| 「あのー、お二人さん。そういうのは二人っきりの時にやってくれる?」 突然のことで抵抗もできず流れに身を任せていた私は、「ほら、人が見てるからさ」と苦笑ぎみにやって来た実力派エリートの声でようやく我に返った。 「タ、タイム!」 慌てて風間さんを引きはがす。思ったよりもすんなりと退いてくれた風間さんは少しだけ不服そうな顔をしているが気のせいだろう。 いやはや、危ない危ない。 風間さんも私も公衆の面前で何やってるんだ。 言わずもがなここは水族館である。 まさか自分が家族連れからいちゃこらカップル、挙句の果てには太刀川やら迅やらの非リア充共までもが訪れるこの場所でリア充じみた体験をするとは。 先ほどの状況を思い返すと顔から火が出そうだ。 ああ、周りからの視線が痛いほどに突き刺さる。 「く、食われるところだった…」 「とりあえず名前さん、今言うべきことはそれじゃないと思う」 呆れ顔の迅に冷静に指摘されたが、それに返す余裕はない。いやマジでやばかった。心臓が痛い。 胸を押さえて深呼吸してみても効果は今ひとつのようで、動機は一向に収まらない。死にそう。 あれ、そういえばコイツはいつからいたんだ。迅がここにいるということは、太刀川含めその他の人間もいるわけで。うわあ、いつから見てたんだろうか。取り敢えずあの醜態を見られてないことだけを祈ろう。 そう思い迅を見上げると、何を勘違いしたのか「証拠はバッチリ撮っておいたから」と決め顔で返された。ふざけるな。ぶん殴ったら「もうLINEのグループに送っといたから大丈夫だよ」と追い討ちをかけられた。何も大丈夫じゃない。 そもそもLINEのグループってなんだ。誰が入ってるのか知らないけどお前ら仲良しかよ。 あれ、私 招待されてないよね?除け者? 「いやあ、いいものを見せてもらった」 仲間はずれ疑惑に地味に落ち込む私を差し置いて迅は満足気に笑っている。 お願いだからさっきのことは忘れてくれないかな。 私だって、まさか風間さんにしてやられるとは思いもしなかった。もしかして私、風間さんのことが好きなんじゃない?と乙女チックな錯覚するほどまでにドキドキした。これが風間マジックか。 しかし、冷静になって考えてみると私が風間さんのことを好きだなんて天と地がひっくり返ってもありえないことである。 私が好きなのは背が高くて爽やかな感じのイケメンなのだ。風間さんの顔が整っていることは認めるがこの人はいつも仏頂面で間違っても爽やかとは言えないしそもそもチビだ。 うん、ありえないありえない。 それもこれも、全ては二十歳になっても男に対する免疫など無に等しいゆえの所業だろう。 自分で言っておいて無性に悲しくなってきたが、ずっとこの場で立ち話するのもアレなので取り敢えず二人の手を取って歩き出す。 風間さんとリア充っぽいハグをお披露目してしまった手前、なかなか気まずいものがあるし。周りにも同じようなことをしているカップルはいるけれど。 「うわ、名前さん積極的」なんて馬鹿なことを言ってきた迅はもう一度渾身の力を振り絞って殴っておいた。 ▼ 「やっぱりさっきのは無しでお願いします!」 水族館を出て1番最初に目に入ったカフェに2人を連れ込み、席についたと同時に風間さんへ告げる。 何のことかと不思議そうな顔をするので付き合う云々の発言のことですと言えば今度は何故だと返された。 「さっきは流されてあんなこと言いましたけど、私は別に風間さんのことが好きとかじゃないんで!」 「ほう…」 言った。はっきりと言ってやったぞ私。よく頑張った。 何やら不問な空気を醸し出す風間さんに身構えると、迅が「いやー、俺超アウェイ」と肩を竦めながら呟いた。お前は黙れ。なんでコイツまで連れて来ちゃったんだろう。思わず後悔するが、風間さんと2人きりでいろいろな試練を乗り切れる気がしないのは事実だから仕方がない。 私の言葉に不服そうな顔をする風間さんだが、私は今非常に疑問に思っていることがある。 「そもそも風間さんって本当に私のこと好きなんですか?」 「今更だな」 恥を忍んで聞いてみると、馬鹿なことを言うな的なニュアンスで返された。確かにさっき好きだとか何とか言われたような気がするが、正直な話、絶対勘違いだと思うんだ。 「風間さんも女の子に免疫がないから、ちょっと一緒に出かけただけでコロっときちゃっただけですって!この早とちり!」 「どういう意味だ」 「え。風間さんが大学で女の子と話してるところ見たことないし、基地でも三上ちゃんぐらいしか…」 「そっちじゃない」 「どっちだよ!」 女の子に免疫がないと言われたことがそんなに癪だったのか、顔を顰める風間さんにやんわりと説明すれば、まさかの否定。どういうことだ。 …ひょっとして、早とちりの意味を聞いてきたとか?いやいや、そんな馬鹿な。風間さんに限ってそんなことはないだろう。太刀川じゃあるまいし。 不安を隠せず迅に助けを求めると、実力派エリートは取り繕いもせずケラケラと笑っていた。本当に使えないなコイツ。 諦めて風間さんに視線を戻す。風間さんは深く溜息をつきながら渋々といった様子で答えた。 「お前のことを好きになったのは、もっと前からだ」 「嘘だ!」 「嘘じゃない」 ありえないありえない。嘘だと言ってよバーニィ。 だって予兆なんて全くなかったし。そんな素振りだって微塵も感じなかった。これまで私と風間さんの間にラブロマンス的なものはなかったはずである。 だいたい、好きだったら普通は こう、何だろう、もうちょっと態度に表れるものだと思う。優しさが滲みでるというか。愛しさが溢れ出るというか。 自分で言っていて恥ずかしくなってきたが、とにかく風間さんの私への態度はどう考えても好きな人に対するそれじゃない。 そう主張すると、風間さんに鼻で笑われた。何故だ。 コイツ、私のこと好きとか絶対嘘だろ。私はそう確信した。 「と、とにかく!風間さんとは付き合いませんので!」 「…そうか」 わかった、と返されてほっと一息をついた途端、「今から落とせば問題ないということか」と爆弾を投下された。 口に含んでいたコーヒーを思いっきり吹き出してしまったのは私だけのせいではないはずだ。 ハンカチで顔を拭きながらまるで汚物を見るかのような冷たい眼差しで私を睨みつける風間さんが私のことを好きだと言って信じてくれる人は果たしているのだろうか。 同情するよ、と哀れみの視線を送ってくる迅が、自分の未来を暗示している気がした。 |