「おい、」
「離してください風間さん」
「落ち着け」
「無理です!」

呆れたような風間さんの声にかぶせるように言い切り、繋いでいた手を勢いよく振り解く。怒りを露にする私に、風間さんは小さく溜息をついた。
そこには、さっきまでの甘く緊迫した雰囲気は微塵もない。

だがそんなことはどうでもいい。私にとっては、今しがた起こった 言葉にできないほど驚愕する出来事のほうが重大だ。

「風間さん聞いてました!?さっきすれ違った高校生くらいのカップル、私たちのこと見て『中学生かな。可愛い〜、初々しい〜』なんて言ってましたよ!」

あれ、言葉にできちゃったよ、テヘッ。なんて言ってる場合ではない。私の怒りのアドバンゲージは測りしれないほどになっているのだ。
ありえない。中学生に間違われるなんて。

「こちとら大学生だっつーの!」

二十歳過ぎてるのに中学生はさすがにないわ。ベビーフェイスは風間さんだけにしてくれ。私を巻き込まないで。自分の事を棚に上げて全てを小型かつ高性能のせいにしてみても、怒りは一向に収まらない。
怒り狂う私の横で、全く気にしてない素振りを見せる風間さんが尚更ムカつく。

「風間さんは悔しくないんですか!馬鹿にされてるんですよ私たち!」
「背の低さなんて、今さら気にするな」
「いや無理でしょ。普通は気にしますから」

ドヤ顔で諭され、若干引いてしまった。風間さんはもう少し自分の低身長を気にしたほうがいいと思うのは私だけだろうか。

『風間蒼也、158cmを誇りに思ってる説』が私の中で急速に浮上し、戸惑いを隠しきれない。別に身長が低いことが悪いわけではないと思うよ、でも風間さんのメンタルが強すぎて怖い。中学生と間違われたら、誰しも普通は少なからず落ち込むものだと思う。

それが、どうしてそんなに平然としていられるのか、私にはサッパリわからない。わかりたくもないけれど。まさにホラーである。

そもそも私たちが中学生レベルなのは身長だけではない。小型かつベビーフェイスなゆえに、こんなに馬鹿にされなければならないのだ。

「…人生は配られたカードで勝負するしかないと言うだろう」

諦めろってか、ふざけるな。だいたい、配られたカードって言っても、私たちは手持ちも何もない状況だからね。友達と七並べしようぜーってなってトイレに行くと、帰ってきた時には勝手に始められてる感じだからね。
何気なく 俺のカードは?とか言ってもお前の分ないから。あれ、お前いなかったんだー。小さくて存在感ないからわかんなかったよ、とか暴言吐かれて終わりだから。

「風間さんだって、達観したフリしてるけど本当は背が低いの気にしてるんじゃないんですか?牛乳ばっかり飲んでるのはあわよくば背が伸びれば、っていう下心があるからでしょ!?」
「牛乳で背は伸びない」
「あっ...」

まくし立てる私だったが、風間さんの一言で色々察し、つい口を噤んでしまう。可哀想な風間蒼也さん。略してかわいそうやさん。…涙出そう。

哀愁漂う風間さんにうっかり戦維喪失してしまいそうになったが、まだ言わなければいけないことがある。

「そもそも付き合ってないし!」

そう、これが一番の問題だ。中学生に間違えられるのは百歩譲って許すとしても、カップルと誤解されるのは許せない。付き合ってないし。付き合ってないし。

初々しいって何。中学生らしいプラトニックな恋愛してるってことを馬鹿にしたいようだけど、付き合ってませんから。勘違いにもほどがある。背中に『付き合っていません』とデカデカと書かれた紙でも貼っておくべきだったか。

本気でそう反省する私に、風間さんはいつも通りの無表情で告げた。

「なら付き合うか」

あー、はいはい。なら付き合う、…ん?
心の中で風間さんの言葉を反復すると、どうにもおかしい言葉が聞こえた気がして、一時停止した。
あれ、今なんて言ったこの人。ナラツキアウカ?ナラ、ツキアウカ?

「あの、すみませんもう一回お願いします」
「好きだ」
「ちょっと!さっきと言ってること違うじゃん!」

言うべきことはそれじゃないとわかってはいるけれど、混乱のあまりツッコミを入れてしまう。
やばい。風間さんのせいで頬が熱い。言われた私がこんなに驚いているというのに、言った本人がここまで冷静とはどういうことだ。

「……熱でもあるんですか?それとも牛乳の飲みすぎでついに頭パンクしちゃいました?」

風間さんが私のこと好きだなんて天地がひっくり返ってもありえない。冷静に見えて、頭がオーバーヒートでも起こしてるんじゃないかと本気で心配になり、そっと風間さんの額に手を当ててみる。

「あ、あつい」

どうやら熱があるようだ。よかったよかった。

「それはお前手の熱だ」
「うぐっ」

ほっと一安心したのも束の間、鋭い指摘をした風間さんは私の手首を掴み、ぐっと引き寄せた。いやいやいや。何やってんのこの人。

「ち、近いです」

私たちの間に距離なんてない、なんてふざけた詩でも書けそうなほど埋まったその隙間に、戸惑いを隠せなかった。

これが他の男だったらもう少し身長差があるから大丈夫なんだろうけど、相手は風間さんだから、身長差もあまりなく顔が非常に近い状況となっている。恥ずかしくて顔から火が出そう勢いだ。もうこのまま燃え広がって全て灰になればいいのに。

「俺はもう言った」
「え?」

淡々と返された言葉に、耳を疑う。
意味がわからない。主語をつけろ主語を!そもそもここ公共の場ですからね。恐ろしくて見られないけど周りの目が怖い。

そう言えば、存在自体忘れてたけどここには迅とか太刀川が来ているのだ。まずい。この状態はまずい。明日あいつらにどんな噂を立てられるかわかったもんじゃない。

「あの、早く離して、」
「次は、お前の番じゃないのか」
「な、ななななにが!?」

だから主語がないって。しばらくの間固まっていた私だったが、焦っていつも以上に回らない頭で必死に考える。
俺は言った、次はお前の番じゃないのか。

…つまり。
好きって言えってか!?私に好きって言えってか!?いやいや、無理でしょ。何当たり前、みたいな顔してんの。どうしたベビーフェイス21歳児。

あれ、そもそも私って風間さんのこと好きなの?
嫌いではないはずだ、何だかんだ言って色々お世話になってるし。でも、それがラブなのかと聞かれると甚だ疑問なところである。今まで恋愛対象として見たことはないはずだ。記憶のある限りでは。

お互いに無言のまま、沈黙が1分ぐらい流れた。

何を言えばいいのかわからない。

おかしいな、無口な風間さんとの沈黙がこんなに痛いことなんて、今までなかったはずなのに。


いつまで経っても何も言わない私に、風間さんは小さく溜息をつくと「もういい」と背を向けて歩き出した。

え、ちょっと待ってよ。ひどすぎる。

ズキン。
痛みで今にも心臓がちぎれそうだ。いくら恋愛経験0で告白惨敗中の私でも、このままではきっと、全てがダメになってしまうということぐらいはわかった。

そして、それを心の底から嫌だと感じている自分に気がつく。それはまるで、お気に入りのおもちゃを取られたような、馬鹿みたいに幼い感情だった。

あれ、もしかして私って…風間さんのこと好きだったりする?

マジでか。…いやいや、嘘でしょ。大した確信も持てないまま、私は人目も忘れて叫んだ。

このまま終わってしまうのは、やっぱりひどく寂しい気がする。

「と、止まれチビ!」

その一言で、ピタリ、と風間さんの足が止まった。
当たり前だ。やばい、やっちゃった感が半端ない。
ここは、可愛く『待って!』とか呼び止める場面じゃないの?チビってなんだよチビって。いつまで風間さんをディスれば気が済むんだ自分。

しかし、やってしまったことはもうどうにもならないので、顔面蒼白になりながらも必死に言葉を紡ぐ。

「か、風間さんがどうしても付き合ってほしいって言うなら、つ、つつつつきあってあげても、いいですけど…?」

しまった。考えていたのと違う。何様だ、私は。
こういうことが苦手だから仕方がない、と言い訳できないレベルだ、これは。流石に風間さんじゃなくてもこんなことを言われたらキレるだろう。

しかし、振り向いた風間さんは、仏の堤でもキレそうな私の失態に動じることなく、

「相変わらずの上から目線だな」

と笑った。
いや、笑ってはいないかもしれない。たぶん私の妄想だ。とんだ発言をした年下女子に頬を緩めるなんて、どう考えてもありえないし。そんなの風間さんじゃない。

「今日はヒール履いてないんですけどね」

引き攣った笑顔で憎まれ口を叩くと、「そのネタはもういい」と呟いた風間さんはゆっくりとこちらへ近づいてくる。

「あ、あの、」

何も言わずに私の肩を抱きしめた風間さんの体温は、私と変わらないぐらい熱を帯びていた。