ただ、最大の欠点はこれだ。
「お前は術式に頼りすぎなんだよ。体術がまるでなってねぇ。そんなんじゃ術式が通用しない相手に遭った瞬間、死ぬぞ」
まずは術式なしで俺の攻撃を受け切ってみろ。そう言ってから5分も経たずして、すでに綾はボロボロだった。言っておくが当然こちらも術式なんか使っていない。ただ少し呪力で強化した打撃を繰り出しているだけだが、非力な彼女にとってはかなり分が悪いのだろう。しかしこれは綾のための訓練、分が悪いなんてハナから分かっていた事だ。それでも一応彼女が俺の打撃を受けれているのは、精妙な呪力操作で上手く俺の呪力を中和させているからだった。
まぁそれももう限界だろう、さっきから息が上がって動きも格段に悪くなっている。それでも俺は攻撃の手を止めることはしなかった。弱者相手に容赦がないという自覚はあったが、何も殺そうとしている訳じゃない。これくらい大丈夫だろうと高を括った俺は、引導を渡すつもりで彼女の腹を突いた。
ガードが追いつかずにモロに食らった綾は、驚くほど勢い良く吹っ飛んだ。体重が軽いせいでかなり遠くまで飛ばされたのだろう、暫くしてから聞こえてきた衝撃音に思わず顔を顰める。
「受け身もまともに取れねーのかよ……マジで死ぬぞ」
内心ヤベッと焦ったものの、隣にいる頼もしい存在を思い出して溜飲を下げる。しかしその硝子からは冷やかな視線を感じた。
「ちょっとやり過ぎじゃない?」
「これでも手加減してるだろ」
「お前は馬鹿なのか? そうじゃなきゃとっくに死んでるっての」
あいつは女なんだぞ、という硝子の考えには到底賛同できなかった。呪霊にとっては男も女も関係ない、同じ人間だろうが。そんな甘い考えじゃ足掬われるぞと言ってやろうと思ったが、そもそも硝子が前線に立つことは無いなと思い直してやめた。
「大丈夫か? 綾」
「硝子先輩……いつもすみません」
「謝らなくていい」
それにしても硝子のヤツ、大して面倒見の良い性格でもないくせに随分と綾に肩入れするものだ。綾に何かしらの魅力を感じるのか、それとも俺にコテンパンにされる彼女がよほど不憫だったのかは分からないが。まぁ俺としても仲間を殺すような趣味はないため、訓練中に硝子が治療してくれるのは助かっていた。そして治療を終えるといつもフラッと居なくなる。ここまでにしておけ、という意味だろう。
勿論これ以上続けるつもりのない俺は、綾に近づいて腰を下ろした。傷は癒えたとはいえ、彼女の姿は確かに痛々しい。汗で額に張り付いた前髪や体中についた土埃、そして所々擦り切れて血が滲んだジャージが訓練の荒々しさを物語っていた。あぁ、夜蛾先生に見つかったらまた怒られるな。コイツが望んでやっている事なのに、周囲からはいつも俺が非難されるのはどうにも納得いかない。はたから見れば俺は問題児で綾は優等生、強者と弱者、男と女……どれをとっても綾が擁護されるのは致し方ないことなのか。恨めしい気持ちになりながらも、彼女の頭に付いた枯れ葉だけは手で払ってやった。
「これだけ力の差があって正面から受け止めようとするのが間違ってんだよ。もっと上手く受け“流せ”。距離をとって攻撃に転じろ」
「は、はい……」
意外と根性があるのは認めるが、ハッキリ言ってこんな華奢な体で近接は無理だ。幸い呪力コントロールには秀でているから、相手の呪力を中和させつつ打撃の威力も削ぐことで致命傷を防ぐしか無い。基本的には中距離からの攻撃、そして得意の結界術を用いた味方のサポートがコイツの戦闘スタイルだ。
「綾の結界ってどうなってんの?」
結界術はその性質上、基本的には戦闘に特化したものじゃない。ところが東雲家相伝の結界は少々特殊なものだ。……というのはあくまで聞いた話であって、実際に見たのは俺もこれが初めてだった。どうやら綾は東雲の中でも限られた人間の一人だったらしい。だからこそ危険が伴う高専への入学を許されたのかもしれないなと今更ながら思った。
「見たところ、常に呪力を流し続けてるって感じだけど」
「あぁそうですね。そんな感じです」
「でも出力は一定ってわけじゃない。必要なところに必要な分だけ、常に出力を調整しながら結界を変化させてるのか……」
「……すごい。六眼ってそんなことまで分かるんですか?」
綾の使う結界術の最大の特徴は、術師の意のままに結界の形状や性質を変えられるという点だ。簡単に言えば、自分や味方を守る『防御壁』にもなるし、相手を拘束する『檻』にもなる。戦闘においても上手く使いこなせば大きなアドバンテージを得られる。……とまぁ六眼のお陰でその理屈は理解できるものの、実際にどこまでのものかはまだまだ未知の部分が大きい。
「俺の攻撃も防げる?」
「ある程度は可能だと思いますけど、被ダメージの蓄積で破られるので五条先輩相手じゃ長くは保たないかと……」
「じゃあ俺を拘束するのは?」
「それは絶対に無理ですね。まず私の呪力が先輩に届きませんから」
「なんだよ、意外と使えねぇな」
「そう言われましても、こちらも先輩のような術師を相手に想定していないので……」
どうやら結界の強度や性能は相手との力関係、要するに呪力量や術式との相性に依存するらしい。意外と万能じゃないなと思ったが、綾の言い分はもっともだ。特級とは言わずとも一級までの呪霊相手に通用すれば十分だろう。
「まぁいいや。とにかく当分の課題は体術の強化な。10分耐えれるようになったら次の段階に移るから」
「……私それまで生きてますかね……」
「何弱音吐いてんの? 俺がここまでしてやってるんだから、さっさと強くなってよ」
スパルタだと文句を言われるかと思ったら、綾は意外そうに俺を見やった後、ゆっくり目を細めた。
「五条先輩って優しいですよね」
「………お前マゾ?」
これだけ痛い目に遭わされていながら俺にそんな事を言える綾は、しっかりイカれてると思った。
思えば最初から変な女だった。そもそも呪術師に普通の女がいるのかと聞かれても困るが、彼女の育った環境を考えれば“強くなりたい”なんて思う方が異常だ。何故か俺に懐いているようだが、五条家の人間だと知っていながら媚を売ってくる事もない。だからこそ俺はこうして訓練に付き合ってやってるのかもしれないが。
──『協力してやってもいいけど』
その言葉が単なる気まぐれだったのかは今でもよく分からない。強いて言えば、あの時怒りをぶつけてきた綾が、俺に助けを求めているように見えたからだろうか。本当に全てを諦めているのなら、俺の暴言にも『怒り』なんて感情は湧かなかっただろう。
綾は高専でできた初めての後輩。何かを変えたくて必死にもがいているのなら、手を貸してやりたいと思うのは別におかしな事じゃない。
強くなりたい、そう言って真っ直ぐ俺を見つめた彼女に目を奪われたとか、決してそういう事じゃない。誰に責められたわけでもないのに心の中で言い訳をした。
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