「ど、どうでしょうか…」

室内は静寂に包まれている。
誰もが押し黙ったままの気まずい沈黙を破るべく、勇気を振り絞って目の前にいた実力派エリートに声をかけると、なぜか目を逸らされた。どういうことだ。

私の目の前には豆粒ほどの小さな小さな立方体が浮かんでいる。それを見て、遊真君が「修より小さいな」と口を尖らせながら答えた。
何だろう、全く褒められた気がしない。いや、遊真君自身も褒めたつもりはないんだと思うけど。
遊真君の発言に、黒髪でメガネをかけた少年が小さく肩を鳴らした。
心なしか申し訳なさそうな顔をしている。

しかし何だ、この非常にいたたまれない雰囲気は。帰りたい。今すぐこの場から逃げ出したい。

私は今、玉狛支部と呼ばれるボーダーの基地にいる。

数日前、迅の"俺には名前さんが自由を奪われ社畜として玉狛支部で働いてる未来が見えるんだ"的発言(やや誇張表現あり)を恐れた私は、すぐさま玄関の扉を閉め、迅によるキチガイじみたインターホンの嵐を終始無視することで事なきを得たわけだが、どうやらその考えは甘かったようで、今朝母親から近所のスーパーへお使いを言い渡され外を出ると、そこには実力派エリートが胡散臭い笑みを浮かべ手をヒラヒラさせながら立っていた。
危険を察知した私はすぐさま玄関のドアへと手を掛け敵前逃亡を試みたが、なんと玄関には既に鍵がかかっている始末である。

なぜ今日に限ってお母様がニートの娘なんかのために玄関までお見送りをしたのかと思えばそういうことか。私を追い出し、家に戻ってこないよう鍵をかけるためだったのか。今日こそはネイバーに出くわしてボーダーのお世話にならないよう、意気込んでいた自分が馬鹿みたいだ。

こうして、扉の内から聞こえてくる母親の「是が非でも就職しなさいよ」という声を尻目に、私は迅に引っ張られ玉狛支部へと連れて来られたのである。

要約すると、迅と母親にハメられた。もう人間不信になりそう。

迅に無理矢理連れて来られた私は、川の真ん中に建っている建物に驚く間もなくリビングに通され、中にいた遊真君と数人の初対面の方々に挨拶する暇もなく「はい、これ持って」と何やら機械のようなものを渡された。

そして、今に至る。

「…迅」
「え?いやあ〜」

地を這うような低い声が出て自分でも驚くが、迅は大して気にした様子もなく 困ったな〜、なんてヘラヘラと笑っている。こいつ、いつかぶっ飛ばす。

「やっぱりトリオン量は残念な感じだったね、名前さん」
「は?え、これってトリオン量測ってたの?」
「あれ、言ってなかったっけ」
「初耳だよ」

というかトリオンってなに。


迅によると、トリオンとは人の体の中にあるエネルギーのことで、トリオン器官と呼ばれる見えない内臓で生成されているらしい。あとトリガーがなんちゃら言ってたが、3割ぐらいしか理解できなかった。

それはともかく、どうやらこの小さな機械はトリオン量を測るためもので、立方体はトリオン量が多いほど大きくなるのだとか。

残念な感じ、と非常に失礼なことを言われた気がするが、掘り下げると自分にダメージが返ってきそうなのでスルーすることにした。

へ、へえ。なるほど、だから現在進行形で気まずい雰囲気が漂っているのか。私の立方体は比較対象がなくても小さいとわかるほどこじんまりしてますもんね。
遊真君にも修より小さいとか言われたし。修君が誰なのかわからないけど、よかったな修君。私の心はズタボロだけどね。

それよりも、問題は迅が"やっぱり"と言ったことだろう。要するに、こいつは紛れもなく確信犯なのだ。

「…未来、見てたんだよね?」
「…奇跡が起きるかなって」
「起きるか!」
「ちょ、名前さんギブギブ!」

恐る恐る聞いた私を嘲笑うかのようにふざけた返答をする迅の首を絞める。
つまり、迅は私のトリオン量が周囲の同情を買うほどの並々ならぬ少なさだということを未来を見て知った上で、なに食わぬ顔で玉狛支部に連れて行き、なに食わぬ顔でトリオン量を測らせ、なに食わぬ顔でやっぱりトリオン量は残念(以下略)と私を馬鹿にしたというわけだ。ふざけんな。
こいつは1度地獄に落とさないと気が済まない。
腕にさらに力を込め、ガクガクと迅を揺さぶる。ボーダーと言えども、戦闘時でなければただの非力な人間なのだ。迅はなされるがまま、どうしたものかとあたふたしている。ザマアミロ。

しかし、三日天下もつかの間、荒れ狂う私を見て、メガネ君たちは私が己のトリオン量の少なさに逆上したと勘違いしたのか、必死に宥めようと大声で無慈悲なことを叫び始めた。

「ト、トリオン量って年齢とともに減少するらしいし」
「そうそう!だから別に名前さんが悪いってわけじゃ!」
「ただ歳食ってるだけですよ!」

才能がないと言われたほうがまだマシな気がする。
中高生達から浴びせられるフォローという名の罵倒の数々にフルボッコにされ、ついに私のHPは底を尽きたのだった。