「おはようございます。……ってもう正午過ぎてますけど」
そして迎えた日曜日。約束なんてしていない、などと今更言っても仕方ない。13時に迎えに行くから、と一方的に告げられ拒否権のなかった私は、しっかりと粧し込んで五条さんの前に立っていた。ちなみに今日彼が担当するはずだった任務は七海くんが代わってくれたと伊地知くんから聞いた。明日にでもお礼を言っておこう。
「起きるの遅かったんですか?」
「今日が楽しみすぎて昨日なかなか寝れなかったんだよね」
「遠足前の小学生ですか」
「言ったでしょ、心は少年だって。それより今日も可愛いね」
僕のためにお洒落してくれたんだ、と上機嫌な彼に、特に否定する理由もなく頷く。だって……ねぇ? 心の中で自問しながら、私服にサングラス姿の五条さんを頭のてっぺんからつま先まで眺める。このモデルのような男の隣に立つのだから、自分も極力綺麗な姿でいたい。そう思ってしまうのは決して乙女心ではないはずだ。
「どこへ行くか決めてるんですか?」
「うん。今日はちょっと初心に帰ろうと思ってね」
別に婚約者としての義務ではないのだが、私たちは随分昔からこうして二人で出かけることがある。彼の言葉を借りると『デート』だ。最初の頃は学生時代の延長で友達と遊びに行くような感覚だったけれど、歳を重ねるにつれて自然と大人っぽいデートが増えていった。はたから見れば恋人同士にしか見えないのだろうけれど、これが当たり前となった今では照れるような間柄でもなかった。
「じゃ行こうか」
そう言って手を差し出す五条さんからは、女慣れしているというよりは育ちの良さを感じる。彼は些細なことで褒めてくれたり、デートもエスコートしてくれたりと基本的に女性に優しい人だと思う。それを硝子さんに言ったら「誰それ気持ち悪い。そんなの綾にだけだろ」と苦虫を噛み潰したような顔で言われたので、単に気を遣わせてしまっているだけかもしれないが。
婚約者だからってそんなに気を遣わなくても良いのに。そう思いつつも、相手の厚意を無下にするのはマナー違反だと教えられ育った私は、今日も黙って手を重ねる。
私が清く正しい婚約者であることを五条さんが望んでいるかは定かではないが、呪術界において私が常に『五条悟の婚約者』という目で見られていることは確かだ。彼の評判を落とすようなことをしてはいけないと無意識に自分を律しているし、外見や内面を磨くための努力もしている。元々幼い頃から多くの習い事をしてきたが、茶道、花道、書道は今でも続けているし、近年は日本舞踊と琴の教室にまで通っている。後者は五条さんのお母様との付き合いで仕方なくだが。そういった気遣いや心掛けをしているという点ではお互い様なのかもしれない。
◇
「ここって……」
「覚えてる?」
「もちろん! わぁ、まだあったんですねここ」
初心に帰る、と言われて一体何処へ連れて行かれるのかと思ったら、到着したのは高専からほど近い場所にあるゲームセンターだった。私と五条さんが在学中に何度も来たことのある思い出の地。現在は他にも学生向けの娯楽施設が増えたようだが、当時は東京とは思えないほど田舎なこの近辺で遊ぶ場所なんてごく限られていた。高専に上がるまでこういった遊び場に来たことのなかった私にとって、ここは人生初のゲームセンターだったためよく印象に残っている。
「どういう流れか忘れたけど、最初は傑と硝子も一緒に4人で来たんだっけ」
「はい。その時撮ったプリクラまだ家にありますよ。すっかり色褪せちゃってるけど、なんだか捨てられなくて」
「女子は思い出残すの好きだよねー」
「あれはお気に入りなんです。御三方に囲まれてる私っていう構図がなんともシュールで面白くって」
「完全に不良グループに絡まれてるお嬢様、って感じだったもんね綾」
当時を思い出してクツクツと笑う彼は、一体どういうつもりで私をここへ連れてきたのだろう。ただ昔を懐かしみたくなって、それを誰かに共感して欲しかったのだろうか。平気で夏油先輩の名前を出す五条さんに少し動揺させられたが、去年のクリスマスイブの出来事はもう彼の中で消化し切れたのだろうか。頭の中では様々な疑問が浮かんだけれど、彼に合わせてなるべく気にしないようにした。
「あの頃は結構来たけど、さすがに卒業してからは来てなかったよね」
「そうですね。……あ、あれって男性陣がよくやってたシューティングゲームじゃないですか?」
「本当だ懐かし〜。僕と傑は互角だったけど、七海が一番上手かった気がするなぁ」
「ふふ、コンビニアイスを賭けて勝負してたのよく覚えてますよ」
「うわめっちゃ学生っぽい」
ゲームセンターの内部は改装されているものの、思ったより変わっていなかった。昔ながらのシューティングゲームやリズムゲームの一部はそのまま残されており、見ると懐かしい思い出が蘇ってくる。
「あと五条さんが一時期クレーンゲームにハマって、私の部屋ぬいぐるみだらけにしてましたよね」
「あったねそんな事も。そういやあれどうした?」
「寮を出る時にダンボールに詰めて実家へ送りましたよ」
「まさかサトルも?」
「もちろん」
「えー酷くない? あげた時は『五条先輩だと思って大事にしますね』なんて可愛いこと言ってたのにさぁ」
「記憶を捏造するのやめてください」
ゲットする達成感を味わうためだけにクレーンゲームに挑戦していた五条さんは、とったぬいぐるみを当然の如く私に押し付けてくるので本当に困った。私だって要らないのだが捨てることもできなくて、仕方なく寮の部屋に飾っていたら気付けばベッドを占拠されていた苦い思い出もある。ちなみにサトルというのはクマのぬいぐるみのことだ。愛らしいテディベアなのに何故かサングラスをかけていて五条さんみたいだったので、彼がふざけてサトルと名付けたのだった。そのせいで愛着が湧いてしまい、彼だけ特別に実家の自室に飾ってあるのは内緒だ。
──どこからともなく視線を感じて、“またか”と思う。今に始まった事ではないけれど、五条さんはとにかく目立つ。高身長、白髪、イケメン、の三拍子が揃った彼が目立たないわけがない。今も女子高生からの視線を集めているが、彼は慣れているのか気にしていない様子だ。好意というよりは物珍しさからなのか「一緒に写真撮ってもらおうよ」などと話している声が聞こえてくると、まるで有名人だなと感心してしまう。きっと私が隣にいたら声をかけ辛いのだろうけど、こういう時どうしたら良いのか未だに分からない。繋いでいた手をさり気なく離そうとしたら、逆にぎゅっと握られてしまった。
「せっかくだし撮ろうよ」
「……え?」
一瞬どういうことかと困惑したが、五条さんが指差すものを見てすぐに理解した。それはプリントシール機──通称『プリ機』だ。おそらく昔よりも格段に進化した最新の機種なのだろう。よく分からない機能がいくら搭載されていても、全く使いこなせる気がしないのだから意味がない。そもそもプリクラなんて若者の文化じゃないのか。今の若い子はプリクラが何の略かも知らないのだろうけど。
「い、嫌ですよ。いい大人が恥ずかしい」
「いいじゃん。大人になった記念ってことで」
「やっ、ちょっと待ってくださ……」
「いいからいいから」
本当に勘弁してほしい。しかしここで必死に抵抗しても女子高生からの視線が痛いだけだろう。そう悟った私は大人しく従うことにした。グイグイと手を引かれてボックスの中に入ると、五条さんが何やら操作してからあっという間に撮影が始まった。
そこからのことはよく覚えてないけれど、どことなく疲労感を覚える私とは対照的に五条さんは終始楽しそうだった。彼は私と二人きりの時はわりと落ち着いているというか、馬鹿みたいにはしゃいだりしない。なのでここまでハイテンションな姿を見たのは久しぶりで、ふと高専時代の面影が重なる。七海くん曰く『クソガキ』だった五条さんは確かによくやんちゃをしていたけれど、年相応と考えればまだ可愛かった。今も「心は少年」と言っていたので、中身は然程変わっていないのかも知れないけれど。
しかし何もかもあの頃のままなんて、そんな事あるはずがない。時代は変わり、私たちは確かに大人になったのだ。現実を受け止めようとして、出来上がったシールに視線を落とした私は驚愕した。
「………誰?」
そこに写っていたのは私と五条さんの実物とかけ離れた姿だった。何なら10歳くらい若返って見えるので当時とそんなに変わらない、なんて絶対におかしい。
「目キラッキラ……なのは元からでしたね。それにしても五条さん女の子じゃないですか可愛い」
「綾も可愛いよ? 宇宙人みたいで」
「それ褒めてないですよね」
不自然に大きくなった目は不気味だが、女の子みたいな五条さんはちょっと面白い。くすくす笑っていると、撮った写真をデータでスマホに送っていた五条さんがとんでもない事を言い出した。
「これ待ち受けにしよーっと」
「……冗談ですよね?」
「僕はいつでも本気だけど?」
「やだ本当にやめてくださいっ」
「じゃあ硝子と七海に送るのは?」
「もっとダメです!」
私が嫌がれば嫌がるほど逆効果だという事は分かっていたが、それでも止めずにはいられなかった。五条さんなら本当にやりかねないし、あんな写真を誰かに見られたらと思うと気が気でない。私があまりに必死だったからか、予想に反してあっさり「分かったよ」と引いてくれた彼にホッと胸を撫で下ろす。
「綾は実物の方が可愛いしね」
そう言って笑う五条さんは揶揄っているわけではなさそうだ。こういう所は昔と変わったなと思う。私のことを『可愛い』と言ったり、ふわりと柔らかく笑ったり。普段はあまり意識していなかったけれど、彼も大人になったんだなぁと改めて実感した。
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