玄関のドアを開けると、そこには全てはコイツから始まったと言っても過言ではない男が立っていた。

「名前さんさ、ボーダーに入らない?」と会うなり挨拶もなしに意味不明なことを告げた男は、紛れもなく迅と呼ばれていたグラサンだ。確認もせずに鍵を開けたのは良くなかったと今更ながらに後悔する。最初は居留守を使っていたのだが、お前がいるのはわかってるんだぞと言わんばかりにインターホンを連打されたので我慢できなかった。一言文句を言ってやろうと鼻息を荒くして乱暴にドアを開けてしまったことが私の敗因である。

「あ、間に合ってるんで」
「いやいや、名前さんニートじゃん」
「ニートじゃないから、勘違いしないでよね。本当は私、ただの引きこもりだから」
「なお悪いな」

そもそもお前この間は私のこと太郎さんって呼んでたじゃないか。気安くに名前で呼んでくる男を睨みつける。いつのまに身元がバレてしまったのだろうか、いまさら個人情報がどうたらこうたら言っても無意味なことはわかっているがさすがに家にまで来るのはまずいと思う。市民を守るはずのボーダーがストーカーするとはどういうことだ。

「だ、誰か。ヘルプミー」
「今 家にいるの名前さんだけでしょ」
「なぜ知ってる」
「実力派エリートですから」

無駄にキリッとした顔が癪に障ったので「舌噛み切って死ねばいいのに」と吐き捨てる。迅は特に気にすることなく「辛辣だな〜」と呑気に笑っていた。実力派エリートおそるべし。

「どうでもいいから早く帰ってくださいさよなら」
「うーん、いい考えだと思ったんだけどな」
「どこがだ」

そもそも、ボーダーって「入らない?」「うん、入るー」みたいなノリでいけるものなのか。もっと厳密な審査みたいなものがあるんじゃないの、知らないけど。ボーダーがニートを受け入れてくれる心優しき組織だったとは初耳である。

「私はもう少し人生を謳歌したい」
「もう十分してるでしょ」
「まさか。まだ読み終わってない漫画が何冊あると思ってんだお前。ふざけるのも大概にしろ」

適当なことを言ってきた迅に憤慨すれば、ひどく残念なものを見るような憐れみの眼差しを向けられた。どうでもいいから早く帰って欲しい。

「そんなに漫画が読みたいなら、仕事しながら読んでもいいから」
「いやいいわけないだろ、仕事舐めてんのか」

何が何でも私をボーダーに入れたいのか、あまりにも非常識なことを言い出す実力派エリート。お前本当はエリートじゃないだろ。そんなことしたら即解雇だわ。今両親がいなくて本当によかった。もしこの場にいたら、こんなふざけたことを真顔で言う男と同じ職場で働かされていたに違いない。

「いやー、困ったなー」
「困ってるのはこっちなんですけど。目の前の不審者が消え失せてくれないから現在進行形で困ってるんですけど」
「あ、ボーダーって言っても名前さんには玉狛に来てもらうから心配ないよ」
「玉狛が何なのか知らないけど心配しかないわ。そして話を聞け」
「職員は10人くらいしかいないし。まあ、最近新人が入ったんだけどさ」
「どうでもいいです」

さっきから入らないって言ってるだろうが。いやだ、もうこの男しつこすぎる。なぜここまでボーダーをゴリ押ししてくるのか。わけがわからん。もしかしてそんなに私のことが好きなのか、恋しちゃったのか。若いってすごいな、恋ひとつでストーカーにも不審者にも犯罪者にもなれるなんて。これぞジェネレーションギャップ。

「いや、違うからね?」
「ちょっと人の心読まないで。愛ゆえにテレパシーが使えるようになったとか言ったら通報するから」
「言うか。名前さんが聞いてくる未来が見えたんだよ」

顔を引き攣らせながら、地味顔のクセに、とボソッと呟いた迅の足をおもいっきり踏みつけようとしたが、ヒラリと交わされた。ムカつく。


「本当は言わないようにしてたんだけど」

なかなか了承しない私に痺れを切らしたのか、迅はヘラリと笑いながらおもむろに告げる。サングラスはかけるか外すかどっちかにしろ。ファッションみたいにぶら下げられたらイラッとくるから。

「初めて会ったとき、名前さんがボーダーで働いてる未来が見えたんだ」

実力派エリートの言葉を聞き終わるやいなや、物凄い勢いでドアを閉めた。