨みつけられる。この間は話しかけただけでファイティングポーズをとられ変質者扱いをされた。悲しくて餅も喉を通らなかった』」
「……………」


「次はA級6位の隊の13歳女子から。『イケメンが嫌いなのは仕方ないとは思いますが、普段金魚のフンのように背中に引っ付いてきて正直迷惑です。たまには自分でどうにかしてください』そして次は、」
「もういいわ!」


我慢しきれず、真顔でボケをかましまくる風間さんに勢い良くツッコミを入れる。ありえない。こんな酷いボケ聞いたことない。風間さん自身はボケとすら思っていないのかもしれないが、これはあんまりだ。
私のガラスのハートがバキバキに砕け散った音がした。何、この仕打ち。今にも涙が出そう。


「つまりあれですよね、みんなして私を馬鹿にして遊んでるってことですよね」


双葉ちゃんについては許す。すごく毒舌で傷ついたけれど、迷惑をかけてるのは事実だから仕方がない。
問題は迅と太刀川だ。どう考えてもふざけ過ぎだろ。餅も喉を通らなかったってなんだ。未来が見えないからどうにかして欲しい?こっちこそどうにかして欲しいわ。ちょっとチートな力持ってるからって調子乗ってんじゃねえぞ。
私の怒りはマックスである。


「似たような苦情があと10件あるぞ」
「嘘でしょ!?」


嫌だ、もう誰も信じられない。そもそも、それって本当に苦情って言えるの?ただの嫌がらせじゃない?


「迅とか太刀川が勝手にふざけたこと抜かしてるだけで、特に問題はないと思うんですけど」
「いや、迅と太刀川が言うことは最もだ」


私が自分の無実を主張するにも拘わらず、風間さんは非情な言葉をぶつける。


「お前とは連携が取りづらい」
「ぐっっ」
「無理に仲良くしろとは言わないが、限度というものがあるだろう。任務に支障がない程度には関わっていくべきじゃないのか」


(背が低いくせに)無駄にいい声で諭され、正直腹が立った。
確かに風間さんの言う通りではあるけれど。返す言葉もございません。


結局、私は泣く泣く少しずつでも奴らと話すことを約束するハメとなってしまった。
もう嫌だ、ボーダー辞めたい。でも、ここは耐えなければ。
オンとオフを切り替えることができる女と変幻する時が来たのだ。


大人な一面を見たせいか、私の風間さんに対する苦手意識はだいぶなくなっていた。
もちろん、イケメンであることを忘れたわけではない。そこは大いに警戒していく所存である。


「どうして風間さんがこんなこと言い出したんですか?」


ずっと疑問に思っていたことを聞いてみる。どう考えてもこういうことをするのは風間さんのキャラに反すると思うのだ。
私にとっては、普段クールを気取ってる男が仲間の試合中に突然『頑張れ!諦めるな!お前ならいける!立て!立つんだ!』と叫び出すぐらい予期せぬことである。


しかし、風間さんの返答はいたってシンプルなものだった。

「諏訪に頼まれた」

「あのクソ立方体が!」


この後、ブチギレた私が凄まじい勢いでタバコ野郎の元へ行き、呪いの言葉をかけながら首チョンパしまくったのは言うまでもない。



訓練室では、堤の『伝達系切断 諏訪アウト』という声が永遠に響いていた。