闇に紛れるように車を走らせながら、今日も予定より早く終わりそうだなと人知れず笑みを浮かべる。チラリと視線だけ隣に向けると、見慣れた光景がそこにあった。流れゆく街灯に照らされて輝く白髪は今宵も綺麗だ。
車内には私と五条の二人きり。本日の任務を完遂した彼は、私が運転する横で黙ってスマホを弄っている。後部座席の方が足を伸ばして寛げるはずなのに、彼はいつも助手席に座る。寝てて良いよと言っても彼が寝たことは一度もないので、私の運転技術はあまり信用されていないのかもしれない。ならば話しかけても良いのだろう、と勝手に解釈している私は構わず静寂を破った。
「ねぇ五条。この後空いてる?」
五条を高専へ送り届けたら私の業務も終了だ。たまには一緒に夕飯でもどうかと思い声をかけると、彼はゆったりと顔を上げて視線をフロントガラスへ移した。
「あれ、デートのお誘い?」
「うん。ご飯奢って」
「いいけど彼氏いたじゃん。もう別れたの?」
「もうって……今回は二ヶ月続いたよ」
「それ世間一般的には短い方だと思うよ」
「五条に一般論を説かれるとか屈辱なんだけど」
補助監督の私と術師の五条は同じ職場で働く『同僚』だが、いつからか『友達』という表現の方が相応しいと感じるようになっていた。一応『同期』という間柄でもあるが、高専在学中はそれほど仲が良かったわけではない。卒業してから仕事で行動を共にする機会が増え、自然と信頼関係が生まれて親しくなった感じだ。単純に“気が合う”のだと思う。こんな風に私が仕事終わりに食事に誘う相手は硝子を除けば五条だけだし、彼が二つ返事で頷く相手もおそらく私だけ。
とはいえ友達以上の特別な関係かと聞かれるとそれは違う。私たちの間に恋愛感情は一切なく、本当にただの友達だと断言できる。男女の友情なんて成立しないと思っていたけれど、例外もあるのだということを彼と出会って初めて知った。私の中の『男』という枠に唯一はまらない人物、それが『五条悟』だった。
「相変わらずだねぇ一花ちゃんは。今まで最長どれくらい続いたの?」
「えーどうだろ……三ヶ月?」
赤信号に捕まり隣へ顔を向けると、それに合わせるようにこちらを向いた五条がクツクツ笑う。馬鹿にされているのは確かだが、不思議と嫌な気はしない。
自分で言うのもなんだが私は異性にモテる。自慢でも自惚れでもなくただの事実だ。その一番の要因は、やはり顔だろう。自分のことを特別美人だとは思わないけれど、男ウケする顔立ちをしているとは思う。小さい頃から「お人形さんみたいね」「そこら辺のアイドルより可愛い」などと持て囃されて育てば、よほどの馬鹿でない限り自覚を持つというものだ。今までに告白された回数も付き合った人数も、世間一般の平均を大きく上回っていることを知ってからは一々数えるのをやめた。
「告白されたからって誰とでも付き合うの、やめたら?」
「五条に言われたくないなぁ」
「僕は付き合ってないよ」
「全部遊びってこと? それこそやめたら?」
女に刺されても知らないよ、という言葉は飲み込んだ。この男には要らぬ心配だろう。それに恋愛に関して自分がとやかく言える立場ではないことも理解している。
親友の硝子曰く、私と五条は似ているらしい。こんな不誠実な男と似ていると言われるのは心外だが、私たちをよく知る彼女が言うならそうなのかもしれない。少なくとも異性にモテるという点と、恋愛に関して“来るもの拒まず、去るもの追わず”というスタンスなのは同じだろう。しかし私は五条と違って恋人以外とセックスすることはないし、彼氏がいる時に男友達と二人で食事に行くこともしない。男友達といっても五条しかいないのだが。
「付き合うなんて面倒じゃない?」
「まぁ五条に恋愛は向いてないだろうね」
「一花に言われたくないなぁ」
「私はアンタみたいに不誠実じゃないし。ただ相手を好きになれないだけで」
そうは言ったものの、私の恋愛遍歴は誇れたものじゃない。告白されてとりあえず付き合ってみても、結局相手を好きになれずに一緒にいるのが苦痛になって別れる……というのが最早お決まりのパターンだった。私の見た目と性格のギャップに萎えて振られることもままある。そんなこんなを繰り返し、恋愛と呼べるような恋愛をしてこないまま28歳を迎えてしまったというわけだ。
「一花は顔可愛いのに性格ドライだからねぇ」
「性格クズよりマシでしょ」
「クズクズ言うけどさ、僕のことそんなに嫌いじゃないでしょ」
「んー……確かに嫌いじゃないけど好きでもないかな」
「そう? 僕は一花のこと結構好きだよ」
「それはどうもありがとう」
五条の言うように淡白な性格の私は、他人に干渉するのもされるのもあまり好きじゃない。非恋愛体質なのかもしれないが、五条だって人のことは言えないと思う。彼が一人の女性に本気になっているのは見たことがない。そう考えるとやはり私たちは似ているのかもしれない。最強術師の五条悟は性格に難ありと言われるが、私としては彼と仕事をするのが一番楽だし、この友情はずっと大切にしたいと思っている。それは五条も共通認識なのだろう。
「──で、何食べたいの?」
今日も実のない会話をしているうちに高専に到着していた。手早く車を返却した私は、アイマスクをサングラスに替えた五条の隣に並ぶ。正直アイマスク姿は不審者にしか見えないし悪目立ちするのでその配慮は助かる。タクシーを呼び到着を待つ間に、さっさと店を決めようと彼がスマホを取り出した。
五条はいつも店選びがスマートだ。必ず私の希望を聞いてくれるし、選んだ店はハズレがない。そういう所がモテる秘訣なのかもしれない。
「えー何でも良いかなぁ」
「そ? じゃあフレンチね」
「フレンチ? 珍しいね」
「デートっぽいでしょ? 一花がフリーになったら一緒に行こうと思ってた店があるんだ」
「何それ、私が別れるの待ってたの?」
「うん。どうせすぐ別れると思ってさ」
「その笑顔イラっとするわ」
馬鹿にしているのか喜んでいるのか、私が別れたというのに嬉しそうな笑みを浮かべる五条に悪態をつく。この男は術師としての才能を全て持って生まれた代わりに、人として大事なものを母親の腹の中に置いてきたらしい。
「ていうか、デートしてくれる子なんて私じゃなくても腐るほどいるでしょ」
「そうだけど、僕は友達思いのナイスガイだから」
「どういう意味?」
「振られて傷心の一花ちゃんを慰めてあげようと思って待ってたんじゃん」
「だから台詞と態度が一致してないんだってば」
ニコニコ笑う五条を見て、慰めるなんてどの口が言うんだと呆れた。そもそも私は振られたわけではないのだが。
しかしそう言われてみれば、私が彼氏と別れた後は決まって五条が高級ディナーに連れて行ってくれるような気もする。それは単なる偶然ではなかったということなのか。
「一花は別れた後いつも落ち込むからさ」
その台詞に驚いて五条を見つめた。……やはりこの男は侮れない。五条は自分本位に見えてよく周りを見ているし、気に入っている相手には気も遣える。彼にとって『友達』である私は一応その対象らしい。
確かに五条の言う通りかもしれない。誰と付き合っても上手くいかなくて、別れる度に自己嫌悪に陥っていたのも否定できない。これでも男を見る目はあると思うし、可愛げのない私の性格を受け入れてくれる人もそれなりにいた。先日別れたばかりの元カレもそうだ。優しくて尽くしてくれて、本当に良い人だったと思う。何も不満なんてなかったのに、そんな相手のことも好きになれない私にはやはり恋愛は向いていないのかもしれない。
「確かに……馬鹿みたいだよね。どうしてこんなこと繰り返してるのか、自分でもよく分からないんだけど……」
「分からないの?」
「……え?」
「分からないなら教えてあげる」
予想外の返しに戸惑う私を、いつになく真剣な碧眼が捉えた。
「一花が懲りずに男と付き合うのは、本気で恋愛したいって思ってるからだよ」
……そう、なのかな。絶対的な自信を覗かせる物言いをされると、何だかそんな気がしてしまう。こういった五条の発言はいつも的を射ており、納得させられることが多いのも事実だった。彼に私の心理が分かるのは、私たちが似たもの同士だからなのだろうか。
「──ねぇ、僕と付き合わない?」
思いがけない告白に言葉を失う。そんなことは初めてだった。
人よりモテる人生を送ってきた私は、自分に向けられる好意に対して敏い方だ。ある程度親しくなった頃に、そろそろ告白されるだろうな……という予感はほぼ的中する。しかし唯一の男友達である五条からの告白は、完全に私の意表を突くものだった。そもそも彼が本気で私のことを好きとは思えない。
だからこれは告白ではなく『提案』に過ぎないのだろう。そう理解しながらも、予期せぬ展開に心臓の鼓動が速まるのを感じていた。
「絶対に僕のこと好きにさせてみせるから」
──不敵に笑う五条に、少しだけ見惚れた。
すぐに我に返ったものの、彼の意図が読めなくて眉を顰める。女に困っていない彼が、わざわざ自分を好いていない女と付き合うメリットとは何なのか。今まで誰にも本気になったことのない私を落としてみたい、そんなゲーム感覚なのだろうか。少しの間思考を巡らせてみたけれど、私の知る『男』という枠にはまらない彼の考えを推し量ろうなんて到底無理な話だった。
「すっごい自信……ていうか付き合うのは面倒なんじゃなかったの」
「そうだけど、一花ならいいよ」
「何その特別扱い」
「だって特別だもん。付き合うなら一花が良いなぁってずっと思ってたし」
「……正気?」
「本気」
……どういうことなの。これじゃあまるで、本当に告白されているみたいじゃない。──いや、違う。きっとゲームは既に始まっているんだ。好きでもない女を自分に惚れさせるなんて少々悪趣味なゲームだが、好きでもない男との交際を繰り返してきた私には五条を真っ向から批判することも難しい。
ただ五条は私のことを「告白されたら誰とでも付き合う女」と思っているみたいだが、それは誤りだ。私はいつも相手からの好意に気付いた時点で、脈ありか脈なしかのサインを出している。つまり嫌だと思った相手は告白される前に断っているため、付き合っても良いと思った相手としか付き合っていない。しかし五条に対しては何のサインも出していないはずなのに、ここまで自信に満ち溢れているのはさすが五条悟と言うべきか。
「……いいよ」
例えゲームだったとしても、私の性格を理解した上で付き合おうと言ってくれたのは五条が初めてで、それが少しだけ嬉しかった。きっとこれが彼の『提案』を受け入れた理由だ。多分疲れてしまったのだと思う。特にこの見た目のせいで「もっと女の子らしい子だと思った」とか「意外と冷めてるよね」とか、勝手に幻想を抱かれては幻滅されるのはもう懲り懲り。その辺は私のことを知り尽くした五条なら問題ないだろう。私以上にロクな恋愛をしてなさそうな男と付き合っても好きになれるのかは怪しいが、五条相手に気負う必要もないし物は試しだ。──そう思っている私も、ゲーム感覚で恋愛をしているのだろうか。
「それじゃこれからよろしく」
「……あぁでも待って。やっぱ無理」
「無理って酷くない? なんでよ」
「だって五条さぁ」
一つだけ問題を見つけてしまい待ったをかけた。
いくら何でも言い合える友達だとしても、突然こんなことを尋ねるのはどうかと少し躊躇う。けれど付き合う上で重要なことなので、これだけはどうしても聞いておかなければならなかった。
「私とセックスできるの?」
一瞬きょとんとした五条は、スッと私の頬に手を添えて親指で唇をなぞった。そのままキスしそうな距離まで顔を近づけられて息を呑む。
五条は他の男とは違う、なんて誰が言った?
友情を大切にしたいと思っていたのは私だけだったのだろうか。五条にとっては『友達』の私も、彼の周りに群がる『女』と同じ存在なのだろうか。混乱する頭で導き出した真実に愕然とする。
どうやら私は『五条悟』のことを誤解していたようだ。
「試してみる?」
口の端を持ち上げて妖艶な笑みを浮かべる五条は、やっぱり私のよく知る『男』だった。