午後7時30分。
作戦室には私と太刀川さんの2人だけ。
柚宇さんは「今日発売日だからもう帰るね〜」と新作ゲームを買いに行き、出水は米屋と緑川と一緒になんとあの東さんの奢りで焼肉を食べに行ってしまった。唯我はそもそも私がいる時には極力作戦室には近寄らない。唯我曰く、私の暴挙を太刀川さんはアハハと笑って見ているだけ、柚宇さんはゲームに夢中でまず見てすらいないので誰も助けてくれない。唯一出水だけは行き過ぎると止めてくれるので、『出水先輩がいる時以外は僕と名前先輩を一緒にしないでください!』ということらしい。おかしいな、なんで嫌われてるんだろう。そこまで邪険に扱ってはいないはずだし、何なら可愛がってるほうだと思う。焼きそばパン買ってきて?と毎回丁寧に頼むくらいだしなあ。


「名前、今日何の日だか知ってるか?」
「はい?」

いつも通りゴロゴロしていると、太刀川さんが話しかけてきた。またこの人はわけのわからないことを、と思いつつ体を起こす。

「11月11日かあ。…チンアナゴの日ですね」
「そっちじゃない」
「そっちってどっちだ」

予想した答えとは違ったようで、太刀川さんはガックリと肩を落とした。少し考え込んで答えたというのに失礼である。
あれ、でも弾バカと槍バカが言ってたはずだけどなあ。

『今日チンアナゴの日なんだってよ』『へー。それで?』『あいつらってうまいのかな。食ったことねえけど』『魚だし食えるんじゃねえの?アナゴだし』『でも不味そうだな』『まあ観賞用だもんなー』


「………」
「…お前らってほんと馬鹿だよな」
「あんたに言われたくないあんたに」

しみじみと言われ、若干グサッとくる。やめて、私をあいつらと同じ括りにしないで。お願いだから。ボーダーでは三輪とか奈良坂とかとまとめていただきたい。雰囲気だけでも賢さを味わいたいの、お願い。



すでにライフはゼロだというのに、太刀川さんの自信ありげな顔にどんどんHPが削られていく。

「11月11日はポッキーゲームの日らしい」





数秒の沈黙の後、恐る恐る口を開く。

「…それ、誰に聞いたんですか」
「迅」
「やっぱりなあの腐れ実力派エリートめ」

太刀川さんに余計なことばっかり教えやがって。今日はポッキーゲームじゃなくてただのポッキーの日だろうがよ!勝手にリア充滅びろの日にしてんじゃないよ。憎きセクハラ魔人を毒づく。
どうしてくれんの太刀川さん、ちょっとウキウキしてるじゃないの!俺ポッキーゲームしてみたい!って顔してるじゃないのやらないから私は絶対やらないから。私が悪いの?ポッキーの日だって知ってたのに知らないふりしたから?だって絶対面倒くさいことになると思ったんだもん。案の定だったけどな!

そんな私の気も知らないで、太刀川さんは俄然やる気で

「先に顔離した方が負けな」

とポッキーを咥え、ほれ、と顔を差し出してきた。

「な、なにしてるんですか」

ポッキーゲームなんておぞましいものは是非とも合コンでしていただきたい。純情な女子高生を巻き込まないで。だいたい、ポッキーゲームを強要するなんて立派なセクハラである。普通に査問会ものだ。ついに非リアすぎておかしくなったのか太刀川さん。
私は必死に首を振る。

「わ、私やりませんからね」

そうだ、なにも律儀にやる必要はない。ただ馬鹿なことをしようとしている太刀川さんをぶっ飛ばしてベイルアウトさせれば、全て解決なのだ。風間さんあたりにでも告げ口すればしっかりと説教してもらえると思うし。
そう考え、ささっと退散しようするが、すんでのところで思いとどまる。

太刀川さんの死んだ魚のような双眸が、こちらを見据え、逃げるのか?と物語っていた。

負けるわけにはいかない。
どこか遠くで、ゴングが鳴った。
賽は投げられたのである。



▽▽▽

誰だこの顔離した方が負けなんていうオラオラなゲーム考えたやつ。絶対女性経験のない非リアに決まってる。こんなこと考えてるからリア充になれないんだよバーカバーカ。

現実逃避し、ボーッとそんなことを考えている間にも太刀川さんと顔の距離が近づいていく。もはやポッキー何センチ残ってるの?え?ゼロ距離じゃないの?状態である。
というか、この人ひとりで食べ進んでるんだけど。私は1ミリも食べてないのに、どんどんどんどん減っていくんだけど。おかしい。これはおかしい。

そして、なぜか逃げないように顔を両手でガッチリと挟まれてしまった。近すぎる距離に顔をそらしたいのに、それすらも許されない。
近いんだって。シッシッシッ。
太刀川さんよく見るといけめ、ゲフンゲフン整った顔してるし、無駄にドキドキしてしまう。なぜだ、なんでこんなおっさんっぽい髭生やした餅ヅラの男に弄ばれてるんだ私は。

反応を楽しんでいるのか、太刀川さんがフッと笑った。
赤くなった頬をムニムニと摘まれ、うう、っと喉がなる。

「ひいっ…」

は、鼻が当たってる。
このままでは心臓の音が太刀川さんに聞こえるんじゃないか。バカにされる。絶対馬鹿にされる。後世まで語り継がれちゃう。

間近に見える太刀川さんの顔が、普段とは違う、今までに見たことのない優しげな表情をするもんだから、反射的に目を瞑ってしまう。

その瞬間。ふにゃ、と暖かいものが口に触れた気がした。力ずくで太刀川さんの手を剥がし、後ろに下がろうとするも、手を掴まれ身動きが取れない。

「ひっ!ちょ、い、いまあたって」

「あ、 俺の勝ち」

そう言うと太刀川さんは、私の左手を優しく引っ張る。

そして、そのまま噛み付くようなキスをした。