目の前に悪魔が降臨した。

「うげ、クソ迅」
「ちょっと、イソジンみたいなイントネーションで言うのやめてくれるかな」

やっほー、名前さん。と言ってニヤニヤと(周りから見れば爽やかなのかもしれないが私からすれば嫌らしさしか感じられない)笑みを称える迅は、"死にたくなるほど近寄りたくないボーダー隊員ランキング"で毎日不動の1位に輝いていると、 私の中でもっぱら噂になっている。

最近は風間さんのお陰で(嫌味)ボーダーのイケメン達と楽しくお話する機会が増えたのだが、その中でも迅は予想以上にしつこく絡んできて、非常にいい迷惑だ。そもそも、こいつは遠慮というものを知らない。私がどれだけ嫌そうな顔をしても楽しそうに笑うだけ。たぶん空気も読めないんだと思う。未来なんか読む暇があったら空気を読め。

「何か用事なら完結に、3文字以内にまとめて半径5メートル以上離れてから言え。聞かないと今すぐ死に至るほど大事な話なら聞かないこともないから」
「それほとんど聞く気ないよね」
「はい13文字ー。10文字オーバー。聞こえませーん」
「小学生かよ」

そっぽを向いて耳を塞ぐとあまりにも失礼なことを言われてしまった。反論したい気持ちを抑えて無視することに徹する。ここで乗ったら奴の思う壺だ。私は貝、私は貝。冷静になれ。

「いや〜、最近は名前さんが仲良くしてくれるから嬉しいな」
「…………」
「米屋とか出水にもよく絡まれてるんでしょ?太刀川さんとか当真も仲良くしたいって言ってたし」
「…………」
「そう言えば嵐山も今度話しかけてみようって言ってたから相手してあげてよ」
「…………」
「実はレイジさんに名前さんのこと話したら同じ大学なのに一度も喋ったことないって嘆いてたなー。今度玉狛来る?」
「行くか!」

どうやら私は、貝は貝でも加熱されて容易く口を開くあさりのようである。嫌がらせに堪えきれずやすやすと叫んでしまった。そして、それを火切りに次から次へと言葉が溢れてくる。

「出水と米屋は確かにウザいほど絡んでくるけど、どこぞのエリート様よりはマシだから。当真と太刀川には死んでも近づきたくない。嵐山は嫌味が通じなさそうだから無理。筋肉についてはノーコメントで」

米屋達には比較的(シスコン部分を除いて)常識人である三輪がいるから実際のところあまり問題はない。彼らは意外と空気も読めるタイプだ。そもそも、戦闘バカだから私と話すよりも模擬戦をした方が楽しいのだろう。

当真と太刀川は本気でご遠慮いただきたい。アタッカー1位、スナイパー1位という肩書きにプラスして、ボーダー内 女にだらしがなさそうランキングでツートップの2人だ。仲良くするなんてもってのほかである。嵐山は、まあ…色々と察してほしい。

私は平和に生きたいのだ。仲良くする人は諏訪さんだけで十分である。ちなみに、キレた立方体に隊室から追い出された私は、あの後ドアにへばりついたままツラツラと恨み言を呟き続けていた。2時間ほど経つと諏訪さんは耐えきれなくなったのか扉を開けた。ようやく許してくれたのかと思ったけど思いっきり頭を叩かれてまた締め出された。「諏訪さんって、ちょっと…あれですよね、言葉選びが…センスの問題というか、Mr.黒トリガーって…ぶふっっ」と言っただけで怒る諏訪さんは絶対にカルシウム不足だと思う。

仕方がないので牛乳パックをそっと扉の前に置いて退散した。後から聞いた話では、あの牛乳は風間さんがおいしくいただいたらしい。別に風間さんを餌付けするつもりは全くなかったんだけど。

これ以上関わるのも嫌だったので「それじゃ!」と片手をあげて去ろうとしたが、持ち前のサイドエフェクトで普通に阻止される。もう嫌だこのチート野郎。

「いやいや、どこ行くの」
「ちょ、離して!ぶっ飛ばすぞセクハラエリート。そんなだから女の子に好かれないんだよ。もっと真面目に生きろ。どうせその他大勢には好かれるけど本当に好きな子には眼中にも入れてもらえないタイプでしょ、あんた」
「ねえ、腕掴んだだけで酷くない?びっくりなんだけど」

「いったい俺どんな風に思われてんの」と地味に落ち込んでいる迅の隙を突いて腕を掴んでいる指を引きはがす。こいつ、セクハラ大魔王のクセに意外とメンタル弱いな。ぶっちゃけ、いつか女の子孕ませそうだと思っているがさすがに可哀想なので言わないでおいた。

ただ、私がこんなに極限状態に陥っているのには深いわけがあるのだ。それは思い出したくもない、今から2日前のことだ。

弾バカと槍バカコンビに絡まれていた私は、いつも通り軽く流し相手にしていなかったのだが、向こうも慣れているからか特に気に止めることなくペラペラと喋り続けていた。確か、米屋がついにクラスの可愛い女の子に振られた、みたいな話だったと思う。
正直興味なかったし、ケラケラと笑う出水(米屋瀕死)がうるさかったので無視して隊室に篭ろうとした時に事件は起こった。

ポコ、とポケットの中に入っているスマホから間抜けな音が聞こえた。見ると、LINEの新着メッセージの通知が来ている。恐る恐るアプリを開くと、風間さんからで、みんなと仲良くしろよ的な意図が含まれたメッセージが送られていた。

びっくりした。もう一度言う、びっくりした。あんたは幼稚園の先生か。まず初めに思ったことはそんなことである。仲良くしろ、だと。無理無理無理。確かに約束したけども。まさか、あれから一向に隊員とコミュニケーションを取る気のない私をこの人は知っているのか。なぜだ。風間さんストーカー説が急速に浮上してくる。慌てて辺りを見回すが、周囲にそれらしき人物はいなかった。もしかしたら小さいから見えなかったのかもしれない。

挙動不審にキョロキョロする私を米屋と出水が変な目で見ていたけどそんなことはどうでもよかった。
とりあえず、"何で私のLINE知ってるんですか"と当たり障りのない返事を送ってみる。誰だ、教えやがったのは。

自慢じゃないが私のLINE友達は両親と隊のみんなと大学の友達2、3人しかいないのに。諏訪さんには牛乳事件の後少しイラッとしたので牛のスタンプを連打していたらブロックされた。未だに解除はしてもらえない。これだからニコチンは困る。

しばらくすると、"加古に聞いた"という至ってシンプルな回答が返ってきた。その言葉に、私は文句の一つや二つ言ってやろうと開きかけていた口をすぐさま閉じた。
私も20歳、望ちゃんも20歳。私は平隊員、望ちゃんは隊長。私は望ちゃんをちゃん付けで呼んでいる、望ちゃんは私のことを名前と呼び捨てで呼んでいる。そして加古スペシャル(別名堤殺しチャーハン)餌食になっているのは実は堤より多いこの私。この4つの要点を押さえて私と望ちゃんどちらが上か判断してほしい。
私が望ちゃんに文句など言えるはずがなかった。

「名前さーん?」
「スマホ ミシミシいってっけど、大丈夫なの?」
「大丈夫なわけないだろ。いい加減にしてよ出水、画面割れたらどうしてくれんだ、弁償しろよA級なんだから金はがっぽがっぽ稼いでるだろうし」
「え、何これ俺が悪いの?」

俺なんもしてねーんだけど、てか名前さんもA級じゃん、と顔を引き攣らせる弾バカを無視し槍バカに視線を移す。望ちゃんに怒りをぶつけられない私は、申し訳なさで良心が押しつぶされてしまいそうになるが、振られたばかりで傷心なうの米屋の傷口にここぞとばかりに塩を塗ることにした。

「米屋ってあれだよね、クラスで一番固い女の子を誰が最初に落とせるか他のクソ男どもと競争してそう。だから女子からの評判よくないんだよ、振られるのも当たり前だわ」
「いやそんなことしてねーけど!?」

何この会話のドッヂボール、と涙目になる米屋を黙って見つめる。どうですか、風間さん。これが私の中でいう仲良くする、ということなんですけど。あれ、ちょっと2人との間に距離ができた気がしないでもないな。
いや、私的には万々歳なんだけど、さすがにちょっと酷くないか、これ。

しかし、風間さん的には許容範囲、むしろ予想以上の高得点だったようで、2バカコンビと別れてすぐ、風間さんとすれ違った時に(偶然の遭遇であったと信じてる)"その調子でいけ"と満足気に告げられた。たぶんあの人菊地原という毒舌キャラが近くにいるせいで色々感覚がズレてるんだと思う。なぜ私と米屋達の会話内容を知っているのかは恐ろしいので聞かないでおいた。世の中知らない方がいいことだってたくさんあるさ。

というわけで、私は風間さんの監視の元、基地で話しかけてくる輩と無意味な会話を続けるという苦行を強いられているのである。それも今日で3日目。死にそう。


「だからさ、私は疲れてるんだよ」
「いや、全然伝わんないんだけど」
「察しろ。そのためのサイドエフェクトだろうが」
「無理言うな」

真顔で言えば強ばった顔で返された。迅が心を読めるサイドエフェクトとか持ってたらよかったのに。私はこれ以上喋りたくない。

「もうボーダーやめたい…」
「これからいいことあるって」
「あるわけないだろうがふざけるないい加減な慰めするくらいなら誰がいつどこで話しかけてくるのか私に教えろその時間帯は作戦室から一歩たりとも出歩かないから」
「俺にマジギレしないで」
「私のためだけにサイドエフェクト使ってよ頼むからお願いだから」
「うわあ、真顔で言い切ったよ、この人」

呆れ顔を通り越してドン引きの迅は私を見ながらジリジリと後ずさりを始める。なんかむしゃくしゃしたので、しばらくの間必死に逃げる実力派エリートとの鬼ごっこを楽しんだ。

別にわざわざイケメンを避けなくても、自分から近づいていけばドン引きされて向こうから去ってくれる可能性が高いことに初めて気がついた。

人生は意外と単純だったらしい。