| 「お姉さん大丈夫?」 「ノ、ノープロブレム!」 何回大丈夫と聞かれれば気が済むのだろうか、私はゼエゼエと息が整わないまま答えた。 どいつもこいつも大丈夫?っていちいち聞いてくるんじゃないよ。大丈夫だったら、こんな風に燃え尽きた感じで膝折り曲げてないから。 酸素、酸素が恋しい。 24歳ニートにとって、全力疾走は苦痛以外の何物でもなかった。幼い頃、友達とキャッキャうふふしながら鬼ごっこをしていた私は何処に。 呼吸は荒いし、膝はガクガクしてるし、使い古したへニョへニョのサンダルで走ったから足まで痛い。 明日は筋肉痛で更に追い討ちをかけられることとなろう。何だろう、ネイバーに襲われると身体的にも辛いが精神的ダメージもひどい。 悲しすぎて血の涙が出そうだ。 考えたくないけど、もうすぐ三十路だよ?まだ6年ある、なんて思っても年寄りの6年なんてあっという間だから。 嫌だ。三十路かつニートの女とかやっていける気がしない。引きこもりだから出会いもないしこれは生涯独身決定か。 両親が聞いたら発狂しそうなことを虚しく考えながら、私は空を見上げた。あらまあ、綺麗な青空だこと。私の心はどしゃ降りの大雨だというのに呑気なものである。 生まれ変わったらポセイドンになりたい。海洋の全てを操り嵐を巻き起こしてやりたい。 「お姉さんって、もしかして迅さんが言ってた人?」 心ここにあらずだった私を現実の世界に引き戻したのは、白くてちっちゃな男の子の言葉だった。 迅さん。1ヶ月ぶりに聞く名前にぞわりと悪寒が走る。 この子もあのグラサンの知り合いなのか。同じボーダーらしいから仕方ないのかもしれないけれど、何だろう。世間は狭い的な何かを感じる。 だいたい、あの男は私のことをどれだけの人に話してるんだ。個人情報とかどうなってんの。何なの、もしかして私のこと好きなの?惚れちゃった感じなの? まあ、面と向かって普通なんてふざけたことを言われた時点でありえない話ですけどね。 虚ろな瞳でそんなことを考えていると、「お姉さん名前は?」と聞かれたので「名字名前だよ」と素直に答える。「ふむ。名前ちゃんか。俺は遊真。空閑遊真だよ」と言う遊真君は、今までの二人とは比べものにならないくらい可愛いかった。和む。というか名前ちゃんって!嬉しいけどやめて!恥ずかしいから!お姉さんのとこ何歳だと思ってるの! あの人たちと違って、お姉さん可愛い、いや普通だわ、みたいな失礼なこと言わないだけでもポイントは高い。バイトの面接で全く手ごたえがなかった悲しみが吹き飛ぶほどの癒しだ。 そう、前回ネイバーに襲われてからちょうど1ヶ月、今日はコンビニでバイトの面接日であった。結果は言わずもがな。 私の面接をしてくれた店長さんと思しき人物は、引き攣った笑みで採用だったら1週間以内に電話する云々言っていたけれど、その顔にはお前は不採用だとデカデカと書かれていた。 それはそうだろう。私だって、こんなくたびれた部屋着とボロボロのサンダルで面接に望むニートなんて雇いたくない。その点、店長さんは妥当な判断をしたと言えるだろう。 コンビニに行く途中にもネイバーに襲われて、無我夢中で逃げて全身ボロボロになったから仕方ないんだけど。 あーあ、あそこのコンビニ行けつけだったのに。もう今度から恥ずかしくて行けないわ。 そんな惨めな思いをしながら家へ帰る途中、またもやネイバーに襲われたのであった。いい加減やめてほしい。何、ネイバーは私に何か恨みでもあるの? なぜこうも私ばかりネイバーに狙われるのか、理解不能である。これが フェロモンというやつか、私も罪な女だぜ、なんてプラス思考に考えるほどの気力は残っていない。 「名前ちゃんって、ニート、っていうやつなんだろ?」 迅さんが言ってた、とケロッとした顔で告げる遊真君にくらりとした。もちろん、その理由は彼の笑顔が眩しかったからではない。 「ち、違うよ。ニートなんてまさかそんな!」 これ以上私の傷を抉るのはやめて。世の中はやはりニートには厳しいようだ。 面接で志望動機を聞かれた時のニートの気持ちも少しは考えてほしい。あの虚しい気分は、経験した人にしかわからないものがある。 「ふーん。お前、つまんない嘘つくね」 「人間には時として嘘をつくことも必要なのだよ遊真君」 「ほう。そうなのか」 うんうん。取り敢えずそういうことにしておこう。驚いたことに遊真君はすんなりと納得してくれたようだった。素直であることは美徳だ。感心感心。 内心ホッとしていると、「遊真、そろそろ行くぞ」と突然横から低い声が聞こえてきた。驚いて顔を向けると、いつの間にいたのか、そこには大きなgori…ゲフンゲフン、筋肉が立っていた。 「あ、どうも…」 無視するのもどうかと思い、一応ペコリと頭を下げた。この人、いつからいたんだろう。私を狙ってたネイバーは遊真君が倒してくれたはずだし、そもそもこんな筋肉が近くにいたら気づくはずなんだけど。 「あの…?」 筋肉は私にじっと視線を向けたまま、岩のようにピクリとも動かない。遊真君も首を傾げて不思議そうな顔をしている。何だ何だ。もしかしてカツアゲ?自慢じゃないけれど私は金なんか一文たりとも持っちゃいませんよ。 あなたに差し上げるお金はありません、という想いを込めて念を送ると、筋肉は無表情のまま「迅から預かった」と何やら雑誌のようなものを差し出してきた。 何、これ。迅から、という言葉だけで、それが喜ぶ物ではないということがわかる。 またな、と口を尖らせながら可愛く挨拶をする遊真君と名前も知らぬ表情筋が全く動かない筋肉に取り残された私は、1人寂しく呟いた。 「求人誌…」 こんなもので就職できるんならとっくの昔にしてるわ。 |