初めてあの方にお会いしたとき、何て素敵な人なのだろうと思ったわ。私があの方をお慕いするようになるまでそう時間はかからなかった。
 けれど、どこかであの方は他の女に恋い焦がれ、私には見向きもしない運命だとわかっていた。


 だって、私はミラだから。






☆★☆




「エジプトの祝賀会にミタムン王女様をですか……?」
「そうですよ。あの子にもそろそろ外交をと思っておりましたからいい機会でしょう」
「……あの、それ私も同伴できませんでしょうか」
「……ミラ、そなたが?」
「エジプトは同盟国ではありません。ミタムン姫様はこの国で大切に守られた姫様です。エジプトの外道な輩の魔の手が襲うかもしれませぬ」
「魔の手! ふふふ、ミラは心配性ね」
「王妃様、私は冗談を言っているわけではなくて」

 だって私は知っている。
 エジプトの新ファラオ祝賀会でミタムン王女はエジプト王に恋をして……そしてアイシスに嵌められてしまうのだ。

 私はミタムン王女が死なずに済む方法として、私が名代として行くこと、私が侍女として同伴すること等あげてみたが悉く却下されてしまった。

 私は彼女が旅立つ直前までしつこいくらいに注意した。
「ミラったら心配性なんだから。大丈夫よ。私はエジプト王を見定めたらすぐに帰ってくるわ」
「ミタムン姫様、アイシス女王にはお気を付けください。例え屈辱を味わっても反撃などしないで、無事ヒッタイトへお帰りください。」
「……ミラ?」

 私の勢いに圧されたのかミタムン王女は引いていた。だが私は彼女の手を力強く握り、念押しするように言う。

「ご無事を……!」


 ミタムン王女が旅立ってしばらくして手紙が届いた。
 
 案の定メンフィス王に恋をしたミタムン王女は彼の妃になることを希望し、そして恋破れたのである。
 その便りが来たのを最後に二度と手紙が届くことはなかった。







「イズミル王子!」
「イズミル王子様! ご機嫌麗しく」

 ミタムン王女を探しにエジプトへ向かったイズミル様がお帰りになられた。
 彼は出迎えする民衆らに手を振り、悠々と城へと続く階段を登る。その姿は誰よりも輝いて見えて私は自分の胸がときめくのを抑えられなかった。
 私は居ても立ってもいられずに彼の元へと駆けていった。


「イズミル様! お帰りなさいませ!」
「おぉ、ミラか。父と母は?」
「えぇ、お二方ともお待ちですわ」

 彼は出迎えた私に微笑みかけてくれた。私はそれだけで幸せな気分になった。
 どこにも怪我なんてしてなさそうだし、よかった……
 そう思ったのもつかの間、彼の後ろから小柄な少女の姿が現れたことで私の気分は最悪なものとなった。

「……この、娘は……」
「私がエジプトからつれてきたナイルの娘だ」
「エジプトから……」

 とうとう出会ってしまったのか。恐れていたヒロインとイズミル様が。
 原作の流れ通り、話が流れていくのを私は呆然と眺める。
 ミタムン王女がエジプトで殺されたであろうことをイズミル様が報告すると、王妃様はとてもお嘆きになり、侍女である私は彼女を支えた。


 エジプト王メンフィスが熱愛する娘。 
 ナイルより生まれた娘。
 王家の妃にと望む賢い娘。

 金色の娘を取り囲みながら様々な評判が流れていく。ミタムン王女の恋敵という立場から、得難い娘という評価に変わっていく。

あぁ、イズミル様があの子に興味を持ち始めている……
 じっとしていられず私はイズミル様を引き留め、問い詰めた。

「イズミル様! あの娘をどうなさるおつもりですの?」
「あ…ミラ…母の世話を頼むよ」

 イズミル様は私の頬をそっと撫で、陛下の元へと歩み寄る。

「父上」
「イズミル、あれは不思議な娘だな」
「はい、父上。王の父上の前でも臆せずに堂々と意思をのべる……なぜかあのナイルの娘に感動を覚えました」


 ……やはり、ダメなの。私は当て馬にもなれない役どころでしかないのね。

 私はこれまでイズミル様に相応しくあろうと努力してきたわ。もしかしたらイズミル様は私を見初めてくださるかもしれないって期待があったから。

 でも……やっぱり本物のヒロインには勝てないわね。

 もういい加減に諦めるべきなのかもしれないわ。






「お父様、お母様、私あのお話お受けしようと思います」
「ようやくその気になってくれたかミラ」
「良かったわ! その方はね5才年上で……」


 以前から両親より縁談を持ちかけられていた私はその話を断ってきたがここへ来て受けることに決めた。叶わぬ恋をいつまでも引きずるわけにはいかない。

 見合いでお会いした方はヒッタイト貴族の一員。何度かお城でお見かけしたことがある。お見合いは和やかに進み、結構いい感じで終えた。
(穏やかそうな人だし、この人ならいい家族になれるかも。……そのまま話を進めてもらおう。)


 しかし、なぜか相手方からの辞退の連絡が来た。
 
 ……少しだけ凹んだけど、あちらが合わないと感じたのなら仕方ないと思うことにして、他の人ともお見合いをした。

 お見合い中に口説くように声をかけてくださる方もいるというのに何故かその後お断りの返事が来る。これで5件目だ。



 ここまで続くと自分に自信がなくなるというものだ。どうして断られるのか、私はうんうん唸りながら仕事をしていた。

 するとどこからか手が伸びてきて私の服を引っ張ってくる。ヒッタイト人の肌と比べると格段に白いその膚の持ち主は頑丈な格子の向こうで私に訴えかけてきた。


「ミラ! ねえミラ!あなたイズミル王子を愛しているのよね? 私を逃がしてお願い!」
「えっ?」
「あなたも私がいなくなった方がいいでしょう? お願いよミラ」
「……」


 ああいやだ。
 この子を見ると私の醜い女の部分が溢れてきそうになる。こんな姿……あの方に見られたくないから避けてきたというのに。


「……ご心配なく。私は他の殿方のもとへ嫁ぐことが決まっております故。……我が主君があなたをお望みとあれば、私はそれに従うまでですわ」
「そんなっ! あなたイズミル王子を」
「……あなたがそれをいいますか? ……これ以上私を惨めにさせないで」

 私は思わずキャロルを睨み付けてしまった。 
 この子が悪い訳じゃない。この子はただ巻き込まれただけ。
 だけど、あの方の寵愛を受けているのを側で見ているなんて耐えられない。
 
 これ以上私を醜くさせないで……!





「……ミラ」

 その声に私は肩を震わせた。
 だって、いつもの落ち着いた声じゃない、凍てつくように厳しい声だったから。

「い、イズミル様……」
「来い」
「えっ?」

 イズミル様は私の手首をとってその場から離れた。私はどこに連れていかれるのか。
 キャロルを害しているのかと勘違いされたのかと思って私はこれから行われる叱責と与えられる軽蔑に身のすくむ思いがした。


[newpage]


 しばらく無言のまま。イズミル様の足はまだ止まる気配がない。私はこちらを振り返らないイズミル様を見上げてみるがイラついているように見える。

 この状況が辛くて、私は思いきって声をかけた。

「あ、あの」
「誰が、誰と結婚するだと?」
「……えっ?」
「……ミラ、そなたが見合いをしているの知っている……何故だ?」
「何故って……」

 どうしてそんなことを聞かれないとならないの。私は、あなたを諦めようと思ってしている事なのに。


「……私は幸せになりたいのです」
「なに?」
「私を愛してくださる方と家庭を築き、その人の子供を産んで…平凡でもいい。女性としての幸せを欲してはなりませんか?」
「……許す、訳がないであろう……!」
「きゃっ!?」 

 グイッと体を持ち上げられたかと思えば、私は柔らかな寝台の上に転がされていた。なんで寝台?と思ったのは束の間、私の上に乗り上がったイズミル様は私の唇に噛みつくような口づけをしてきた。

 それに私は息が止まりそうな衝撃を受けた。
 夢にまでみた好きな方との口づけ。
 
 だけど夢でみたのはこんな形ではない。

「んっ……ぷは、や、やめ……んん」
「……ミラ」

 イズミル様の大きな手が私の体の上を這っていく。
 好きな方に抱かれるのは女としての夢。
 だけど、違うのだ。こんな戯れとは違う。


「や、やめてください」
「ミラよ、他の男に汚された娘が嫁に行けると思うか?」
「い、イズミル様……?」
「他の男に奪われるくらいなら私が……!」


 イズミル様はどこか焦った様子でいつもの冷静沈着なイズミル様らしくなかった。
 私の服から普段出すことのない肌が露出し、私はとうとう涙が溢れてきたのを感じた。イズミル様は私の頬をするりと撫で、熱い舌で私の涙を掬う。

「うっ……ひっく……」
「泣いても止めぬぞ。大人しくしていれば悪いようにはせぬ」
「 いや! 嫌です! こんな形であなたに抱かれるのはいや!!」
「ミラ」
「いつものあなたが好きなの! こんな、怖い、いや……」
「……え」
「私はずっとあなたをお慕いして参りました! だけど、貴方は振り向いてくださらない。だから」
「……ミラ、落ち着け。……すまぬ。私が悠長に事を進めていたせいだな」


 イズミル様は私の上から退いて、私の服を元通り直してくれた。そしてふかーいため息を吐く。

「私はこのヒッタイトを自分の力で大きくした暁にそなたを妃に迎えるつもりであったのだ」
「えっ」
「父母にもそう話をしていたからてっきりミラも知っているかと思ったが……自分でけじめは付けるべきだったな」
「き、妃?」
「昔から決めておったことだ。そなたほど妃にふさわしいものはおらぬし、一途に私を思うそなたを愛しいと思っておる。そなたもそれをわかっているものかと思っていたが……ミラ、私の妃となってくれるか?」
「イズミル様……! 嬉しいです!」
「あの娘の事でそなたをここまで追い詰めてしまったのだな。すまぬ」
「いえそんな」
「だが、浮気は感心せぬぞ? ミラ、夜は長い。しっかり話し合いをしようではないか」
「えっ」












 そのあと、エジプトとヒッタイトは戦争を起こした。こちらにはミタムン王女の弔い合戦、エジプトにはナイルの娘奪還という正当な理由があったため、お互いの仁義のために戦い、たくさん傷ついた。

 だが原作と違うのは、イズミル様はキャロルに深入りしなかったため、逃亡したときそのままわざと見逃していた。だから戦争の被害の規模が小さくなったように思える。

 結局あちらはミタムン王女の安否について走らぬ存ぜぬを通し、終戦後の講話も決裂。
 これから長いことエジプトとヒッタイトは敵対関係となることになる。




 そして私はヒッタイト王として戴冠されたイズミル様の隣で、この広いアナトリアの大地を見守り続けた。 
 彼との間には三人の子宝に恵まれ、紅一点の娘はあの姫にそっくりだったものだからイズミル様ったら親バカになられてしまって。


「かぁさま、とぉさまのことすき?」
「だぁいすきよ」
「私はー?」
「もっとだいすきー」
「うふふー」
「さぁお父様とお兄様達のもとへいきましょうねミタムン」
「はい!」


 ミタムン、ごめんね少し嘘ついたわ。
 お母様の一番はお父様なのよ。



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