「あっ、どっ、どっ……かれさまデス」
「あっ、ど、お、あの、に、にっ」

二宮隊の作戦室の前で、顔を真っ青にして挙動不審な態度を取る私と同じくらい、目の前のイケメンは顔を真っ赤にして目を泳がせていた。

「あ、あの、二宮…くん、いる?」
「あっ、え……っと、まっ、」

なるべく顔を見ないようにしながら何とか用件を告げると、目の前のイケメン、もとい辻君は更に頬を赤らめ、オロオロし始めた。
その挙動不審な姿に、私はほんの少し親近感を感じてしまう。
非常に端正な顔立ちで、一見クールな印象を受ける辻君は、何と女の人が苦手らしく、チームメイト以外の異性とは殆ど話せないらしい。
私は辻君と違って異性が苦手、というわけではないし、諏訪さん曰く「お前のイケメン嫌いと辻のを一緒にすんな。失礼だろ」ということらしいけど。(というか諏訪さんの方が失礼では?)
ちなみに、私と辻君が直接会話をするのはこれが初めてである。お互いがお互いを苦手なんだから、そりゃあ話なんてするわけがない。
イケメンでも異性が苦手なら今後も私とは関わることはないだろうし、大丈夫だろう、安心安全!と考えた私は、ようやくを落ち着き取り戻すことが出来た。

「望ちゃんから、二宮…くんにこの資料を渡して欲しいって頼まれてて」
「あっ、はい…」

辻君はスっと作戦室のドアを開き、まるで入ってください、とでも言いたげな様子でモジモジしている。
二宮隊の作戦室になど入りたくない私は、一瞬固まってしまったものの、すぐに持ち直し望ちゃんから預かった(強制)資料をサッと辻君に差し出した。
だってあの二宮隊だよ?顔面偏差値の暴力が過ぎて近寄りたくもないよ。

「あ、あの〜、私これからちょっと防衛任務だから、これ奴に渡してくれたりって、」
「ひっ、あ、あ、すみませ、」

資料を押し付けるために近づいてしまったからか、辻君は怯えるように後ずさった。
あれ、これどうしよう。もしかして二宮に直接渡さないとダメ?
さっさと資料を渡しておさらばする予定が、どうしてこんなことに。
ひゃみちゃん居ないのかな、でも居たらもう辻君を助けに来てるはずだし、そんな事を考えていると、

「あれ?名前さんじゃん。珍しいね、二宮さんに用事?」
「うげ」
「犬飼先輩」

ニコニコと胡散臭そうに笑う犬飼が、作戦室から顔を覗かせた。
犬飼の登場に、明らかにほっとした表情を見せる辻君とは反対に、私はあからさまに顔を歪めてしまう。

「そんな嫌そうな顔しなくても」
「笑うな話しかけるな近づくな」
「酷いなあ名前さん」
「ちょ、こっち来ないでよ!」
「名前さんも辻ちゃんで遊んでたじゃん」
「誤解だし、遊んでないし、今は私が遊ばれてる」
「あれ、気づいちゃった?」

犬飼が笑みを絶やさず、ジリジリとこちらへ詰め寄るそぶりを見せてきたため、内心ビビりながらも必死に拒絶すると、私の反応を一通り見て気が済んだのか、犬飼はケラケラ笑っていた。
こんな人を食ったような笑みを浮かべる高校生が居てもいいものか。顔面偏差値も高いし、性格やばそうだし、将来女の子を泣かせまくる未来しか見えない。むしろ現在進行形で泣かせまくってそう。

「これ、二宮くんに渡して欲しいんだけど」
「へ〜?二宮さんなら中にいるから呼んでこようか?」
「話聞いてた?渡してくれって言ってるんだけど!」
「えー、でも機密情報かもしれないし。直接渡したほうが良いんじゃない?」
「機密情報ならそもそも私が渡しに来ないでしょ!」

そうだ。そもそも、私がなぜこんなイケメンの巣窟になんて来る羽目になったのかと言うと、全ては我らが隊長、望ちゃんの一声によるものなのだ。
曰く、二宮に大学のレポートで使う資料を渡して欲しいと。いや、それ私関係ないよね!?自分で渡して!というド正論を飲み込んで、「あ、ごめん私ちょっと個人ランク戦やりたい気分で〜」と恐る恐る言ったら望ちゃんはニッコリと微笑んだ。それはもう、女神も真っ青なレベルで美しく冷たい笑顔だった。背後にブリザードが見えたもん。
「名前はイケメンが〜って言って個人ランクなんて滅多にやらないじゃない。それに、そろそろボーダーの男の子達にも慣れた方がいいと思うわよ」
まるで私の為、と言わんばかりの発言に、絶対自分が面倒くさいから行きたくないだけじゃん!とは思ったものの、望ちゃんの圧が凄く発言自体は正論で反論の余地がなかったため、私は大人しく二宮隊の作戦室を訪れることになってしまったのである。

「機密情報じゃないし、早く受け取って欲しいんですけど」
「名前さんって俺のこと嫌いだよね」
「逆に好きになる要素がどこにあるのか教えて欲しいくらいだよ」
「酷いなあほんと。なんか悲しくなっちゃったからそろそろ戻ろうかな。じゃあね、名前さん」
「あー、嘘嘘嘘嘘!犬飼は、なんかあの、あれだよあれ、笑顔がいいよね!私は…ちょっとあれだけど、夜の女の子達が放っとかないよね!きっと!」
「それって、名前さんの中では褒めてるんだ?」
「もーしつこい!年上で遊ぶな!」

私は犬飼のことが本当に苦手だ。
いつもいつも、こうやって私で遊ぶのが楽しいのか、何を考えているのか分からない表情でしつこく絡んで来るのだ、この男は。ボーダーには珍しいタイプで、一見人当たりは良いものの、ちょっと性格が曲がってそうというか、なんと言うか。私が嫌がってるのを見て喜んでるんだもん、この子。末恐ろしい。

「俺は名前さんのこと結構好きだよ。見てて面白いし」
「うわあ……アリガトウゴザイマス」
「心が籠ってないなあ〜」

私の心を読んだかのように、爆弾発言をする犬飼が怖すぎる。私はこの会話が犬飼と辻君の他に聞かれてはいやしないかと不安になり、辺りを見回した。こんな会話を聞かれて噂にでもなった日には、犬飼ファンの女の子から八つ裂きにされてしまう。この顔で強くて女の子の扱いが上手そうな犬飼が、モテないわけが無いのだから。

「キョロキョロしてどうしたの?いつもに増して挙動不審だけど」
「犬飼はいつか女の子に刺されるよ、きっと」

恋愛的な意味じゃなくても、異性に軽々しく「好き」って言葉は使わない方が良いよ、と忠告すると、何故か犬飼はそれまで浮かべていた笑顔を消し、私を見下ろしながら目を細めた。

「名前さん、俺のこと何だと思ってるの?」
「ひっ、怖!無表情やめてよ!」

いつも笑ってる人が無表情になるって、こんなに怖いんだ。さっきまで笑顔が胡散臭いだとか何考えてるかわからないとか脳内で散々悪口を言っていたけれど、感情をそのまま表情に出されるとこれはこれで怖い。

理由はわからないが何だか犬飼の機嫌が悪くなり、雲行きが怪しくなって来たので、それまで空気と化していた辻君に助けを求めるように視線を向けると、案の定真っ赤な顔で視線を逸らされた。どうしてか、2人で話してた時以上に顔が赤い気がする。

「あの〜、犬飼、くん。そろそろこの資料をもらってくれたり…」
「あーあ。名前さんにこっぴどく振られたって、噂流しちゃおうかな」
「うわああああ!絶対やめて!無理無理無理!現実で首チョンパされちゃうから!許してください!すみませんでした!」
「ちょ、分かったから、冗談だって」
「あ、名字さん、どう、どう」

犬飼の肩にしがみつき、ガクガク首を揺さぶって懇願する。半泣きで必死に許しを乞う年上女に圧倒されたのか、ドン引きしたのか知らないが、犬飼は笑みを戻し、少しピリついていた空気が消えた。というか、なぜかさっきよりニヤニヤしている気がする。
犬飼の表情に、また遊ばれてたのかと気づき若干ムカつきはしたが、ボーダーの数多の女子が敵になるかもしれない未来を想像し、ぐっと堪えた。これ以上犬飼の機嫌を損ねるのは遠慮したい。
そして辻君、私は牛じゃない。

「でも、名前さんって辻ちゃんみたいな感じで男が苦手なのかと思ってたけど、違うんだ」

無表情を辞めた犬飼は、ニコニコと笑い非常に機嫌良さそうにしている。

「な、なにが」
「俺は良いんだけど、本当に噂になっちゃうよ?そんなに引っ付いてると」
「うわあ!?」

一瞬、言葉の意味が分からなかったが、冷静になると、なぜか犬飼の顔が至近距離にあることに気づく。気づいた途端、私は叫びながら物凄い勢いで犬飼から距離をとった。やばい、こんなところを見られたらそれこそ信者に殺られてしまう。

「そっちからくっ付いて来たのに酷いんじゃない?」

別にくっ付いてないし。不可抗力、というか攻撃というか、そういうやつじゃないもんね。
不満げな声を上げる犬飼を無視し、ファンに勘違いされかねない場面を誰にも見られていなかったか、周囲を見渡す。
よし、誰もいない。セーフセーフ。

「男が苦手なわけじゃないなら、俺も頑張っても良いよね?」
「え?」

取り敢えず大丈夫そうだと安堵していた私は、犬飼が小さな声で呟いた言葉を完全に聞き逃した。

「何でもないよ」
「ちょ、何でまた近づいてくるの!?」
「何でだろうね?自分で考えてみたら?」
「た、助けて!つ、辻君!」
「あ、え、ちょ、あ、あの」
「ふーん、そこで辻ちゃんに助けを求めるんだ?」
「ひっ、他に人がいないでしょ!」

なぜかまたにじり寄ってくる犬飼から隠れるため、盾にするように辻君の背中に隠れる。
その光景を見る犬飼は、笑ってはいる、笑っている様に思いたいけども全く目が笑ってないのですが気のせいでしょうか。
望ちゃんで十分理解してるつもりだったけど、美人の冷たい顔って怖すぎない!?早く帰りたい!
犬飼にビビりながらも、辻君の服を絶対に離すものかと確固たる意思で掴み続ける。
辻君は私を振り払うことも出来ず、ただただ顔を真っ赤にしてオロオロするだけだった。
本当に申し訳ない限りだが、私はまだ死にたくは無いのだ。お願いだから許して欲しい。頼むからセクハラとかで訴えないで。

そんなカオスな攻防戦を繰り広げる私たちに割って入ったのは、さっきまで絶対に会いたくないと思っていた男で。

「おい、騒がしいぞ」

何故だか今は、あれだけ毛嫌いしている二宮でさえ救世主に思えてしまう。

「二宮!くん!これ、望ちゃんから、じゃあよろしくどうぞ!」
「おい、」

二宮に望ちゃんから預かった資料を投げつけ、私はその場から一目散に立ち去った。
よくわかんないけど、イケメン、やっぱり怖い。



「助け舟を出すなんて、二宮さんは優しいなあ」
「……あまりやりすぎると、嫌われるぞ」