外の景色をぼんやりと眺める。ずっと春の景趣にしているため、狂い咲いては散っていく桜を見ながら、「なあ、」と呟いた。
「夢を、見たんさ。現世におった頃の夢。今はもう現世に戻ることができやんから、懐かしくなったんかなあ…」
桜から視線を逸らすと、不思議そうな顔をした近侍の姿が目に入った。困らせてしまうだろうか、と思いつつ、言葉を続ける。
「こっちに来てから、呼んでくれる人がだあれもおらんからさ。名前を、呼んでほしいなって。…だめかなあ?」
こんなにも心が寂しいのはきっと、散り続ける桜を見ていたせいだ。目の前の彼はふるふると首を横に振ると、返事をする代わりにはにかんで、口を開いた。
「ゆき」
ゆき。漢字にすると、優貴。それが私の、審神者ではない私の名前。もう帰ることのできない現世に置いてきたもの。もう何年も誰にも呼ばれることのなかった、きっと、大切だったもの。過去形なのは、今の私の名前は緋月であって、優貴ではないから。
「………おおきんな。」
そう言って不器用な笑みを浮かべると、どういたしまして、と言葉が返ってきた。こうやって時々呼んでもらうことが出来るなら、もう少し、大切に持っておいても良いかもしれないな。そんなことを思いながら、そろそろおやつにしよか、と執務室を後にした。