「うわ、何あの鳥の群れ。目立ちたがりか。構ってちゃんか」
「名前さん!今そんなこと言ってる場合じゃねえから!」
「魚もいる!……夕飯はさんまの塩焼きにしようかな」
「言ってる場合か!」

飛んできた鳥を相殺しながら叫ぶ出水からは、普段の余裕が微塵も感じられなかった。それはそうだろう。突然現れた人型ネイバーは、当たればキューブ化される生き物の形の弾を自由自在に操り攻撃してくるのだ。キチガイもいいところである。

別にあれ生き物の形にする必要ないんじゃないの?普通に諏訪さん型にしとけばいいのに意味がわからない。動物好きアピールか。ギャップ萌えでも狙ってるつもりか。その程度で好きな子の気を引こうなんざ100万年早いわ。

内心ドン引きしながら、出水だけに任せるのはさすがにまずいと思ったので自分もハウンドで加勢する。

弾が直撃した鳥はキューブに変わりパラパラと地面に落ちた。このままスタミナ勝負だとトリオン切れになりそう。私は出水ほどトリオン量が多いわけではないので油断は禁物である。

緑川もベイルアウトしてしまったのでこれはなかなかやばい状況なのではないか。

焦る私をよそに、ネイバーは必死に応戦する私たちを見ながら少しだけ口角を上げた。

「二人ともいい腕だ」
「あ、ありがとうございます」

まさか敵に褒められてしまうとは。余裕なんてあったもんじゃないが純粋に嬉しかったので素直にお礼を言う。変態なんて思ってごめんなさい。いや、この人いい人だわ。

しばらく感動に浸った後、ふと横を見れば、出水が地面に崩れ落ちていた。

「あれ、出水なんで跪いてるの?」

まさかこいつ、ネイバーに褒められてひれ伏すほど嬉しかったのか。そんなにか。膝ついて泣く出水はあまりにも憐れで見ていられない。そっと視線を外し、「あの、ここじゃちょっとあれなんで、向こうでやりませんか?」と人型に提案する。出水だって、敵に涙を見せるのは本望ではないだろう。

そう気を利かしたはずなのに、なぜか「ちげーよ!足!」とキレられてしまった。解せぬ。出水君よ、元からつり目なのにさらにつり上がって般若みたいな顔になってるぞ。
前から敬語らしい敬語なんて使ってなかったけど、近頃は私に対して遠慮が無さすぎるのではなかろうか。最近の若者はキレやすくて怖いということをしみじみと感じる今日この頃である。

「あれ出水、足どうしたの」

眉を顰め言われた通り目線を下げると、確かに出水の足はなくなっていた。だから立てなかったのか。全く気がつかなかった。いつの間にやられたのだろう。私は無事だから出水も大丈夫だと思ってたんだけど。

「さっき、『ひよこ一匹通すかよ!』ってドヤ顔でのたまってなかったっけ」
「うわあ。お願いだから名前さんマジでやめて、死にたくなるから」

ひよこどころかトカゲにやられてメンタルがズタボロの出水だが、そんなことを気にしている暇などなかった。私一人でこのネイバーに太刀打ち出来るとは到底思えない。お前がやらないで誰がやる。頑張れ!立て!立つんだ出水!

「あ、そうだ。スコーピオン生やせば?」
「無茶言うな!」
「どこからでも出し入れ可能なところがスコーピオンの利点なんだから」
「シューターなのに持ってるわけないだろ!」
「逆ギレは良くないよ」
「普通にキレてんだよ!」

うわ、マジギレかよ。ちょっと場の空気を和ませようとお茶目な冗談を言っただけでこの仕打ち。冗談言うのも命懸けの職場なんて嫌だわ。これだからイケメンは。ちょっと怒っても顔がいいと許されるとでも思っているのだろうか。

二人で言い合っている間にも、ネイバーは黙々と攻撃を続ける。今度はハチか。よくよく見れば、敵もなかなかのイケメンだった。最悪だ。舌打ちをしながらハウンドで打ち落とす。

「ちょっと名前さん!?自分のとこだけじゃなくて俺の方に来たやつも撃って!」
「あ、ごめん。つい」
「ついじゃねえ!」

私を避けて出水へと向かっていったハチの形をした弾で、出水の片手はふにゃふにゃと残念なことになってしまった。これは私が悪いのだろうか。いやいや、何事も人に頼るのはよくないことだ。かたやA級1位の太刀川隊で、かたやA級6位の加古隊だ。別に6位だからって卑下しているつもりはないけれど、そこは自分の力でどうにかしてほしいものだ。まあ、片手がなくなってももう片方あるし大丈夫だろう。

そんなことより、私には非常に気になることがあった。

「ね、ねえ出水」
「…何ですか」
「あの弾ってさ、他の動物の形もできると思う?」
「はあ?そりゃ、出来るんじゃないですか」

突然何を言い出すんだ、という訝しげな目を向けられたが、それには反応せずに続ける。

「ちょっと頼んでみて欲しいんだけど」
「は?」
「あのネイバーに、次はゴリラでお願いしますって」
「……………」
「ちょっと、出水聞いてる?」
「…一応聞いときますけど、何でゴリラなんですか?」
「え、好きだから」
「………………」
「おいコラ、何だその顔は。お前今、全国のゴリラ好きを敵に回したからね!」

敵の存在も忘れ、一瞬残念なものでも見るかのような目をしてすぐさま顔をそらした出水に掴みかかる。どうやらこいつはゴリラちゃんの魅力を知らないらしい。なんて奴だ、今までどうやって生きてきたのか甚だ疑問である。

想像してほしい。大勢の可愛らしいフォルムをしたゴリラが、このわくわくドキドキ動物園経営者を守るように周りを取り囲んでいる様子を。そしてこっちに突進してくるのだ。可愛いにもほどがある。

「…いや、わかんねえ」

まるで難解な数学の問題にぶち当たったかのように呟く出水の目には、疲労の色が宿っていた。

「出水!ほら!」
「言うか!てか頼むからそろそろ集中して名前さん!」
「もうこれ以上ないってくらい集中してるけど」

ゴリラを出してくださいという意味を込めた眼差しをこれでもかというぐらいネイバーに向けるが、どうやら効果はいまひとつのようでまたまた魚やらハチが飛んでくる。

「名前さん!」
「い、出水!私のことはいいから、は、早く頼んで…!」
「あんたはいい加減ゴリラから離れろ!」

落としきれなかった弾が体に触れ、ぐにゃり、と視界が歪みかける。しかし、ゴリラに会えない以上やすやすとベイルアウトするわけにはいかなかった。「いや、早くベイルアウトしろよ!」という出水のツッコミは聞こえなかったことにする。

「出水!」
「ぜってー嫌だ!」
「一生のお願い!」

途切れる意識の中必死に頼み込むと、ようやく私の本気が伝わったのか、大きく息を吐いた後、出水は怒鳴るように叫んだ。


「あ〜〜〜!次はゴリラでお願いします!」


「ベイルアウト!」

ばっ、と出水が勢いよく頭を下げたと同時に緊急脱出する。いやはや、確かにゴリラは魅力的だけど、やっぱり安全が第一だしね。ゴリラが見たいなら動物園に行けばいいだけの話だ。今度双葉ちゃんと行こ。


1人置いていかれた出水が、ネイバーとの気まずい空間で「ふざけんなぁぁぁ!」という悲鳴にも近い怒号を響かせたのが耳に届いた。