「わー、見てくださいよ風間さん、美味しそうな魚ですね」
「安心しろ、お前の方がうまそうだ」
「いや何言ってんの、全く意味わかんないんですけど」

水槽を前に、棒読みで感嘆の声をあげる私に、これまた棒読みで風間さんが返した。そのセリフを聞いてどう安心しろというのか。花火を見ながら君の方が綺麗だよ、なんてくさいセリフを言う男の方が幾分もマシだ。
いや、魚と比べて綺麗だよ、なんて言われてもトキメキも何もないのだけれど。

それにしても、今日の風間さんはいつもとは一味違う。それはもちろん、悪い意味で。

私の反応に納得がいかないのか、『これであなたもモテ男!必殺〜女子を落とすセリフトップ10〜』とデカデカと書かれた雑誌を片手に、ひたすら首を傾げる風間さんを見られるなんて、誰が思っただろうか。こんなの、迅のサイドエフェクトをもってしても想像できないレベルの重大事件だ。

風間さん、残念だけど私の反応でおかしいところなんか一つもないから。どう考えてもおかしいのはその雑誌だよ。そんな台詞で女を落とせるとでも思っているのか。ありえない。ふざけた特集をしている雑誌もありえないが、堂々と真顔であんな台詞を囁く風間さんはもっとありえない。ドン引きである。

しかも雑誌はかなりボロボロで、読み込まれてる感じが半端なかった。私は考えることをやめた。これ以上風間さんのイメージを崩すわけにはいかない。

小型かつ低スペックな風間さんなんて見たくないし、そんなのただの無能なチビだ。

ちなみに、この会話を繰り返すこと数回目である。いい加減に飽きてきた。それもこれも、水族館というデート場所が問題なのだ。

私は魚を見て「わー、可愛いー!」と目を輝かせるタイプではないし、風間さんにいたっては水槽を泳ぐ色とりどりの魚を眺めながら「…魚だな」という感想しか呟くことができないほど水族館とは無縁の男だ。

あまりにも暇すぎたため、イワシの大群を見ながら「美味しそう」、と私が ついうっかり口を滑らせたばかりに、このような事態に陥ってしまったのである。

私はあと何回風間さんのお馬鹿発言に付き合わなければいけないのか。知らぬ間に、風間さんは未知の生物と化してしまったらしい。
ダメだ。これ以上この人に付き合いきれない。
私は仕方なく話題を変えることにした。

「もしかしたら、あいつら今日も尾けて来てるんじゃないですか?」
「ああ。さっき太刀川と当真を見かけた」
「うわ、マジか」

あいつらとは、言わずもがな 私たちに水族館のチケットを恵んでくれた(ただのいい迷惑)、あの4人である。
やっぱり今日も来ていたか。まあ、当たり前と言えば当たり前のことである。迅なんて風間さんが血迷った発言する未来を見てるわけだからね、面白いことがあるからみんなで見に行こうぜーなんて馬鹿どもを唆したに違いない。

太刀川に至っては恋のキューピットにでもなったつもりなのか、恋愛の何たるかを必死にレクチャーしてきたからね、全く参考にならなかったけど。

そういうわけで、私は奴らと鉢合わせするのだけは避けたかった。いや、デート(笑)をしてる私たちを盗み見ながらニヤニヤ笑うアホどもというのも相当ムカつくものがあるのだが。

「あの、風間さん。もう変な発言は控えてくださいね」

ただでさえ風間さんをお持ち帰りした、なんてふざけた噂がたてられているのだ。これ以上ありもしない噂が出回ったら恥ずかしくて私はもうボーダーにいられない。

真剣に訴えかければ、風間さんはしばらく考え込んだ後ゆっくりと頷いた。

「そうだな。手でも繋ぐか」
「ねえ話聞いてた!?」

やばいやばいやばい。どうしたんだ風間さん。
もう意味がワカラナイヨ。熱でもあるの?この人。
こんなにお馬鹿というか話がわからない人じゃないはずなんだけど。


誰かに助けを求めようと辺りを見渡す。あ、ちょうどいいところに迅が、えっ、嘘だろ。ものすごい勢いで目を逸らされたんだけど!何あいつ、ふざけてんの。おいおい、お願いだから助けてよ。この21歳児の世話は私には荷が重いから。無理無理。

必死に『助けて』と繰り返す私を見て、迅はヘラヘラと笑った後、『が ん ば れ』と口パクをした。
ふざけんな。何を頑張れってんだよ。頑張れないから。
もう風間さんと上手くやっていける自信がないよ。話が通じない幼稚園児みたいに接しちゃうよ。お願いだから、笑ってないで助けてよ!

「そろそろ行くか」
「えっ」

焦りを通り越し、驚愕して呆然と立ち尽くす私の手を掴むと、風間さんはゆっくりと歩き始めた。私はイワシにさよならを告げることも出来ず、引きずられるようにして連れて行かれる。

「ア、アディオス!」

仕方がないので掴まれていないほうの手を挙げて叫んだ。さようなら、イワシちゃん達。良い時間をありがとう。あ、今日の夕飯は魚にしようかな。イワシの煮付けなんていいかもしれない。

「あの、風間さん、いい加減離してくれませんか?」
「お前は、」
「何ですか」
「いや、何でもない」
「は?」

普段とは違い煮え切らない態度の風間さんに、どうしたものかと眉を顰めた。ちょっと、いつまで手を繋いでるつもりなんだ。小学生の遠足じゃないんだから。あ、手汗やばい。

ふと目線を上げると、いつも通りで無表情の風間さんと視線がかち合う。
小さいと思っていた風間さんの手は思ったよりも大きくて、少しだけドキッとした。