「おーい、お姉さん大丈夫か?」
「あ…はい、だいじょうゴホッゴホッ」

日本人はなぜ大丈夫ではない時でも大丈夫と答えてしまうのか。
それはどう見ても大丈夫じゃないのに相手が大丈夫かと聞いてくるからだ、と典型的な日本人である私は虫の息で主張したい。

咳き込む私をよそに、目の前のリーゼントはどこ吹く風で笑っていた。やばいって。死ぬって。

なぜまた死にかけているのかというと、あの1件以来2週間程度引きこもっていた私だったが、ついに家族総出で説教をされ、働かなくてもいいからとりあえず外に出てくれと母親に泣かれてしまったのでスーパーに買い出しに行った折、またもやネイバーに襲われたからである。

買ったばかりの食材はネイバーから逃げる時に投げつけたのでボロボロになってしまった。
これはまずい。はじめてのお使いでも、こんな放送禁止になりそうなお使いする子供はいないよ。

私はこの程度のことも満足にできないのか。

「あれ、もしかしてあんたってこの前迅さんが言ってた人?」
「迅さん?」

落ち込む私を見て、リーゼントが何か言った。迅さん?迅さんとは誰ぞ。

「お姉さん、ニートなんだってな」
「ぶはっ」

まさかの断言に開いた口が塞がらない。
いやいやいや。今まで、ニートなの?って聞かれたことはあるよ。近所の子どもとかにね。

親に家を追い出され、公園のブランコで一人寂しく黄昏ていたら、「お姉ちゃんニートなんでしょ?みんな言ってたよ!」と とびきりの笑顔で言われた時の私の気持ちよ。

その後その子の母親が、「こら!そんなこと言っちゃダメでしょ!」と焦りを隠しきれない顔で注意していたのがとても心に残っている。

それでも、このくらいの歳の人に言われたことはなかった。わーい。初めての経験にカンパーイ。
それでも最後まで足掻き続ける者こそが真のヒキニートである。

「ニートじゃなくて、えーっと…そ、そう!専業主婦なんです!」

悔しかったのでドヤ顔で言い切った。別におかしいことはないだろう。この年齢なら結婚してる人だっているし。

「へー」
「本当です!」
「そりゃあよかった」

信じてないな、こいつ。まあ嘘だけど。
それにしても、前回同様ネイバーに追いかけられ、また助けてもらった私だったが、今回のリーゼントはあの未来がなんちゃら君よりまともそうで安心した。
髪型はまったく普通じゃないので内心ビクビクしていたが。


「お姉さん、名前は?」
「名乗るほどの者ではないので!」
「それどっちかというと俺の台詞じゃね?」

最近の若者の間では名を名乗ることでも流行っているのだろうか。
もうすぐ四捨五入で30になってしまう私にはわからない感覚だ。

当真勇と名乗ったリーゼントは、どうやらボーダーのようである。
まあボーダーじゃないとネイバーなんて倒せないだろうし。
いきなり銃持ったリーゼントが現れたから本気でビビったんだけど。

まあ、この前の奴みたいに失礼ではないしいい人そうだから良かった。


「最近この辺ネイバー多いから気をつけろよ?おねーさん可愛いし、いや。そうでもないな」

前言撤回。こいつ最低だ。あのグラサンと変わらない。
だからわざわざ言う必要ないじゃん。いちいち可愛いって言った後に否定しなくていいから。
そうでもないとかいうなら最初から可愛いなんて言うな。
そもそも、ネイバーに襲われるのに可愛さとか関係ないだろ。

「安心しろって。ブスでもねえだろ」

黙り込んだ私が怒ったとでも思ったのか、フォローにならないフォローをするリーゼント。
まんじりとも安心出来ない。またもや私の心は抉られた。

私が何したっていうの。ニートか、ニートだからいけないのか。
とりあえず帰って傷を癒すために漫画でも読もう。
ボロボロになった食料品をかき集め手で抱える。
ビニールは破れてしまったので使い物にならないのだ。


「助けてくれてありがとうございました。では、これで」
「またなー。太郎さん」
「ふざけんなぁぁぁ!」


お礼を言い立ち去ろうとすると、ニヤニヤと笑いながら信じられない名前で呼ばれ、私は発狂した。
誰だ、私のことを太郎だなんて教えたのは。
あいつだ。この前のあいつしかいない。もしかして、私が中二病乙〜みたいな眼差しで見ていた仕返しか。

「あの、太郎じゃないんで」
「迅さんが言ってたんだよ」
「迅さんって、まさか『俺には未来が見えるんだぜ』的なことを言ってる人?」
「そうそう。この前会ったんだろ?」

迅さんってやっぱりあいつか!許せない。私はあいつを許さない。
でももう関わりたくもない。よし、今度は1ヶ月ぐらい引きこもろう。

そう決意し歩き出すと、コロコロと抱えていた人参が転がり落ちた。流石に手で持って帰るのはキツイか。

「手伝ってやろうか?」
「いえいえ、お気づかいなく。結構です」

年下のくせになんでこいつは上から目線なんだ。
普段はそんなこと気にならない私だが、どうやら相当気がたっているようだ。


「一人で帰るのはあぶねーって」
「いや今お昼だし」

危ないも何もあるか。強いていうならお前の存在の方が危ないわ。

「あんた可愛く、はないけど普通の顔なんだから気をつけろって」
「ねえケンカ売ってんの?」

普通の顔で何を気をつけろってんだよ!もういいよ。
私のことはほっといてください。
そもそも、こんな奴に家の場所知られるとか恐ろしいし。


しかし、私の断りを無視したままリーゼントは落ちた人参を拾い上げる。

「何だよ。もしかして他の男といると旦那がキレるとか?」
「ごめんなさい専業主婦なんて嘘ですニートですから許してください」


言い返す気力もなかった私は、結局断りきれずリーゼントにお世話になってしまった。

家に帰りボロボロの人参をドヤ顔で差し出すと、「あんたはいつになったらちゃんとするの…!」と母親に号泣され、父親は何も言わず咳払いをして逆さまになった新聞に目を通し、妹には「お姉ちゃんよく帰ってこれたね!」と笑顔で嫌味を言われ、弟には「俺姉貴に似なくて良かった」と真顔で呟かれ、心が折れた。
とりあえず弟よ、似なくて良かったってのは性格の話だよね。顔の話じゃないよね?
俺地味顔じゃなくて良かった、って意味だったら姉ちゃん泣くぞ。


リーゼントと一緒にいるほうがマシだと感じるほどだった。
バイトでも探さないとそのうち勘当されるかもしれない。

取り敢えず1ヶ月後から頑張ろう。