「太刀川さん、大丈夫だから安心しろって」
「これが落ち着いてられるか!」

うわ、ブチ切れじゃねえか。出水は解析室の廊下をウロウロと行ったり来たりする太刀川を呆れた顔で見ていた。今の太刀川は、本当にお前がアタッカー1位なのかと問いただしたくなるほど余裕がない。普段から威厳など全くないが、ここまで焦っている太刀川は稀であった。

それもこれも、全てはやすやすと立方体に成り下がった名前のせいだ。

出水が人型ネイバーと戦い、すんでのところでベイルアウトすると、オペレーター室ではいつものほほんとした国近が些か緊張した顔で「名前ちゃん、キューブ化されちゃった」と呟いた。それを聞いた出水が顔面蒼白となったのは言うまでもない。それはもちろん、太刀川の反応を予想してのことだ。キューブ化されラービットに取り込まれた名前は、すぐに当真の手によって救出されたようだが、太刀川がそれで安心できるかというのはまた別問題である。すぐにでも太刀川に報告しようとする国近に対し、出水が待ったをかけたのは言うまでもない。
太刀川は忍田から新型の掃除を言い渡されていたはずだ。名前の話をすれば、それをほっぽってこっちへ戻ってくるのは明白である。それだけは、三門市のためにも阻止しなければならなかった。

そういうわけで、太刀川が名前がキューブ化されたという事実を知ったのは、新型を好きなだけ斬れて満足気な顔で基地へと戻った時だったのだ。現に諏訪や木虎、キューブ化されたC級隊員は何の問題もなく無事に元の姿へと戻ったのだから心配はいらないはずだが、太刀川からすればそんなことは関係ないらしい。

「おい当真、お前スナイパー1位のクセに何してんだ」

名前のキューブ化が解かれるのを待つ間、太刀川はなぜラービットに捕まる前に助けなかったのかとネチネチと当真に絡んでいた。当真もいい迷惑である。

「自分の女の面倒くらい自分で見りゃいーじゃん」
「名前と同じ場所にいたんだからお前が助けるのは当然だろ。覚悟はいいか?」
「ちょ、太刀川さん!当真さん生身だから!」

出水はギラついた瞳で孤月を出す太刀川を必死に止める。ただでさえ戦闘狂の太刀川だが、名前のせいでその闘争心は普段より10割増している。おい、名前早く戻って来い。一刻も早くこの場から立ち去りたい当真は「だから名前と一緒は嫌だったんだよ」と溜息をついた。

「もし名前があっちに連れ去られてたらどうするつもりだったんだ!」
「ちょ、太刀川さんうるせえ」

耳元で叫ぶ太刀川に顔を顰める。それは俺じゃなくて当真さんに言って欲しい。

「だから助けてやったじゃん。名前が無事なのは俺のおかげだからな、太刀川さん。もう少し感謝してくれてもいーんじゃねーの?」
「キューブ化にされてる時点で無事とは言わないんだよ」
「太刀川さん、わかったから。わかったから黙って」
「もし名前に何かあったらと思うと心配で心配で夜しか眠れない」
「うん、それでいいんじゃないかな」

もはやツッこむのにも疲れた出水は諦めて明後日の方向を見たまま答えた。
解析班は何してんだ。さっさとしてくれ!
このカオスな状況を解析班の仕事が遅いからと他人のせいにするしか乗り切れる自信がない。

「でも万が一名前に何かあったら太刀川さんがどうにかして助けんだろ?今回は間に合ってなかったけど」

ニヤニヤしながら問いかける当真。最後の一言は余計な気がしたが、太刀川は至極真面目な顔で「当然だろ」と答えた。そんな太刀川を見ながら名前が連れ去られたりなんかしたら街が半壊するだろうな、と出水はぼんやりと思う。

"だいたいさー、"と話を続ける当真に、太刀川は先程よりはだいぶ冷静さを取り戻したようだった。孤月を片手に体勢を整えているのでまだ安心は出来ないが。

「俺が颯爽と助けて名前に惚れられたらどーすんだよ」
「…それは困るな」
「だろ?」

馬鹿だ、この人馬鹿だ。いや知ってたけど。出水は、当真の発言に納得し言いくるめられる太刀川が自分の隊長だなんて認めたくない気持ちでいっぱいだった。どう考えても、当真さん適当に言ってるだけだろ。

"俺は色々考えてやってんの"と肩を竦める当真は、うっすらと笑いながらいい加減帰りたいと心の底から思っていた。

ちょうどその時、解析室の扉が開き、(太刀川が)待ちに待った名前が顔を見せた。やっとか。ようやくこの状況から解放される、とほっと一息つく出水には、名前救世主のように見えてしかたない。もちろん、こんな状況を作り出した張本人が名前であるということを忘れたわけではないが。太刀川の起爆剤でも安定剤でもある名前は、出水達を見て不思議そうな顔をする。

「あれ、3人ともこんなところで何やっ「名前!」ギャー!」

何やってんのじゃねえよ、お前を待ってたんだよ。太刀川さんが当真さんをあやうく殺らないように。
出水のそんな苦言は、死んだ魚の目を(人並みに)輝かせ名前に飛びつく太刀川のせいでかき消されてしまった。

「ちょ、はなれ、うげっっ」

初めは顔を赤くしていた名前だったが、照れよりも息苦しさが勝ったのか、しばらくすると青白い顔で目を白黒させ始めた。おい、太刀川さん、このままじゃあんたの大好きな名前ちゃん死んじゃうぞ。太刀川は一心不乱に名前に抱きついている、というよりも物凄い力で名前の顔に自分の胸を押しつけているので相当苦しそうであった。
二人を見ながら、「やってらんねーわ」と呟き去っていく当真。

「い、いずみ助け、」
「……ドンマイ」

助けてやろうか一瞬迷ったが、そもそもの原因はコイツだ。たまには自分の行いを反省することも大事だろう。そう思い直し、手をヒラヒラとさせその場を後にする。
別に何事かと部屋から顔を覗かせている解析班や名前の叫び声に驚いて足を止めた他の隊員達の視線が恥ずかしくなったからではない。たぶん。

「ちょ、まって…!」

最後の頼みに見捨てられた名前は、騒ぎが大きくなり様子を見にやって来た風間に太刀川が引っ剥がされるまで、いつ思い出しても死にたくなるような痴態を周囲に見せ続けなければならなかった。

しばらくの間、ボーダーではアンチリア充が大量生産されたらしい。