| ※荒船がスナイパーに転向する前のお話です。 「鋼!見て見て!数学のテストで40点取れた!」 「そうか。よかったな」 「荒船に教えてもらったおかげだねー」 ニコニコと笑いながら嬉しそうに報告する名前に、村上は目を細めた。見せられた解答用紙は、丸よりもバツの数が多く決して高得点とは言えないが、名前が喜んでるしまあいいか、と納得する。 事実、数学に関して言えば赤点ばかり取っている名前なので、今回は健闘したと言ってもいい。さすがに「荒船に自慢してくる〜」と言い出したのは止めておいたが。どう考えても数学のテストで40点取った人間を褒める荒船というのは想像ができない。 「頑張ったな」 「うん!この前なんて荒船から1本取れたし、最近は調子がいいんだ」 「すごいじゃないか」 「この調子で頑張るね」 胸の前で小さくガッツポーズをする名前の頭に手を乗せる。他人からは、ぽやぽやしていて危なっかしい、馬鹿っぽい、戦闘種族には見えない、等のお世辞にも褒め言葉とは言えない評価をよく受ける名前だが、彼女は正真正銘のアタッカーである。同時期に入隊した村上と共に、師匠の荒船に弧月を教わっているのだ。 初めこそ全く接点のなかった二人だが、気性が穏やかでどこか抜けている名前と村上が仲良くなるのには、あまり時間はかからなかった。同じ高校だということも手伝ってか、最近は名前の面倒を見る役はもっぱら村上が請け負っている。 今までどうやって生きてきたのだろうかと疑問を感じるほどの天然(というかお馬鹿)っぷりを発揮する名前の世話をすることが、村上にとっては苦でなかった。 むしろ最近では日常と化していて、名前がいないとどこか手持ち無沙汰で物足りなく感じるほどだ。もはや重症である。 ついでに言えば、自分にも他人にも厳しい、二人の師匠である荒船も、名前に対してはそこまで強気でいけないのか、本人の自覚なしに甘やかしている節があった。 次に赤点取ったら留年しちゃうかもしれない、とテスト2日前にまるで他人事のようにぼんやりと告げる名前のために、誰よりも真剣に目を血なまこにさせて中学数学の基礎から叩き込んだのがいい例かもしれない。 想像以上の名前の理解力の低さに、どうすりゃいいんだと頭を抱える荒船を、村上は名前と同じようにぼうっと眺めていた。本人が元気でいるのが1番だと考える村上は、それ以外は特に気にしないので、こういう面では全く役に立たなかった。 ちなみに、数学はセーフだったが化学と物理で赤点をたたき出したので、荒船が再び名前に頭を悩ませることは間違いないだろう。 「あ、荒船だ!」 師匠ー!と大きく手を振りながら駆けていく名前の後を追う。走るとコケるぞ、と声をかけようとすると案の定名前は何もないところでつまずいた。 「うう…痛い」 「大丈夫か」 すぐさま助け起こし、名前の下でぐしゃぐしゃになった40点のテストを拾いあげる。痛くない、痛くないと頭を撫でる村上はさながら父のようであった。 「何やってんだ、お前」 荒船は、会うなりドタバタとして落ち着かない名前に溜息をついた。こんなのが自分の弟子なんて、恥ずかしいにもほどがある。しかし、そんなことを思いながらも何だかんだ言って名前のことを見捨てず面倒を見る荒船は、さりげなく怪我がないか確認し、ポケットから絆創膏を取り出すあたり、村上と同じく末期である。絆創膏、ティッシュ、ハンカチは村上と荒船の二人にとってもはや常備するのが当たり前の三種の神器となっていた。 「あ、見て!荒船!40点も取れた!」 「お前は馬鹿か!自慢げに言うな!」 村上からテスト用紙を受け取った名前は、先程止められたことも忘れ満面の笑みで荒船の顔の前に広げてみせる。荒船の顔が引き攣ったのは言うまでもない。 「えー。鋼は褒めてくれたのに」 おい、鋼。こいつを甘やかすな。責めるように村上を睨むと、至って真剣な顔で「元気があるのはいいことだと思うぞ」と名前を慰めていた。駄目だ、こいつは使い物にならない。 「私頑張ったのに」 「どこがだよ」 「先生だって褒めてくれたよ?『すごいじゃないか!名字!お前が赤点を免れるなんて。明日は嵐がくるな!』って」 「完全に馬鹿にされてるじゃねぇか」 「褒めてくれないのは荒船だけだ〜」 「そういうことはせめて平均とってから言え」 「えー」 話にならないと突き放す。 だが、厳しくなりきれない荒船は、いつまで経ってもブーブー文句を垂れる名前に、結局は折れて「…良かったな」と小さく息を吐きながら告げるのだった。名前がいつまで経っても精神的に独り立ちできないのは、主にこの二人のせいだと周囲の人間はわりと本気で思っている。 (名前!お前化学と物理で赤点とったってどういうことだ!) (えー。ちょっと失敗しちゃっただけだよ) (それだけで1桁とるわけねえだろ!) (9点と…4点か。すごいな、2問もあってるじゃないか) (えへへー) (おい鋼!) |