10
厳しかった暑さが和らぎ、気付けばセミの鳴き声も聞こえなくなっていた。熱風のように漂っていた大気も、今は風が吹けば心地良く感じる。そんな風に、私と出水くんの関係も少しずつ変化していった。
防衛任務を終え出水くんと帰宅しようとすると、スクールバッグの他に大荷物を抱える私を見た彼が不思議そうな顔をする。何も言わずにそれを奪う彼は相変わらず優しいし、結構重いはずなのに軽々抱えてしまうのはやっぱり男の子だなぁなんて当たり前のことを思った。
「ごめんね。ありがとう」
「ん。何入ってんのこれ」
「文化祭で使う衣装。ミシン使いたいから家に持って帰って作るの」
「うわー大変だな」
「ううん、楽しいよ」
「おまえってほんとポジティブな」
可笑しそうに笑った出水くんは、反対の腕を伸ばして私の手をとる。最初は照れ臭かった恋人繋ぎも、ようやく少しだけ慣れてきた。あまり手汗を気にしなくて済むようになった季節に感謝しながら、今日も7割の歩幅で帰路につく。
「出水くんのとこは準備順調?」
「……んー」
「ねぇ猫耳ってカチューシャ?」
「カチューシャ、だったような……」
「色は白? 黒? 出水くんはどっちでも似合いそうだな〜」
「……」
「? 出水くん?」
……おかしいな、返事がない。猫耳をイジられたのがそんなに嫌だったのだろうか。私としては尻尾や肉球はどうするのかと、猫コスチュームについてもっと問い詰めてみたいところなのに。
「出水くん? 出水くんってばぁ」
顔を見上げながら少し大きな声で呼びかけてみても、何故か無視されてしまい首を傾げる。……しっかり目が合っているのにどういうこと? と私が顔を顰めると、出水くんもまさに同じような顔をした。
「おまえいつまで『出水くん』呼びなの」
「え?」
「おれは名前で呼んでるのに」
「……もしかして、名前で呼んで欲しいから最近私のこと『陽葵』って呼ぶようになったの?」
その問いに彼は何も答えないが、沈黙は肯定とはよく言ったものだ。思わぬ事実が判明し顔がニヤける。
「公平くん」
「……」
「こーへーくん」
……おかしいな。今度はちゃんと下の名前で呼んだのに返事がない。やっぱり気に入らなかったのだろうか、と一瞬不安になったがそうではないらしい。少し頬を染めて視線を逸らす彼は案外わかりやすくて助かる。
「照れてる?」
「うるせー」
「ふふ、照れてる」
「バカにすんなし」
「してないよ。嬉しいの」
恋するって幸せなことだな、と思う。片思いしていた時も十分幸せだったけれど、やっぱり思いが通じ合った今の方がもっと幸せだ。
「ドキドキしてるの私だけかと思ったから。よかったぁ」
そう言って笑うと、公平くんは更に赤くなった顔を思い切り歪ませて項垂れた。その反応を見た私はしたり顔になる。彼が私の言動に対して照れたり喜んだり困ったり悩んだり……そんな風に一喜一憂してくれるのは嬉しい。私だけじゃないのだと知ると一層幸せな気持ちになって、ふにゃりと顔が綻んだ。
「っ、おまえさぁ、ほんっと……」
「え? わっ」
少し乱暴に腕を引かれた私は、公平くんの腕の中にすっぽりと収まってしまった。それだけでもドキドキと心臓がうるさいのに「あんま可愛いこと言うなって……」と耳元で呟く彼はずるいと思う。今度は私が照れてしまう番だった。真っ赤になった顔を上げられなくて、彼の胸板に顔を埋める。幸せもドキドキも伝染するものだということを身を以て知った。
「でもみんなの前で名前で呼んだりしたら、付き合ってるのバレちゃうね」
「いや、前から付き合ってると思われてたんだから今更じゃね?」
「でも絶対冷やかされるよやだ〜」
「それも今更だろ」
「そうなの?」
「そーだよ」
「……ふふ、そっか」
こんなくだらない会話も、公平くんとなら楽しい。彼に恋する限り悩みも尽きないけれど、それでも私は宇宙一幸せな女の子になれるのだ。
「公平くん」
「なんだよ」
「えへへ、大好き」
「……おれも」
「えー! そこはちゃんと言って欲しいなぁ」
もう彼女なんだから、少しくらい我が儘言ってもいいよね。そんな思いで強請るようにじっと見つめると、気付いた公平くんが柔らかく目を細めた。それは最近よく私の前で見せる表情で、少し大人っぽくて格好良い。この前柚宇さんに「やだ出水くんってば陽葵ちゃんのこと好きでしょうがないって顔してるよ〜」と揶揄われていたけれど、正直私もそう思う。……でもそれが好きで仕方ないのだ、私は。また米屋くんに「バカップルめ」なんて言われてしまいそうだが、今は「そうだよ」と返せることが嬉しい。
「好きだよ陽葵」
彼が『好き』をくれる度に私はもっと『幸せ』が募って、天文学的に大きくなっていく。
それってなんてロマンティックな恋だろう、そう考えてまた笑顔が溢れた。
To be continued ……