05

 思えば昔から承認欲求が強い子どもだった。すごいね、と褒められたくてテストはいつも満点を取った。ありがとう、と感謝されたくて家の手伝いを率先して行った。可愛いね、と褒められたくて子どもながらにお洒落を研究した。……それは今でも変わらないか。まぁとにかく子どもの頃の私は、今よりずっと完璧主義な人間だったのだ。努力をするのは得意だったので、大抵のことは何でも一番だった。一人っ子ということもあり親の期待を一身に受けて育った私は、まるで自分で自分の首を絞めるようにして生きてきた。……という言い方はさすがにオーバーな気もするが、少々生きづらさを感じていたのも事実だ。
 しかしそれも過去の話。ボーダーに入ってから私は変わった。──約3年前、彼との出会いが私を変えてくれたのだ。

「あ、いずみん先輩と美山先輩だー」
「おー緑川」
「オレもいるぞー」
「……なんか駿くん背伸びた?」
「えっホント?!」
「いやたった二週間で変わるかよ」

 出水くんと一緒に個人ランク戦のフロアに顔を出すと、夏休みでも変わらず駿くんと米屋くんの姿があった。私と出水くんはつい先日二週間の遠征を終えて帰ってきたばかりなので、彼らに会うのは少し久しぶりだ。

「お帰りー遠征どうだった?」
「お土産は?」
「バカか。遠足帰りじゃねーんだよ」
「美山は遠足行くテンションだったけどな」
「ちょっ、米屋くん」

 こんなに人がいる所で余計なことを言わないで欲しい。遠足気分で遠征に行くのはあまり褒められたことではないだろう。しーっと人差し指を口元に当てる私の横で、まだ経験のない駿くんが「遠征ってどんな感じ?」と聞いてくる。

「別に戦争しに行くわけじゃないし、みんなが思ってるほど危険がいっぱいって感じではないよ」
「へぇそうなんだ〜」
「地味に大変なのは衣食住だよねぇ」
「主に食いモンと寝床な」
「そういえば食事ってどうしてるの?」
「基本レトルトとかインスタントだな。あと餅」
「餅……」

 一応遠征艇にもキッチンはあるけれど、面倒だから誰も料理なんてしたがらない。たまに太刀川さんが餅を焼いてくれるくらいで、基本的にみんな温めるだけで食べられる物で済ませている。本当に便利な世の中で良かったと思う。あまり遠征に興味のなさそうな米屋くんも、遠征艇での生活には興味があるらしくこんな質問をしてくる。

「寝床って、ベッドとかあんの?」
「うん。でもカプセルベッドだからお世辞にも寝心地が良いとは言えないかな」
「太刀川さんとか当真さんはいつも爆睡してるみたいだけどなー」
「あの人たちは肝が据わり過ぎなの」

 遠征先の情勢にもよるが、夜は基本的に戦闘員が交代で警備にあたる。普段の防衛任務では高校生の深夜シフトはないけれど、こういう時ばかりは例外だ。私が遠征先で一番恐怖を感じるのはこの時間帯だった。夜カプセルベッドの中で一人になると無性に不安が募り、いつも中々寝付けないのは私だけだろうか。

「コイツなんか初めての遠征の時、夜不安で眠れないとか言っておれのベッド来てさぁ」
「わぁあああちょっと出水くん!?」

 何しれっとバラしてるの? その黒歴史は墓場まで持って行く約束でしょ!? とんでもないカミングアウトを始めた出水くんの口を慌てて抑えたがもう手遅れだった。おそらく今私の顔は真っ赤になっているのだろう。そんな私たちを見てドン引きした様子の米屋くんが、さらにとんでもないことを言い出す。

「……寝たのか? 一緒に?」
「まさか!! 違うよ! 夜通しゲームやっただけ!」
「お前ら遠征中に何してんの」
「いやぁあの頃は若かったな〜おれら」
「そんな修学旅行みたいなノリでよく怒られなかったね」

 二人から向けられる呆れたような視線がとても痛い。もうこの話は勘弁して欲しい。今まで「誰にも言わないでね」という約束を守ってくれていたはずなのに、唐突に私の醜態を暴露した出水くんを心の中で恨んだ。

「二人って本当に仲良いよねぇ。喧嘩とかしないの?」

 話が一段落したところで、駿くんがそんなことを言い出した。特に他意もなく、ふと気になっただけだとは思うが、その質問には少々意表を突かれた。喧嘩……喧嘩かぁ、と出水くんも同じような反応をする。

「そーいやしたことねーな」
「美山ってあんま怒ったりしないもんなー」
「……というよりは、私が出水くん信者だからじゃない?」
「自分で言うんだそれ」

 出水くんは私の憧れだから、彼に対して怒りとかそういう感情が湧かないのもしれない。そう自己分析する私の横で、駿くんは不思議そうに首を傾げる。

「信者?」
「私が射手やってた頃は、いくら頑張っても出水くんには敵わなくてさ〜」
「えっ美山先輩って元射手だったの?」
「なんだ緑川知らなかったのか? 結構有名な話だぞ」

 有名かどうかは知らないが、約3年前に私は射手としてボーダーに入隊した。そこで出会ったのが、すでに天才射手と呼び声高い出水くんだった。当時はまだ歳の近い隊員が少なかったこともあり、人懐っこい性格の彼とはすぐに仲良くなった。毎日ランク戦でしのぎを削るのも、遅くまで戦術についての議論を交わすのも楽しかったけれど、私はすぐに決定的な事実に気付いてしまった。それは──努力でトリオン差を覆すことはできない、ということだ。このまま射手を続けていても、トリオン強者の二宮さんや出水くんにはきっと一生敵わない。それは私にとって初めての挫折だった。けれど不思議と『悔しい』という感情はあまり湧かず、ただ純粋に憧れた。そして憧れてしまえば、それを越えるのはもう不可能だったというわけだ。
 だから私は、剣を取って万能手へと転向した。出水くんを追い抜いて一番になるのではなく、彼と一緒に一番になる道を目指した。結果としてその目標は達成できたし正解だったと思うけれど、当時はそんなに簡単に割り切れるものではなかった。でも射手として伸び悩んでいた私に、出水くんがこう言ってくれたのだ。

──『適材適所って言葉があるだろ? 別に射手にこだわらなくてもいいと思うけどなおれは。その方が一緒にチーム組みやすいし』

 その言葉に心が軽くなって、私は生きるのが少し楽になった。全てが一番じゃなくても、どんなに弱くて情けない姿を見せても、出水くんは私を必要としてくれる。完璧じゃなくてもいい、そんな風に自分を肯定できるようになった今の自分の方が、私は好きだ。だからボーダーに入って良かったと心から思っているし、出水くんには今でも深く感謝している。
 私が万能手になった経緯を簡単に説明すると、駿くんは終始興味深そうに聞いていた。

「つまり美山先輩は、いずみん先輩とチーム組みたくて万能手になったと」
「曲解がすごい」
「愛だね〜」
「こら、年上を揶揄うんじゃない」

 言いながら駿くんの額にデコピンをお見舞いする。トリオン体でも「いてっ」と言ってしまうのは反射のようなものだろう。全くこの子は……愛とか言うのやめてよ、出水くんにバレたらどうするの。少しヒヤヒヤしながら出水くんの方を見たが、特に私と駿くんの会話を気にする様子はなかったのでホッとする。

「出水くんはずっと私の憧れでいてね」

 そう言って私が笑うと──出水くんは何故か複雑そうな顔をした。
 これまでも彼に感謝を伝えたことはあったし、よく「すごいね」と褒めたりするけれど、私と違って出水くんはあまり嬉しそうな反応をしない。まぁ彼は承認欲求が強いわけではないから、そんなものかもしれないな……と、この時はただそう思っていた。