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自販機で飲み物を買うためボーダー本部のラウンジを訪れると、いつもよりC級隊員で賑わっていた。その光景を眺めて、昔に比べて随分と隊員が増えたなぁなんて思う。今季始まったばかりのB級ランク戦の話題に花を咲かせる彼らの姿は、かつての自分や公平くんと重なり感慨深い。
少し様子を見ていたせいか、いつの間にか私の方が彼らの視線を集めていることに気付いて慌てて自販機の前に立った。そりゃA級の私がいたら話しづらいこともあるよね……と思いながらミルクティーのボタンを押す。邪魔をしないように急いで立ち去ろうとすると、前方から見知った二人が歩いて来るのが視界に入った。遠目からでも存在感を放つ『ボーダーの顔』は、私に気付くと爽やかに片手を上げる。
「いたいた。美山ちょっといいか」
「嵐山さん。お疲れさまです」
「佐鳥もいますよー」
いつ見ても忙しそうにしている嵐山さんに会うとつい「お疲れさま」と労いの言葉をかけてしまう。嵐山隊の二人が揃っているということは広報の仕事中だろうか。ここ最近入隊希望者が増えていると聞くが、それも彼らの尽力があってこそだろう。
どうやら私を探していたようなので「何かありました?」と尋ねると、嵐山さんがテキパキと本題に入った。
「今度広報の雑誌で女性隊員特集をやるんだが、美山にも協力してもらえないかと思って」
「女性隊員特集……インタビューとか受ける感じですか?」
「あと写真一枚くらい撮らせてもらうと思うけど。頼めるか?」
「わかりました。それくらい大丈夫ですよ」
「ありがとうな。助かる」
オペレーターを除く女性戦闘員は案外少ないので、こういった仕事は今までも何度か引き受けたことがある。メディアに露出するのはあまり気が進まないけれど、固定給をもらっている身としては断りづらいというのが正直なところだ。つまりこれも仕事の一環と割り切っている。
「珍しいね美山先輩」
「なにが?」
「いつもは広報の仕事嫌がるじゃん」
「あーそれは私っていうか出水くんが……」
「出水?」
私が言葉を濁すと、嵐山さんが不思議そうに首を傾げた。公平くんと付き合い始めたことは自ら言いふらしていないので、おそらくこの二人は知らないだろう。人前では「出水くん」と呼ぶ私に最初は不満そうな顔をしていた公平くんも、結局折れてくれたので私たちの関係は一見今まで通りだ。別に隠したいわけではないのだが、ボーダーの知り合いに報告するのは何となく気恥ずかしい。さすがに太刀川隊のメンバーと、仲の良い友人には報告したけれど。
しかし以前と変わらず私たちをカップル扱いする周囲の対応を見ていると、伝えたところで“今更”というか、その必要も無いような気がしてくる。
「私が広報の仕事すると、出水くんが不機嫌になるんです」
「ははっ、美山のファンが増えるのが嫌なんだろ」
「ファンって……嵐山さんじゃあるまいし」
「なんだ自覚なしか?」
「余裕そうに見えて案外余裕ねーんだな出水先輩」
「その発言、出水くんが聞いてたら蜂の巣にされてるよ」
「でも美山先輩が浮気した時も相当焦ってたしなー」
「だからあれは浮気じゃないってば」
そういえばそんな誤解をされたこともあったな……と以前三輪くんと一緒に帰った日のことを思い出す。あの時は公平くんがヤキモチを焼いてくれたので結果オーライだったけれど、今はもう付き合っているのだから彼を不安にさせるようなことはしたくない。まぁ私は公平くんと違ってモテないし、そんな心配も要らないだろうけれど。
しかし嵐山さんのような人気者と付き合うとなると骨が折れそうだ。聞いた話では、街で女性ファンに声をかけられた時も快く写真撮影や握手に応じているらしい。私は公平くんが女の子とそんなことをするって想像しただけでも気が気じゃないのに。嵐山さんの彼女になる人は相当覚悟が必要だろうなぁ……と気を揉む私の横で、当事者の彼は「それはさておき」と言って話を仕切り直した。
「美山に憧れて入隊する女性隊員も多いから、根付さんもいつも感謝してるぞ」
「今のC級B級には美山先輩を目標にしてる子も多いしね」
「えーそれはめちゃくちゃ嬉しい……」
「木虎だって今でも美山のログ見て研究してるし」
「木虎ちゃんが? 私てっきり嫌われてると思ってました……」
「素直じゃないからなぁアイツは」
何だか二人に持ち上げられている感は否めないが、やはり褒められるのは嬉しい。しかし木虎ちゃんは会うといつも素っ気ないし敵意を向けられているとさえ思っていたので、嵐山さんの言葉には驚いた。あの態度は嫌われているのではなくライバル視されている、という解釈で良いのだろうか。
確かに木虎ちゃんとは戦闘スタイルが似ているし、同じA級女性隊員として私も彼女の活躍に刺激を受けている節がある。優秀な後輩にライバル視してもらえるのは光栄だが、せっかくならもっと仲良くなりたいところだ。今度遥ちゃんに協力してもらってご飯にでも誘ってみようかな。
「そういう訳だから、出水には悪いけど今回もよろしくな。詳細はまた連絡する」
「了解ですー」
「ちゃんと出水先輩の機嫌取っといて下さいねー八つ当たりされるのオレなんで」
二人に手を振って別れた後、去り際の佐鳥くんの言葉に少々頭を悩ませてしまった。機嫌を取れと言われても、具体的にどうすれば良いのか見当もつかない。そもそも公平くんってそんなにヤキモチ焼くタイプに見えないけどな……でも佐鳥くんは八つ当たりされるって言うし……うーんよくわからない。
あれこれ考えた末に結論を出せなかった私は、とりあえず自販機でみかんジュースを買い足しておいた。
◇
「あれっ、とりまるくん!?」
「美山先輩。お邪魔してます」
ラウンジから作戦室に戻った私は、予期せぬ来客の姿に驚いた。玉狛支部へ転属したとりまるくんが遊びに来てくれるなんて珍しい。今は私と公平くん以外の人たちは留守にしているが、この部屋にこうして三人揃うのも久しぶりだ。お邪魔も何も、とりまるくんは元太刀川隊のメンバーなのだから、遠慮せずに我が家のように寛いでくれていいのに。
「えー何どうしたの? 太刀川隊が恋しくなっちゃった感じ?」
「まぁそんな感じっすかね」
「あらやだ嬉しい〜! あっ今お茶入れるね。いいとこの大福あるからゆっくりしていってー」
「どうもすみません」
「あ、フルーツ入ってるやつ? おれも食いたい」
「はいはーい」
うきうきと返事をした私は、頂き物のフルーツ大福を取り出してお茶の準備を始めた。普段和菓子はそこまで好んで食べないけれど、この大福は別である。ジューシーな果実が優しい甘さのクリームとふわふわのお餅で包まれたそれはとにかく絶品なのだ。本当は太刀川隊の皆が揃った時に食べようと思っていたけれど、せっかくとりまるくんが来てくれたので開けてしまおう。さすがに大福には緑茶だろうと思い、ミルクティーとみかんジュースは冷蔵庫にしまった。
「それにしてもとりまるくん、ちょっと見ないうちにますます男前になっちゃって〜。彼女できた?」
「おまえさっきから親戚のおばちゃんみたいになってんぞ」
呆れ顔で言う公平くんのツッコミは無視してお茶を並べた。とりまるくんはしっかり者で年の割に落ち着いているけれど、どこか世話を焼きたくなる可愛らしさも持ち合わせているのできっと年上からもモテるのだろう。冗談なんだかよくわからない台詞を真顔で言うのも面白い。しかし「俺は彼女できてませんけど……」の後に続く彼の台詞は、少なからず私を動揺させるものだった。
「美山先輩は彼氏できたんですね。おめでとうございます」
「んぐっ。だ、誰がそんなこと……」
「こちらの彼氏さんが」
「別に京介に隠す必要もねーだろ」
ココ粉ついてる、と言って公平くんが自身の口元を指差すのを見て、慌てて同じ場所をティッシュで拭った。この大福はとても美味しいけれど食べるのが少し難しい。
確かにとりまるくんのことは今でもチームメイトのように思っているので、彼にだけ隠すのも変な話だ。特段驚きもしないとりまるくんの反応は、やはり他の太刀川隊メンバーと相通ずるものがある。少々緊張しながら報告したにも関わらず、上の二人には「はいはいよかったな」「おめでと〜」の一言で片付けられてしまったのであの時は本当に拍子抜けしてしまった。唯我くんだけは「えっ!? お二人今まで付き合ってなかったんですか!?」と別の意味で驚いてくれたけれど。
とりまるくんもずっと私が公平くんに片思いしていたことを知っているので、おめでとうと言われるのは嬉しいけれど少し照れ臭い。しかし彼なら私たちを冷やかしたりしないだろうと思った私は、お礼ついでにこんなことを言ってしまった。
「聞いてよとりまるくん〜。出水くんってば私に好きって言う前にキスしてきてさぁ」
「あっバカそれは隠しとけよ!」
「しかもちゃんと告白したの私からなんだよ? どう思う?」
「相変わらず仲がよろしいことで」
「もう、真剣に聞いてよ〜」
とりまるくんは昔からこうだ。私が公平くんのことで相談したり愚痴をこぼしたりしても、いつも適当に相槌を打ちながら聞き流してしまう。そして私が「聞いてる?」と言うと真顔で「聞いてます聞いてます」と言うのだ。絶対嘘じゃん……とは思うが、そんなところも憎めない。
「でもよかったじゃないですか。これで周りもやきもきしなくて済みますね」
「やきもきしてたの? とりまるくんも?」
「それはもう。俺なんて出水先輩の八つ当たりの一番の被害者ですから」
「だーおまえまで余計なこと言うなって!」
「八つ当たり……」
さっき佐鳥くんもそんなことを言っていた。今まで知らなかったけれど、公平くんって意外とヤキモチ焼きなのだろうか。晴れて彼女になったとはいえ、彼について知らないことがまだまだたくさんあることに気付かされる。
「あ……もうこんな時間。唯我が来たらうるさそうなので、そろそろ帰ります」
「えーもう?」
もうちょっと話そうよ、と言ってとりまるくんの腕を掴んだら、その手はとりまるくんじゃなく公平くんに払われてしまった。驚いて彼を見ると「あんま京介困らせんなって」と言いながら険しい顔をしている。困らせるつもりはなかったのだが、私はとりまるくんと学校も違うしあまり話せる機会がないため、少々名残惜しくなってしまったのだ。
「う、うん。ごめんねとりまるくん」
「いえ。今度玉狛にも遊びに来てください。小南先輩も会いたがってましたよ」
「えっいいの? 行く行く! 私も桐絵ちゃんに会いたいよ〜」
「また宇佐美先輩と三人でパジャマパーティーしたらいいじゃないですか」
「あはは、そうする! じゃあまたねとりまるくん」
「気ぃつけて帰れよー」
「はい。ご馳走様でした」
お幸せに、と言って帰って行くとりまるくんを見送り、部屋の中へ戻った私はテーブルの上を片付け始めた。とりまるくんが居なくなってしまった今、この部屋は私が片付けないと散らかり放題なのでいつも気が抜けない。残りの大福を綺麗に箱の中に並べようとしたら、横から公平くんがもう一つ手に取った。やっぱりみかんが好きなんだな、と大福から覗く果実を見て思う。もう食べないことを確認して冷蔵庫にしまいに行くと、突然公平くんが口を開いた。
「おまえほんと京介好きな」
「公平くんだってそうじゃん」
「陽葵はベタベタしすぎ」
「えぇ? ベタベタなんてしてないよ」
「してた」
何だか拗ねたような言い方が気になってソファに戻り、公平くんの隣に腰掛ける。身に覚えのないことを責められて最初は戸惑ったが、どうやら本気で怒っているわけではなさそうだ。じっと顔を見つめると彼はバツが悪そうにそっぽを向く。……もしかしたらこれもヤキモチなのだろうか。
そんな考えが過ぎった直後、“ある事”に気付いた私は密かに笑みを浮かべる。少し身を乗り出して顔に唇を寄せると、ピクッと体を強張らせた彼の口元に触れた。
「なっ、んだよ……」
「えへへ、粉ついてたから」
口の端についた大福の粉を舐めるようにキスした私を、公平くんは赤くなった顔で言いたげに見つめる。どうやら彼は不意打ちに弱いらしい。悪戯が成功したような気分になって満足げに笑うと、公平くんは「はあぁぁぁー……」と長い溜め息を吐きながらテーブルに突っ伏した。
「ここで煽んのやめろってマジで……」
「? どゆこと?」
「作戦室では自重しろって太刀川さんに釘刺されてんのおれは」
「ご、ごめん……?」
頭をテーブルに預けたまま恨めしげにこちらを見上げた公平くんは、私の顔に手を伸ばして親指で唇に触れた。感触を確かめるようにフニフニと弱い力で押されると、焦ったい気持ちにさせられる。指じゃなくてちゃんと触れて欲しいな……。ダメだと言われると、かえってしたくなるのが人の心理というものだ。前に一度だけした大人のキスだと困ってしまうけれど、そうじゃなければ……なんて物欲しそうな顔をしてしまっていたのか、やがて公平くんが観念したように上体を起こした。
スッと目を細めた彼が顔を近づける。身に覚えのある気配を感じて反射的に目を閉じると、期待通りに唇が重なった。
「ん……」
触れるだけのキスでもこんなにドキドキする。きっと何年経っても公平くんからのキスに慣れることはないのだろう。本当は少しだけ物足りなかったけれど、ここは作戦室だと我に返ると居た堪れなくなったのですぐに目を開けた。
「……ダメじゃなかったの?」
「陽葵がキスして欲しそうな顔してたから」
うっ……そう言われるとかなり恥ずかしい。確かに否定はできないけれど、その気にさせたのは公平くんなのに。ていうか公平くんだってキスしたかったんでしょ、と心の中で反論する。
どこか納得いかなかったものの、すっかり機嫌を直し「これで共犯だな」と笑う彼にキュンとして結局何も言えなかった。