05

 次の休みなんていつになるかと思いきや、案外早くその日はやって来た。水曜日の昼に都内某駅で待ち合わせ。先に着いていたのは意外にも悟。「ごめん待った?」「ううん今来たとこ」なんて陳腐な言葉を交わし、お互いに見慣れない私服姿で向かう先は動物園。──何だかすごくデートっぽい。よくあるデート風景も、隣にいるのが悟というだけで新鮮味が増す。『オフに髪下ろしてたらただのイケメンじゃん』とか『悟ってこんなに背高かったっけ?』とか、普段なら気に留めないことばかり意識してしまうのは少しだけ可笑しい。そして違和感を抱いているのは彼の方も同じらしい。

「スカートだと思わなかったな。普段パンツスーツだから新鮮」
「私服はスカートの方が多いよ。変?」
「ううん。可愛い可愛い」

 連日の任務で疲れているはずなのに、いつもより機嫌の良さそうな悟を見てこちらも口元を緩めた。休暇なんて滅多に取れない彼にとって、今日のデートが少しでも息抜きになれば良いのだけれど。なんて、少しは彼女らしいことを思いながら。
 目的地の動物園に着くと、平日の昼間とあって人は少なかった。家族連れよりもカップルの方が多いだろうか。デートでよく行くのは水族館だが、私は動物園の方が好き。大人になると中々「動物園行こうよ」とはならないため、実は今日のデートを結構楽しみにしていた。悟も意外と動物園が好きなのかな……と思いながらチラリと様子を窺うと、丁度こちらを見ていた彼と視線がぶつかる。どうしたの、と尋ねる前に「何でもない」と言った彼は、私の手をとって入り口のゲートをくぐった。

「悟こっち。パンダ見よパンダ」
「えー? パンダなんていつでも見れるじゃん」
「パンダくんのこと言ってる? あれパンダじゃないから」

 平然と二足歩行したり人語を話すパンダをパンダとは呼ばない。本物の愛らしいパンダを一目見たい私は、ぐいっと悟の腕を引いて観覧列に並んだ。パンダは一番の人気者なので、観覧するには順番待ちをしなければならない。動物たちの間にも格差が存在するのだから、我々人間にもあって当然だよなぁと思う。

「凄いね〜パンダが四足歩行してるよ」
「いやそれが普通だから」
「パンダの地肌は全身白なんだって。知ってた?」
「うん。わりと有名じゃない?」
「マジ? 知らなかった」

 一花が物知りなだけだよ、と言われたがそんな事はないと思う。あまり動物に興味のなさそうな悟がこのデートを楽しめるのか少し不安だったけれど、いざ来てみると子どものような反応を見せる彼は少し可愛い。

「一花見て、オオカミいる」
「オオカミ?」

 動物園にいたっけ? と思ったが、悟の指差す先には確かにオオカミがいた。犬と似ているが目つきは鋭く大きな犬歯も目立つので、人によっては怖いという印象を受けるかもしれない。しかしこうして見ると、尻尾を振って餌を待ったり仲間同士で戯れ合う姿は犬に違わず可愛らしい。

「本当だ。可愛い」
「犬だと思ってるでしょ」
「同じイヌ科じゃん。伏黒くんの式神にも似てるし」
「玉犬のこと?」
「多分それ。あの子も可愛い」
「一花犬好きだもんねぇ。今度触らせてもらえば?」

 それは名案だが、果たして式神ってモフモフしているのだろうか。悟に聞いてみても教えてくれないので自分で確かめるしかなさそうだ。昔実家で犬を飼っていたこともあり、私は猫より犬派だ。以前悟や硝子とその話をした際に「一花が猫属性なのに意外」なんて驚かれたけれど、それとこれとは話が別だろう。
 それからしばらく歩き、園内の各エリアを順路通りに回っていく。途中で「疲れてない?」と聞いてくる悟は彼氏っぽいなと思ったが、それを言ったら「彼氏じゃん」と拗ねられた。……確かに失言だったかもしれない。彼と交際を始めてからもう一ヶ月が経過したのだから、そろそろ認識を改めるべきだろう。悟は私の『友達』ではなく『彼氏』であると。私は本気で恋愛をするために、彼と付き合っているのだから。そんな風に自分を鼓舞した直後、ある動物が目に入った私は少しばかり声を弾ませた。

「あっ、ねぇ悟」
「んー?」
「ちょっと来て、ここに立って」

 あとサングラス外してくれる? と頼むと案外アッサリ了承を得られた。露わになった六眼に対して「やっぱり綺麗だな」と月並みな感想を抱きながら自身のスマホを構える。類稀なるイケメンの出現に若干周囲が色めき立ったのを感じたが、それに動じることなくシャッターを切った。

「ふふ、可愛い」
「可愛い?」
「ほら見て。そっくり」
「……まぁ髪と目の色は同じだけどさ」

 悟とホワイトタイガーのツーショットを満足気に眺める私とは対照的に、彼は少し不服そうにしている。よく撮れているのだが、どうやら『可愛い』という褒め言葉が気に入らないらしい。
 悟は知らないと思うが、ホワイトタイガーは白虎とも呼ばれる神獣で『戦神』でもある。この男もまさに呪術界の戦神と呼ぶに相応しいので、そういう所も含めて似ていると思ったのだが敢えて黙っておいた。

「何でも可愛い可愛い言うのやめな?」
「はいはい格好良い格好良い」
「一花も撮ってあげるよ」
「いい。写真撮られるの好きじゃない」
「自分は撮っといてそれ?」

 呆れたように笑った悟に「少し休憩しようよ」と言われて、私たちは近くのベンチに腰掛けた。そういえば少しだけ疲れたかもしれない。休日にこんなに歩いたのは久しぶりだ。どちらかと言えばインドア派の私は、デートや女友達との約束でもない限り休日に外に出ることは少ない。……そういえば悟はどうなんだろう。彼とは長い付き合いだが、実はプライベートな部分はあまり知らない。恋人なんだからそれくらい知っておくべきだろうか。そんなことを考えていると、二人分の飲み物を買いに行っていた悟が戻って来る。──こうして見ると、悟は気配り上手でよくできた彼氏だ。なのにその優しさを邪推してしまう私は彼女失格かもしれない。
 だがそれも仕方のないことだろう。仮に私が本気になったところで、彼にとってこれはただのゲームなのだから。そのアンバランス感が少し気持ち悪いと感じ始めていた。

「学生の頃、二人で動物園行ったの覚えてる?」
「……え?」

 一体何の話かと、彼の出し抜けの質問に首を傾げるのはこれで二度目だ。特別記憶力が良いわけでもないのに、突然学生の頃の話を持ち出されても困る。しかも二人で動物園なんて、本当に相手は私で合っているのか疑わしい。現代ならともかく、学生時代の私たちは間違いなく二人で遊びに出かけるような仲ではなかったのだ。訝しむ私を見て小さく笑った彼は、10年も前の出来事をまた昨日の事のように話し出す。

「地方での任務帰りにさ、近くに寂れた動物園があって、早く終わったから時間潰しに寄ったんだよ」
「そんなことあったっけ?」
「うん。動物園ではしゃぐ一花可愛かったな〜今も可愛いけど」
「……あのさぁ、適当なことばっかり言ってない?」
「いや事実だって。あの時一花が『また行こうね』って言ったから、10年ぶりに約束果たしたんじゃん」

 思わぬ形で、悟が今回の動物園デートを決行した理由が判明した。彼がわざわざ作り話をする意味なんて無いことは分かっているが、それでもまだ完全には信じ難い。確かに子どもの頃から動物園は好きだけれど……「また行こうね」なんて本当に私が言ったのだろうか。

「全く記憶にない……よく覚えてるね」
「実はこの前夢に高専時代の一花が出てきてさぁ。それで色々思い出したんだよね」
「昔の事?」
「そう」

 昔の事といっても、私と悟に共通する思い出話なんてそれほど多くはないだろう。そう思ったけれど、悟は当時を懐かしむようにあれこれ話し出す。

「一花は昔から僕に興味なくて困ったよ」
「別に困ることなくない?」
「僕より傑の方がタイプとか言ってたし」
「それはまぁ妥当な評価でしょ」
「今より少しツンツンしてたけど、その分デレの威力もあったよね」
「あははっ、何それ」

 悟の前でデレた覚えはないんだけど、と笑う。そもそも自分がツンデレキャラだった覚えもないのだが。それにツンツンしていたのは悟の方だろう。今よりずっと口が悪くて、今ほど女慣れしていなくて、よくヤンチャをして夜蛾学長に叱られていた。巻き添えを食らった夏油と二人仲良く罰掃除する姿を見て、私はいつも「馬鹿じゃないの」と笑っていたんだっけ。釣られるように昔を思い出す私の隣で、悟が優しく目を細める。そして唐突に、今までに聞いたことのない柔らかい声色で呟いた。

「……変わらないね、一花は」
「? さと……」

 最後まで名前を呼び終える前に唇を塞がれた。
 隣から覗き込むようにして私にキスした悟は、余韻も何も残さず離れていく。あまりに突然の出来事で、目を瞑る暇もなかった。キスする時は目を瞑るのがマナーだなんて言われても、そもそもムードなんて何処にも無かったのだから仕方ない。唖然として悟を見上げると、ニコニコとすっかり機嫌の良さそうな笑みを浮かべている。

「……なに」
「今そういう雰囲気だったじゃん?」
「全然?」

 ……意味が分からない。こんな突拍子もないキスは生まれて初めてだ。そう非難するように小さく睨みつけたが、どこ吹く風といった態度の彼に結局呆れた。

「外でこういう事するのやめてよ」
「じゃあこの後一花ん家行っていい?」
「えー……私明日早いんだよね」
「大丈夫、僕も早いから」
「何が大丈夫なのそれ」

 いいけど泊まらないで帰ってね、と伝えたが果たして効果はあるだろうか。悟が家に来るということは、当然セックスする展開だって想定しなければならない。一応それを含めて了承したわけだが、彼とではやはりムードも何も無いのでは……と少々心配になる。しかしまた酒の力を借りるなんてことは避けたい。何故なら悟は私の彼氏で、私は本気で恋愛をするために彼と付き合っているのだから。





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